結果オーライ

宙飛ぶ餅

第1話 仕事始めの大晦日

 今日は大晦日。シアンにとっては、初出勤の日でもある。


 朝から、いつもと空気が違って見えた。シアンは顔を洗い、朝ごはんを食べながら1年の終わりを告げるニュースを見て、仕度をした。ようやく着なれてきた防弾チョッキの上に、着なれないスーツを着て、ヘルメットをしっかりと被った。それから、仕事に必要な幾つかの道具がきちんと鞄に入っているか確認をして、ひとつ深呼吸をした。


「よし、仕事だ」


 庭へ出ると、隣人が仕事を終え帰宅するところだった。


「おはようございます」


 シアンがヘルメットをとって挨拶をしようとすると、隣人は慌てたように手を動かした。


「そのままで。おはようございます」


 シアンは軽く会釈をして言った。


「ありがとうございます。こんな時間まで、お仕事されていたんですか?」

「ああ、うちは、年末は大繁盛なんだ。シアンさんは……その……今からですよね。無事、済むことを祈ります」

「はは、きっと何事もなく終わりますよ。最も、何かあっても速やかに解決致しますのでご安心ください」


 隣人の顔にわずかに浮かんだ緊張を吹き飛ばすよう、少しおどけた笑顔で、でもはっきりと言いきった。ちょうどそこで、迎えの車がやって来た。


「じゃあまた、よいお年を」

「よいお年を」



 21××年、あらゆるものが電波で繋がる時代である。自動車や家電、産業用機械、街灯や各家庭の照明、そして、人の脳と身体さえも。脳そのものは、サンクチュアリと呼ばれる、各地の特別な施設に厳重に保管されており、そこからWi-Fiで繋がる各々の身体を動かしているのだ。


 人々は交通事故や災害、殺人事件など多くの恐怖から解放された。身体が悪ければ、新しく作り、脳からWi-Fiを繋ぎ直せばよいため、脳の病気以外のほとんどの病気から解放された。さらに、脳を身体から分離したことで脳の外科手術も比較的容易になった。つまり、多くの人間が脳の寿命が尽きるまで生きることができるようになったのだ。また、多額のお金をかければではあるが、好きな性別や若さ、外見等が自由に手に入れられるようにもなった。


 一方で、不穏な動きをすれば、そこらじゅうを飛び回る電波によってAIへと伝えられる超監視社会でもある。数年前には、全てを監視・管理し適格な処分や処遇を与えるAIを、テレビのコメンテーターが皮肉も込めて『お天道様』と表現し、流行語にもなった。少しばかりの窮屈さを感じながらも、それを手放したいと思う人間は限り無くゼロに近い、それが世論である。


 そんな電波であらゆるものを繋ぐ世の中だが、それがコンピューターに与える負荷は膨大である。数十年前、このままではいつ全てがショートしてもおかしくない、そう提唱する学者が次々に現れた。そして、その言葉に恐怖した人々は、1年に1度、大晦日の正午から翌年1日の朝6時まで、ほとんど全てのWi-Fiを切ることにした。同時に切るのは、もし万が一、良からぬことを考える者が現れたときに大変なことになるからである。


 しかし、そうはいっても、もし万が一コンピューターに不具合が起こったときに対処できる人間が必要になる。そうして、AIから能力・人間性共に適正であると判断された限られた人間だけが、脳を自身の頭に入れたまま生活し、その役割を担うこととなった。

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