想い想われすれ違い
茄子
001 ヴェリアの始まり
皆様、はじめまして御機嫌よう。
わたくしの名前はヴェリア=ティアンカと申します。
この国における四大公爵家が一つ、ティアンカ公爵家の長女でございまして、今年十六歳になる、我が国の第一王子の婚約者でございます。
ああ、いきなりこのような自己紹介を行いまして驚いていらっしゃいますわよね、申し訳ございません。
少々天啓(電波)を受けましたので僭越ながら自己紹介をさせていただいております。
さて、わたくしが公爵家の長女であり、第一王子の婚約者であることはご説明いたしましたわよね。
我が国では、十五歳から十八歳になる貴族の子女は、身分にかかわらず王立の学園に通うことになっております。
とはいえ、王立でございますので学園の中でも身分制度はしっかりしておりまして、よほどのことがない限り下の身分の者が上の身分の者に馴れ馴れしくするようなことはございません。
ええ、『よほどのこと』がなければないのでございます。
ではここで、皆様に面白い話題をご提供いたしましょう。
先ほども申しましたように、この学園には身分を問わず、貴族の子女であれば全員通うことになっておりまして、辺境の貴族の子女であれば親戚の家に身を寄せたり、それも難しいのであれば学園に併設されている教会の寮に住むことになっております。
さて、その面白い事なのでございますが、先だって季節外れの編入性がこの学園にやってまいりました。
伯爵家の庶子の双子でございまして、母親の死をきっかけに女伯爵の伴侶が引き取ったようなのでございますが、所詮はこれまで平民として暮らしてきたということもございまして、貴族としての常識はおろか所作も品位もかけた方々なのでございます。
その兄妹は女伯爵の伴侶をその身目で誑し込んだと思わせる母親に似たのでしょう、そこそこに美しいと言える容姿をしておりますが、あくまでもそこそこでしかございません。
身分が上になっていけばいくほど、美しいものを手に入れていくのは当たり前のことで、その容姿が平民や伯爵程度のものとは格が違うというのだけはまず申し上げておきますわね。
ああ、そうそう、面白い事の話からそれてしまいましたわね、申し訳ございません。
その兄妹のお二人は、どうも平民の間で流行っているというおとぎ話と申しますか、夢物語と申しますか、とにかく、ありえない事柄が書かれている書物に傾倒しているらしく、自分たちであればそれが実現できると信じて疑っていないようなのでございます。
まったく、面白いことでございましょう?
伯爵位以下の貴族には確かにたぶらかされている者もいるようですが、私共上位貴族の者たちが最初に面白がって相手をしたのも悪かったのかもしれません。
だって仕方がないではございませんか、馬鹿みたいに自分の思ったままに表情を変えるのですよ、腹の探り合いが当たり前のわたくし共にとって、面白いおもちゃを得たようにかまってしまったのです。
まあ、あまりの素直な反応にすぐに飽きてしまいましたけれども。
それでも、最初にわたくし共に受け入れられたと思ったせいでしょうか? 彼らはわたくしたちがさりげなく距離を取ろうとしていても、事あるごとに纏わりついてくるのです。
妹に至ってはそれだけではありません、どうやらわたくしの婚約者、第一王子のグボラ=トゥラ様の婚約者の座を狙っているようなのでございます。
ふふ、これだから貴族の常識をわきまえない下賤の者には困ってしまいますわよね。
「グボラ様ぁ、一緒にお昼ご飯を食べませんかぁ?」
「他の者も一緒であるのなら構わないが」
「もちろんですよぉ。皆様私の大切なお友達ですもん。あ、グボラ様は違いますからねぇ」
昼休みの時間になるたびにそう言って私共のクラスに駆け込んできて、あまり豊かとはいえない胸をわざとらしく寄せて体をくねらせてそう言うベラル=ルガラ様にわたくしは友人に囲まれながら手にした扇子を広げて口元を隠してから口の端を持ち上げました。
本当に、毎日毎日ご苦労なことですわよね。
そして……、
「ヴェリア様、今朝ぶりですね。よろしければ昼食をご一緒していただけませんか?」
「まあ、コンル様。毎日ご足労いただいて申し訳ございません。そうですわね、わたくしの友人と一緒であれば構いませんわよ」
「もちろんです。ヴェリア様のご友人は俺にとっても大切な人ですからね」
にっこりと平民としては人好きのよさそうな笑みを浮かべてそう言ってくるコンル様に、わたくしは先ほどと同じように扇子の下で笑みを浮かべます。
第一王子であるグボラ様やその婚約者であるわたくしが食事をいただく場所は、食堂でも上座も上座、特等席であり、他の場所から隔離されたような空間で、出される料理も念入りに毒見をされた特別制なのでございます。
まあ、見た目は他の方のものとそう変わらないようになっているのですが、見る方が見ればわかるというものでございます。
たとえ毒見をしていない特別制のものでなくとも、当然、通常の伯爵家の子女が食べられるようなものではなく、学期締めの食費の請求にルガラ伯爵家は目を白黒させるかもしれませんわね。
本当に、何も存じ上げないって恐ろしいですわ。
今までできなかった贅沢ができるようになって、触れ合うことのなかった高貴な身分のものと会話をすることができて、あっという間に感覚が麻痺してしまったのかもしれませんわ。
まあ、わたくしにとってはどうでもよいことなのですけれどもね。
「早くいきましょう、グボラ様」
そう言って連れられて行くグボラ様が一瞬こちらに目を向けていらっしゃいましたが、わたくしはあえて何も気が付かないふりをいたしました。
なぜかって? わたくしとグボラ様は確かに婚約者ではございますけれども、恋仲ではございませんの。
幼いころから交流はもちろんございますが、そのせいでしょうか、わたくしはグボラ様に恋愛対象としてみていただけないようなのでございます。
なので、わたくしが敢てグボラ様に手を貸す理由が思い当たらないのですわ。
下手に手を出してうっとしいなどと思われても困りますものね。
…………い、いえ、決してわたくしがグボラ様に懸想しているとかそういうわけではございませんわよ? ええ、そうですとも。
さて、行先は同じなのですが、それでも同時に食堂に到着するというのなんですので、わたくしはことさらゆっくりと歩いて食堂に向かうことにいたしました。
急がなくとも、席がなくなるということもございませんし、昼休みは二時間あるので食事がとれなくなるということもございませんものね。
「それにしても、ヴェリア様というものが居ながら、グボラ様はすっかりベラルに骨抜きにされてますね。編入した時から気にかけてもらってますし、グボラ様もベラルの話す平民の暮らしぶりに興味を持っているようで、今度二人でお忍びデートをしたいなんて言っているみたいなんですよ」
「そうですの」
それ、ベラル様の妄想ではございませんか?
グボラ様が本気でお忍びに出るとなれば、どうあがいたって護衛をつけなければなりませんし、その手続きにどれだけの時間と人材を使うことになると思っているのでしょう?
もちろん、グボラ様は武道に優れておりますので平民のチンピラ程度どうということはないでしょうが、それよりも厄介なのが元よりグボラ様をさらおうと狙うプロです。
流石のグボラ様もその道のプロにそう簡単に勝てるとは思えませんもの。
午後の明るい太陽光の差し込む廊下を歩いていくと、渡り廊下に行きつき、吸い込まれるように群がっていた人垣が自然と割れ苦も無く食堂に入っていけば、給仕の者が当たり前のようにわたくしの前に立ち、恭しく頭を下げたかと思うといつもの席まで案内してくれます。
特等席、そこは侯爵家以上の子女とその連れにのみ認められた席であり、三階に席が設けられており、本当に隔絶された静かな空間のはずなのですが、双子の兄妹がこの学園にやってきて、わたくし共に関わるようになってからというもの、その静寂も破られることが多くなっております。
別に、食事中におしゃべりを禁じているわけではございませんけれども、唾が飛びそうなほどな大声で話すのは何度体験しても好ましいものではございません。
「それにしても、グボラ様は本当に妹のことがお気に召したようなのです。この間もグボラ様から耳飾りをいただいたと自慢しておりまして、見せてもらいましたが、黄色い花をモチーフにしたようなものでした」
「ああ、それでしたらわたくしも存じております。どのような意匠の物がよいかと相談を受けましたので」
「あ、そう、ですか……」
この方はエニシダという花の花言葉をご存じないのでしょうね。
知っていればこのように喜べるわけがございませんもの。
「あの、グボラ様とヴェリア様は仲がいいんですか?」
「普通ではないでしょうか?」
「婚約者なんですから、その、好きあっているとか」
そのあまりにも平民らしい思考に思わずおなかを抱えて笑いそうになってしまいました。
「政略結婚に恋愛感情は必要ないでしょう? わたくしとグボラ様が結婚するのはわたくしの実家の後ろ盾をグボラ様が得るためですわ」
他の公爵家に年の合う令嬢が居ればまた話が変わってくるのでしょうが、あいにくグボラ様と年の合う娘はわたくしだけでございますので、誰も何も言わずとも、必然的にわたくしとグボラ様の婚約が決まったのでございます。
「そんなの、あんまりだ」
「は?」
「愛のない結婚なんて、悲しすぎます。俺なら、ヴェリア様にそんな思いをさせません」
「そうですか」
「それに、こう言っては何ですが、グボラ様はベラルのことを想っています、俺達の母親のような苦しい思いをベラルにはして欲しくないんです。父さんだって、義母が居なければ母さんをちゃんと妻にできたはずですから」
その言葉に、そんなわけがないでしょう、と馬鹿にしたような視線と言葉を向けなかったわたくしをどうぞ褒めてくださいませ。
ただの平民の女が、伯爵家の正妻になれるなどこの国の法的に無理なのですが、そんなこともこの平民上りは知らないのでしょうか。
まったく、識字率を上げるためということで特に制限をかけてはいませんでしたが、このような状況が今後も発生するのであれば、発行される本に関しての検閲は厳しくしたほうがいいかもしれません。
夢物語を夢物語と認識できない愚か者が増えても困りますものね。
「そういえば、俺は信じてませんけど、最近ベラルがヴェリア様から嫌がらせのようなものを受けていると言っているんです。自分がグボラ様と仲良くしているから、嫉妬してそんなことをしているんだと」
「まさか」
「はい、俺はヴェリア様を信じてます。でも、ベラルの言葉をグボラ様は信じるかもしれません。なんといってもベラルの事を想っていますから」
「そうですか」
馬鹿らしい。
第一王子の婚約者であるこのわたくしに、監視の目がないとどうして思えるのでしょうか?
護衛を兼ねて二十四時間誰かしらがそばにいることは当たり前だといいますのに、その状況でベラル様に嫌がらせ?
そんなくだらないことに労力を割くぐらいでしたら、外交のために外国語を覚えるほうがよほど有意義というものですわよね。
「ヴェリア様!」
「……なんでしょうか」
当たり前のように隣に座っていたコンル様にいきなり両手を握られてしまいました。
一瞬、ピシリと空気が緊張いたしましたが、本当に一瞬のことでございましたのでコンル様は気が付かれなかったようでございます。
まあ、同じテーブルについている友人たちはいまだに冷たい目をコンル様に向けておりますし、何でしたらわたくしに付き従っている侍女や天井に潜んでいる影がいつでも動けるようにしておりますが、それはこの際よろしいでしょう。
コンル様がこの学園にいらっしゃる際に、武器や毒の類を持ち込んでいないことは検査済みでございます。
それに、いざとなりましたらコンル様ぐらいわたくし一人でもどうとでも対処できますものね。
「俺だったら、貴女を悲しませたりしません! 幸せにします!」
「そうですか」
「だから、俺にしろよ」
これは、また随分と、とにっこりと笑みが浮かんでしまいます。
高位の者だからこそ許されるような人形のように整ったかんばせが浮かべる完璧な、見る人を惹きつけてやまないような笑みに、コンル様が顔を真っ赤にしました。
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