第4話-4 ヒュペリオンの才能

迫るナイフを、瞬時に瀬里奈は転がるようにしてかわした。


「なに言っているんですか!?」


「彼の方に価値を感じたまでだ。今の明日羅は、キメラと変わらない戦闘力をもつ、私が改造した人間。瀬里奈の攻撃は通用しなかったが、零士君は果敢に戦ってみせた」


 瀬里奈はヒュペリオンの言葉に背中を向けると、部屋の外へと飛び出していく。重い足を必死に動かして。


 彼女の脳内に言葉が溢れてくる。


 結局、最強に憧れ、最強になることはできず、そして付いていくことさえもできない。自分は『生き方』に揉まれながら生きていかなければならないのか。


 いや、もうここで死ぬのだから、生き方を考える必要はない。


 そう思って半ば自暴自棄に、勢いよく開けた扉の先に、見知った姿が立っていた。


 殺したはずの布令が。

 

「え?」


    *     *


「あっ、えーっと・・・・・・やぁ」


 僕はいつもと変わらない感じで瀬里奈に声をかけた。レイアにここまで連れてきてもらったが、彼女には危険だと言い渡し、帰ってもらった。


 瀬里奈は僕には見向きもせず走り去ろうとする。


 隣を抜けようとする彼女を引き留めようと手を伸ばすが、上手くいかずに彼女に尻もちをつかせてしまった。


 話しかけようとすると、瀬里奈は震えながら首をこちらに向ける。しかし視線はこちらに向いていない。

 

 視線の先にいたのはナイフを振りかざした明日羅であった。考える暇もなくそのナイフがこちらに飛んでくる。


 僕は咄嗟に、腕を突き出すようにして身体を守る態勢を作る。ナイフは右腕に深々と突き刺さった。


 痛覚と熱が腕を起点に全身へと広がっていく。燃え滾るように身体は熱い。


 その時、腕輪が緑色に光り輝き、傷口から変身が始まる。


 自分の意志とは関係なく、僕は人間大の女神になっていた。


 そのまま、明日羅を部屋の奥に押し込んでいく。


 姿を変えた僕、椅子に縛り付けられた零士、呆然とするピンク髪の男が相対する。

 

「っ、アトラス……!」


 ピンク男が焦るように呟いた。


 僕の口も勝手に動く。


「あらあら、誰かと思えばクソ雑魚ティタンのヒュペリオン君じゃん」


 え、雑魚なの?


 そんな疑問符が脳内に浮かぶ中、ヒュペリオンはわなわなと震えながら言った。


「そんなこと言えるのは今のうちだ。こっちはな、もうお前のへ対策ができている!」


 彼がそう吐き捨て、窓の外へと飛び出すと、その姿がみるみるうちに変貌した。


 身体が数十倍に巨大化し、全身が鱗に覆われてゆく。その手先は爬虫類のように変化し、鋭い爪を生やす。さらに左右両方の肩甲骨あたりから頸椎が発生し伸び、そこに身体側から巻き付くように筋肉、皮膚、首を成していく。


 脛骨の先の頭部は右側から覗いており、それは蛇の顔をしていた。左側の頸椎には蛇の頭はなく、不自然に筋肉と皮膚の内側から骨が丸見えになった状態となっていた。その引きちぎられた切っ先からは緑色の血が流れている。


「テラティかぁ」


 驚きもせず、平静のままアトラスはつぶやいた。


「テラティって?」


「テラスとティタンが契約したもののこと。人間とティタンが融合すれば勇者と呼ばれるでしょ?それの怪物版って感じかな。テラスの特徴を持つ以上、戦闘では確かに強くなれるけど、テラスに乗っ取られる可能性もあって運用が難しいんだよね」


 よく口が回るところを見るに、目の前のあいつはそこまでの存在ではないらしい。


「ま、今度こそ気を取り直していこっか」


 彼女に合わせて僕は叫ぶ。


「「アトラス!」」


 夕日に照らされながら、僕の身体は完全な女神の姿となった。


 対峙してみると、二本足で立っているはずのテラティは意外にも背が低い。そういえば人間態も体格は大きくなかった。


 ヒュペリオンは手を前にかざす。僕は察しがつき、咄嗟に横に転がるように逸れると、さっきまで自分の居た場所が一気に吹き飛んだ。見えない攻撃。昼間のピュートーンの攻撃だろうか。


「それだけ?」


 アトラスの口が回ること、ずいぶん調子がいい。


 僕の口から発せられた挑発に、ヒュペリオンの顔がゆがんだ。


「見せてやるよ......」


 そう言いながら、彼は空へと手をかざす。


 そこである変化に気づく。上空の雲がすごい勢いで頭上に集まり動き出しているのだ。


 温度は一気に下がり、全身が冷えてくる。風は吹きあがり、雪が降り始め、景色が白く凍り付いていく。気付けば吹雪の真っ只中に居た。


「なんだこれ……」


 心配する僕に対して、アトラスはどこか楽しんでいるように答える。


「ヒュペリオンの能力だね。彼は天候を自在に操作できるから」


「随分と余裕そうだね」


 普段は時間制限があるから、などと慌てることの多いアトラスに思わず言ってしまっていた。


「まぁね、所詮天気だから。ティタンには効かないさ」


「そういうと思ったよ」


 吹雪で隠れた視界の向こう側からヒュペリオンの声が聞こえる。そこから一気に突っ込んでくると、僕の身体を軽く突き飛ばした。


「どうした?アトラス」


 声がどこからか聞こえてくる。吹雪は単なる目くらましで、この攻撃を繰り返すためのものらしい。奴の居場所が分からない。昼間はこちらが姿を隠して攻撃していたが、今度は逆の立場だ。


 吹雪の向こう側、四方八方から見えない攻撃が飛んでくる。それらは次から次に、キャッチボールでもしているかのように正確に打ち込まれていく。吹き飛ばされては吹雪の壁にぶつかり押し戻されるのを繰り返す。


 耐えられないと思った僕は、無意識に腕輪のハデスに触れていた。


 姿を消すことはできたが、そもそも攻撃の出所を見つけることができない。いちいち探すほかないか。


 目を凝らしていると、全身に衝撃を受ける。


「もうその手は通用しないよ。この吹雪の中でいくら透明になろうとも無駄だ。大気の流れで位置は特定できる」


 はったりではないらしい。正確に攻撃されている。闇雲に動き回ってみるが、傷は増えていくばかり。


「どうするのさ!?」


 アトラスはようやく少し慌てているらしく、「一応、腕輪にはまだ形態があるから。それを試してみようか」と早口で答える。


 腕輪を見ると、そこにはゼウス、ハデス、そしてもう一人の神がいた。ファンタジーにありそうな三つの突起のある王冠を被っている。今までと同じようにその像に触れると、身体に変化が起こる。


 腕輪から巻き起こったのはドレスのような服であった。白いベールがところどころあり、頭部にはちょこんとティアラが乗っているのが分かった。右手には三又の槍が握られている。


「ポセイドンの槍だよ」


 アトラスの声が聞こえる。


 さてどうしたものかと思案していると、右手から槍が滑るように離れた。そして、刃先が目の前から飛んできた何かを切り裂くと、綺麗に右手に収まる。


「自動迎撃機能は知らなかったなぁ」


「……ほかに機能があるの?」


「前に槍を掲げてみて、なかなかやばいことが起きると思う」


 僕は言う通りに槍を目の前に向ける。


 すると、地面が音を立てながら生き物のように動き始め、どこかへ一点に向かっていく。槍が震えた瞬間、吹雪は止まってしまった。雲の流れも晴れてしまい、晴天が広がる。


 動く地面はヒュペリオンを捕えていた。


 奴は何か言おうとしていたが、せり上がった地面が生き物のように身体を締め付けている。


 僕は三又の槍を目の前のヒュペリオンに突き出すと、その肉体は雲散霧消してしまった。残った地面はまるで何かのオブジェのようになっている。


 周囲をよく見ると、それは廃工場を巻き込んでおり、人が住む町は巻き込まなかったらしい。


 一安心してため息をついていると、僕は元の姿へと戻っていく。あの地面も、元からなかったように消え去る。


 気が付くと、ちょうどアパートの前にいた。目の前では瀬里奈がうずくまっている。彼女は顔を向けないまま聞いてきた。


「なんで助けたの?」


「親友だし」


「……布令君を殺しかけたんだよ」


「別に気にしてないよ、こうやってピンピンしてるし。ヒュペリオンにもさ、興味があったから手を貸しちゃったのかなって」


「ちがう、私は……」


「全部嘘なんでしょ?変異体に興味がないってことも」


 瀬里奈の目を見て言うと、微笑んだ。


 彼女は呆然としている様子だった。今回の行動の意図は分からないけど、僕はそう解釈したかった。彼女と僕の関係を変えるのは嫌だった。


「これからもついてきて大丈夫だよ、瀬里奈さんが満足いくまで」


 太陽は沈み、晴れた空には月が顔を覗かせていた。



 *      *      *



明日羅はハッと目を覚ます。


自身の体には傷1つ残っていなかった。だがそれ以上に気になるのは、鼻につく鉄の匂い。


目の前には誰も座っていない血塗られた椅子が放置されていた。



【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。


 





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