第31話

「……さっきは、ごめんなさい」


 綾女と入れ替わるように現れた花哩は、開口一番に謝罪した。


「私の悪い癖よ。自分に対する厳しさを、つい人にも押しつけてしまう」


「……いや、俺も態度が悪かった。反省している」


 才能を指摘されたことで、つい気が立ってしまった。

 もう少し穏やかに対応できた筈だ。


 互いに謝罪を済ませたことで、和解はできたのだろう。――だが、このままではいつかまた同じことを繰り返す。謝るだけでは何も変わらない。


 少し前に、依々那が言っていたことを思い出す。

 今は、こちらから歩み寄るべきかもしれない。


「……花哩は、なんでエースを目指しているんだ?」


 花哩は努力家だ。一体何が彼女を突き動かしているのか……それを知ることができれば、自分はもう少し彼女の行動に理解を示せるかもしれない。

 翔子の問いかけに、花哩はゆっくりと答えた。


「初等部の頃、親友がEMITSに殺されたの」


 翔子は目を見開いた。

 それは予想を超えた回答だった。


「浮遊島ではよくある話よ。あまり公にはされてないけれど、特務自衛隊の志望動機は、半数近くが人の死に関係している。……私もその一人ってだけ」


 翔子にとって、人の死はそう身近なものではない。

 だが――この島に生きる人々にとっては違った。


 花哩はゆっくりと、翔子を気遣うように落ち着いた声音で語り続ける。


「親友の名前は遠藤優里花えんどうゆりか。とても可愛らしい子だったわ。私が、綾女やラーラ以外で、初めて仲良くなった相手でもあった。

 あの子は空を飛ぶのが下手糞でね。その日は浮遊島から少し離れた場所で、一日中彼女の飛翔訓練に付き合っていたの。……でも、空が夕焼けに染まった頃、急に警報が鳴った。

 島から離れていた私たちは慌てて逃げようとしたわ。私は優里花の手を引いて、全速力で島へと避難しようとした。……けれど間に合わなかった。いつの間にか、EMITSがすぐ後ろまで迫っていたの」


 花哩は、歯軋りしながら続ける。


「追いつかれると思った、次の瞬間……優里花は私の手を離した。何も言わずに、ただ真っ直ぐ私を見て、優しく笑って……そして、目の前でEMITSに殺された」


 当時のことを鮮明に思い出しているのか。

 花哩は自らの掌を見つめながら言った。


「優里花は、私を生かすために自ら犠牲になった。その直後、私は特務自衛隊に保護されたわ。……優里花を殺したEMITSもすぐに処理された。でも私は全然安心できなくて、悔しい気持ちで一杯だった。……後一歩だったのよ。後もう少し、私が疾く飛べていたら……二人とも無事に保護されて、優里花は死なずに済んだ」


 震えた声で、花哩は語る。


「その時から私は、自分の生き方を見直したの。……私はもう後悔したくない。後一歩。後もう少し。そんな思いで誰かを殺したくない。……だから努力する。金轟や銀閃のように……守りたい人たちを守り切ってみせる強さが欲しい。そういうことができる、エースになりたい」


 自分が守ると決めたものは、絶対に守る。この空でそれが可能なのは、エースと呼ばれる限られた者のみだ。

 花哩はその一人になりたいらしい。


「……花哩は、怖くないのか?」


 心の内から湧き出た疑問を、翔子は口にする。

 それはかつて、違う分野ではあるが、エースという肩書きを背負っていた翔子ならではの問いかけだった。


「エースになるってことは、多くの期待を背負うことだ。注目を浴びることになるし、行動にも責任がつきまとう。そういうことに対して、怖いと……窮屈と感じることはないのか?」


 その質問に、花哩は少し考えてから答えた。


「全然。考えてもなかったわ」


 あっさりと答える花哩に、翔子は絶句した。


「まあ、私は昔から目立つのは好きな方だし。今も班長をやってるけど、あんたたちの期待には精一杯、応えたいと思っているわ。……怖いとも、窮屈とも、思わないわね」


 堂々と告げる花哩に翔子は言葉を失った。

 沈黙する翔子に対し、花哩は何かを察したかのような様子で尋ねる。


「翔子は、そういうの……苦手?」


「……ああ」


「何か、理由でもあるの?」


 注目や責任を避けたいと思っている者は、決して珍しいわけではない。だから、別に理由など説明しなくてもいい筈だ。性分と答えるだけでも納得してくれる筈だ。


 しかし、凄惨な過去を語ってくれた花哩に、翔子は誠実に応えたいと思った。

 今度はこちらが話す番だ。

 記憶を整理しながら語り始める。


「昔、陸上部にいた頃……俺はエースと呼ばれていたんだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る