乙女ゲームとかお馬鹿じゃないですか?
茄子
001 奇才の少女
とある皇国の公爵家に生まれた令嬢は、生まれながらに尋常ならざる魔力を保有していた。
その魔力の強さから、生母はその赤子を産み落とした時に力尽き、産声が上がった瞬間暴走した魔力によって集まっていた多くの関係者が傷を負った。
それ故にその赤子はどの国にも所属していない魔術教会預かりとなり、目が開く前から数多くの魔術制御装置を付けられ、幾重にも重ねられた結界の中で育てられることになった。
忌子として捨てられるように家を追い出されたとはいえ、血筋は皇族に近い物を持っているため、教育だけは公爵令嬢としてふさわしいものを課せられた。
物心がつく頃から公爵令嬢としての教育と合わせて、魔力を制御するための訓練も行われるようになり、当然ながら友人を作る時間も環境もなくその令嬢は狭い世界でその才能を開花させていった。
その体を作り上げる血の影響なのか、生国の皇族が持つ特徴的な腰まであるプラチナブロンドは艶やかで触れればサラサラと指を滑っていき、長いまつ毛に覆われた瞳は魔力量の強さを表しているのか藍色の中にきらめく星が点滅しているように見える。
十五歳になるころには魔術教会の中堅魔術師並みの力量を持つようになったが、魔力を持つものは必ず魔術教会が運営する魔術学園に通うことが義務付けられているため、その子供も魔術学園に通う事になった。
当然のように首席で入学し、入学当初から人目を集め講師や常駐している監視の魔術師からの贔屓は当然のように行われ、数多くの生徒からの羨望を集めると同時に一部の生徒からの憎悪にも似た嫉妬を集めることになった。
けれども、育てられた環境が環境だったからか、その子はそんな周囲の評価を一切気にすることはなかった。
魔術師たるもの傲慢であり強欲であれ。
その子を育てた魔術師達はそう教え込んでいるのだから、その子にとって周囲の評価はある意味どうでもよい事だった。
重要なのはどこまで己を高めることが出来るか、そして己よりも高みにある存在にどれだけ追いつくことが出来るか、そして、欲しいものをどうやって手に入れることが出来るか、それだけである。
ナルシャ=プワゾン。
魔術学園の新入生なのにもかかわらず、入学して三カ月で学園の女王の座を不動のものとした少女である。
彼女が使役するのは天使とも悪魔ともどこかの国を守護していた聖獣ともいわれている。
制御装置があるからこそ普通に生活できているが、それがなければ簡単に一国を滅ぼすぐらいの実力を持っているとも噂されているため、生徒達のほとんどはナルシャに対してはれ物に触るように接している。
けれども、身の程知らずなのか、余程の自信があるのかは不明だが、ナルシャに親し気にもしくは馴れ馴れしく声をかける者はいる。
それはナルシャにとって煩わしいもの以外の何物でもない。
彼女にとっては己より実力が弱いものなど、話す価値のない石ころと同価値でしかないのだ。
ましてや、それが恋敵になるとすれば、いっそのこと排除すべきかと思う程だ。
そう、ナルシャはずっと恋をしている。
叶わぬ恋にするつもりなど毛頭ない。
傲慢で強欲な魔術師らしく、どんな手段を使ってでも手に入れると決めている相手がいるのだ。
「けれども、あの方にとってわたくしはいつまでたっても手のかかる子供でしかないのでしょうか」
ナルシャはお気に入りの中庭にある東屋で集まっている小動物たちに向けてため息交じりに呟く。
魔術により季節に関係なく花々が咲き誇り正常な空気を保つこの中庭の東屋には、小鳥やリスなどの小動物が常に集まっており、いつだってナルシャを優しく迎え入れてくれるのだ。
それもそのはず、この中庭はナルシャが生まれてからこの魔術学園に作られたナルシャの為の聖域。
魔術を幾重にも施されたこの場所は結界となっており、東屋に集まっている小動物ですら魔術で作られた生き物だ。
この学園でナルシャが自分の魔力を気にすることなく息ができる場所を作ってやりたいと、ナルシャを可愛がっている魔術師達が入念に準備した場所だ。
この中庭では日差しすら常に暖かく差し込み、それ以上にナルシャに寄り添う小動物たちがナルシャの身も心も温めていく。
通常の生き物ではナルシャの魔力にあてられてすぐさま死んでしまうから、ナルシャが小さな命と触れ合うことが出来るようにと心を配られた場所だ。
「はあ、今も本当ならあの方のところにお邪魔しているはずでしたのに、あの小娘があの方の部屋に入っていくのを見てしまったから、一緒にいるのを見たくなくてこうして逃げて来ておりますのよ。魔術師らしくないですわよね。こんなわたくしを知られたら幻滅されてしまうでしょうか」
慕う相手の前では常に美しく理想の姿を見せたいと願うのは恋する乙女の心情だと先達の魔術師が語っていた為、ナルシャは嫉妬心が膨らみそうになるたびに想い人の前から逃げるようにこの中庭に来ては愚痴をこぼしている。
「わたくしは、生まれた時からあの方をお慕いしておりますのに、横から湧いて出た小娘如きに影響を受ける姿なんてお見せするわけにはいきませんわよね」
学園の女王として、また今は正式に魔術師として登録はされていないが魔術師として想い人の目の映りたいと努力を惜しまないナルシャは、その美しい顔を曇らせた。
そうしていると、誰かが中庭に入ってくる気配がして意識を向けると、迷いなく東屋に近づいてくる馴染みのある魔力にナルシャは思わず笑みを浮かべる。
「ナルシャ」
「クロウ先生。どうなさったんですか?」
「息抜きだよ」
顔の上半分を隠す仮面、目深くかぶったフードマントのせいで髪型はおろか髪の色すらわからない、それでも見える肌は陶器のように滑らかで薄い唇が蠱惑的だとナルシャは思っている。
彼こそがナルシャの想い人であり、ナルシャを育て上げた稀代の魔術師。
数えるのも馬鹿らしいほどの制御装置を身に着け、どれほど生きているのかすら誰もわからない。
もしかしたら、一部の魔術師しか会ったことがない魔術教会の長かもしれないとも言われているこの男の事がナルシャは誰よりも愛おしい。
それこそ、魂に刻まれた想いなのだと知っている。
「では、よければ一緒に休憩いたしませんか?」
「そうしようかな」
生まれて程ないころからずっと傍にあった魔力はナルシャを何よりも安心させてくれる。
これを求めているのだと本能が訴えかけてくる。
クロウはナルシャの隣に当たり前のように座ると、背もたれに体重をかけるとナルシャの頭を自分の体に引き寄せる。
「学園にはなれたかい?」
「ええ、女王などと呼ばれていることはご存じでしょう? 矮小なる存在のいう事などどうでもよろしいですけれどもね」
「ナルシャはナルシャのしたいことをすればいいよ。僕はそれを全力でサポートする」
「そうですわねえ、けれどもわたくしの欲しいものはクロウ先生からしか頂けませんけれども、わたくしが努力しなければ手に入らないものですのよ」
「ふーん。案外もう手に入っているかもしれないよ?」
「そうだといいのですけれど。魔術師たるもの強欲であれと仰ったのはクロウ先生でしょう? ですからわたくしはどこまでも強欲でありたいのですわ」
ナルシャはそう言ってにっこりと笑うと力を抜いてクロウに体重を預けた。
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