第3話-4 隣のピュートーン

「こいつは……」


「ピュートーン、人間の生気を吸収するテラスだね」


「見た目はヒュドラみたいだけど、全然違うのか」


 ピュートーンは舌をチロチロしながら様子をうかがっている。来ないのであればこちらから仕掛けるまで、右ストレートで殴りつけようとするが、膜のようなものに包まれていて直接触れることができない。


「なんだこれ?」


 様子を見るために距離を取ると、ピュートーンが首を振り回し始めた。

 その刹那、肩が切り裂かれ強烈な痛みが走る。


「ぐはっ」


 何かが起きていることは理解できたが、攻撃の挙動が見えない。頭と胸を隠し防御の構えを取るが、全身に切り傷が増え続け周囲の工場地帯は崩れ始める。

 舞い上がる土埃から離れ、態勢を立て直そうとしていると、中から何かがビュゥっと飛びあがった。

 ピュートーンが飛行している。


「ちょっと待って?飛べるのかよ!」


「これは不味い、撃ち落とさないと」


「そんなこと言われても」


 ピュートーンは爆撃機のように空から攻撃を浴びせてくるが、それを視認することができない。気付かぬうちに傷を負っている、まるで鎌鼬のような感覚。距離や部位に関係なく身体は次々と切り裂かれていくばかりで、打開の糸口が見当たらない。


「多分、気の力の形を変えている」


「気の力?」


「人間から得た生気のこと。ピュートーンはそいつを攻撃や防御に利用してるんだ」


 アトラスの言葉通りならば、これまでの行動はすべて人間の気を使っているということ。いったいこいつは何人の生気を奪って……。


「それなら!」


 僕は腕輪に触れると、白いローブを身に纏いゼウスの雷を握りしめた。そのまま雷をピュートーンに放つが、間に空気の壁のようなものが形成され、届く前に空間で止められてしまう。


「こいつ、今度はバリアか」


 攻撃も馬鹿にならないが、最大の敵はこの防御力だった。このままでは活動限界を迎えてしまう。

 引き戻した雷を地面に突き立てると、棒高跳びのように飛びあがり、ピュートーンからの攻撃をかわす。そして上空からもう一度雷を投げ込むが、結果は先ほどと同じ。


「どうすれば……」


「多分、あいつの肉体はそこまで強くない。こちらの攻撃が当たりさえすれば倒せるはず」


「でも何やっても届かないじゃないか!」


 アトラスは「そうか、届けばいい」と呟いた。

 腕が勝手に動き、腕輪にあった猫背の男に触れる。その瞬間、僕の身体は変貌し、頭には黒い兜、そして鎧が全身に浮き上がるように現れた。背中には黒いマントがなびいている。


「これは……また新しい力?」


 ピュートーンが目の前に降下してくる。

 僕は慌てて全身をまさぐる。鎧が武器になるのかと思ったが、外れそうにない。それどころか武器も見当たらない。

 奴はこちらに顔を向け、浮遊しながら襲い掛かってくる。避けようとしても間に合わないし、反撃もできない。

 ただ立ちすくむだけ、もう終わりだと思った瞬間。

 ピュートーンは僕のすぐ横を通り過ぎていった。

 振り返ると、不思議そうに周りを見回している。そのうち、地上に降り立ってしまった。


「あ、あれ?」


「ふふーん、これはハデスの力。なんと透明になれるの!」


「そいつはいいね」


僕はニヤリとすると、混乱しているピュートーンをアッパーで殴り飛ばした。肉体は軽く、すごい勢いで吹き飛ばされる。

ピュートーンは空中で姿勢を戻し、周囲を旋回するも、やはりこちらのことは見つけられない。

今度は首根っこを鷲掴みにして手刀を喰らわせると、片方の首が吹き飛んだ。ピュートーンが叫び声をあげる。


「勝てる!」


 僕はもう片方に手を出そうとするが、突然ピュートーンが霧に包まれていく。がむしゃらに殴りつけるも、手応えがない。霧が晴れると跡形もなく消え失せていた。


「逃げられたかぁ」


 それと同時に時間制限が来たらしく、元の姿へと戻ってしまった。


「なんだったんだ……?」


 呆気にとられたまま呟くと、背後から声が聞こえてくる。


「なんだったんだろうね」


 瀬里奈だった。

 彼女を見ていて心の中がもやもやとしてくる。もし巻き込まれていたら……。決してピュートーンが弱かったわけではない、都合よく腕輪の能力があっただけ。彼女が巻き込まれていてもおかしくはなかった。


「あの、瀬里奈さん」


「なに?」


 彼女は首を傾け、何も疑問に思っていないようだ。そんな彼女にため息をつくと、思いの丈を呟いた。


「なんでこんな怪物……テラス退治に付いてこれるの?今の瀬里奈さんには奴らに対抗できる力はない。ヒュドラみたいな怪物に襲われて、どうして平気でいられるの?」


 僕の言葉を聞くと、彼女は人が変わったように、弱ったようなはっきりしない笑顔を見せた。


「私ね、本当は変異体に興味ないの」


「え……?」


 衝撃の一言だった。異常なまでの興味があるからこそ、危険を承知で付いてきていると思っていた。それが無いのであれば何のために、出炉たちを巻き込んでまで。


「居場所がなかったの」


「何を言っているのさ、居場所なんて……」


 そう言いかけたところで、彼女の家庭を想像する。僕は言葉の意味に気づいた。


「私ってさ。結局、居場所がないんだよね。お姉ちゃんは優秀でいいとこ行ってるのに、私は何もできないの」


「でも、瀬里奈さんは十分すぎるくらい優秀だったよ、5年前のあの時も活躍していたじゃないか」


「あれだってお姉ちゃんの二番煎じじゃん、今考えてみれば」


 言い返すことができない。当時、神童ともてはやされていた彼女だが、それは上の世代に姉がいて、その再来という意味が強かった。

 どんなに努力しても、どんな好成績を出しても、常に比較される日々だったはず。

 黙り込む僕に対し、彼女はつづけた。


「結局いつも。私は誰かの二番煎じ。自分の居場所なんてないの」


「……ごめんね、ずっと気付けなくて」


 彼女は僕の謝罪に目を丸くしていた。


「え?えーっと……いやまさかそう来るとは」


「僕が悪かったんだ、他人への理解ができていない僕が」


 それに彼女は眉をひそめて僕に近づくと、耳元に口を寄せてくる。

 前にもあったことだったが、ドキッとした。

 前と同じで何か内緒の話をしたいのだろう、と思っていた矢先であった。


「布令!」


 アトラスの叫び声が響き渡る。

 胸元に鋭い痛みが走った。見ると、ナイフが深く突き刺さっている。

 膝から崩れ落ち、うずくまる僕の耳元で彼女は囁いた。


「全部嘘だよ」


 その一言と共に、僕の意識は薄れていった。




【あいさつ文】

 お世話になっております。やまだしんじです。

 ここまで読んでくださりありがとうございました。よろしければ、作品のフォローや↓の☆☆☆を★★★にする、または応援レビューなどをしてくださると大変うれしいです。執筆のモチベーションにもつながります。

 これからもよろしくお願いいたします。

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