第15話

「翔子、こっちよ」


 第一演習場に向かうと、古倉班の三人が既に場所取りをしていたので合流する。

 芝の地面に腰を下ろすと眼と鼻の先に雲が見えた。第一演習場は訓練空域と隣接しているため空に面しており、少し身を乗り出せば青々とした海を一望できる。


「自衛科、実技担当の飯塚亮だ。一組の担任でもある。……この一年間は、戦闘技術も飛翔技術も、どちらも俺が担当になるんで、顔を覚えてくれ」


 戦技の担当教諭。もといクラスの担任でもある飯塚亮が、生徒たちの前に立った。


「ちなみに、俺は教鞭をとる傍らで、特務自衛隊の即応予備自衛官ってのをやってる。特務自衛隊について知りたいことがあるならば、なんでも訊いてくれていいぜ」


 特務自衛隊における予備自衛官補の公募試験は、満十五歳から受験できる。そのため、クラスメイトたちは真剣な眼差しで亮を見据えた。実力と勇気があれば、今の自分でも戦場に立つことができる。その意識の高さを象徴するのが、この自衛科という学科だった。


 今の浮遊島は年功序列よりも実力主義を掲げている。結果、特務自衛隊や国家公安委員会警察庁所轄の特区警察に関して言えば、この年齢でも十分に成り上がることが可能だ。恐らく自衛科を専攻する生徒の大多数が、それを夢見ているのだろう。


「さて、それじゃあ授業に入るぞ。まずはITEMについてお浚いだ」


 亮は大きな声で言った。


「ITEMってのはエーテル粒子を動力源にした道具だ。その種類は三つあり、攻撃を目的とする『Attackアタック ITEMアイテム』、防御を目的とする『Defenseディフェンス ITEMアイテム』、そして補助を目的とする『Supportサポート ITEMアイテム』だ。それぞれ頭文字で『AI』、『DI』、『SI』などと呼ばれている。例えば今、俺たちが身に付けている万能端末は『SI』だ」


 簡潔に説明しながら、亮は足元に置いてある頑強そうな箱に手を伸ばす。

 そこから取り出された物は、一丁の黒光りする銃だった。


「さて。これが今回、お前らが使うITEMの天銃エーテルバレットだ。見ての通り『AI』に該当する」


 重厚感ある銃を見せつけられ、生徒たちはゴクリと緊張に喉を鳴らした。

 自衛科の授業らしくなってきた。……翔子は小さく嘆息する。


「使用するのは、天狗シリーズの狗賓ぐびん。国内普及率も高く、汎用性抜群の型だ」


 EMITSの襲撃により、日本は戦前と同じように武器を製造していた。

 とは言え開発には様々な制約が施されており、自由に開発元を行えるのは現状、自衛隊だけだ。


 天狗シリーズは、翔子のような地上で過ごしていた一般人でも耳にするくらい有名な型だった。狗賓はサブマシンガン型だが素材が軽く、女子供でも片手で簡単に扱うことができる、お手軽兵器として人気だ。対人にも対EMITSにも効果があり、燃費もいい。


天銃バレットのメカニズムは、実際に見て理解してもらおう」


 亮が片腕で天銃を持ち上げ、その先端を空に向ける。


「まず、起動と同時に、銃口にエーテル粒子が収束する」


 コンピュータのディスクドライブが駆動した時のような擦れた音。それと共に、亮の握る天銃の銃口に、灰色の光が現れた。光は少しずつ大きさを増し、やがて拳大になる。


「引き金を引くと、収束した光が弾丸として射出される」


 一通りの説明が終えた直後、銃口から灰色の弾丸が飛び出した。

 天銃は火薬を用いていないため、マズルフラッシュは発生しない。また、従来の銃のような甲高い発砲音も響かない。反動も少ないのだろう、エアガンでも扱っているかのような気軽さだ。


「実際は、この一連の動作は一瞬で終える。……見た目に騙されるなよ。形こそ銃だが天銃バレットの弾丸は銃身を経由しない。弾丸は引き金を引いた瞬間、銃口に形成される。薬莢は飛び散らないし、マガジンに詰められているのは弾薬ではなくバッテリーだ」


 基本的にそれらの構造を有していれば、天銃は銃火器の形状を持つ必要はない。実際、米国では杖型の天銃が開発されているくらいだ。

 ITEMの形は、用途と、開発者の趣味趣向によって左右される。……もっとも、最低限の機能を有していることが大前提となるが。


「ちなみに、こうやって弾丸を撃つ時に、俺たちはあるものを消費しているわけだが……誰か答えが分かる者はいるか?」


「内蔵粒子です」


「お、正解だ。ってお前、進学組じゃねぇか。そりゃ分かって当然だ」


 前列の生徒が挙手して答えると、亮は称賛した後、呆れた様子で笑った。


「ITEMの使用には二種類のエーテル粒子を消費する。外気に散在する粒子と、人の体内にある内蔵粒子だ。内蔵粒子はスタミナみたいなもんで、量に限りがある。使い過ぎると底を尽いて気絶しちまうから注意しろよ。ちなみに、内蔵粒子の最大値は適性に比例する」


 つまり適性が高い者は、スタミナが多いということだ。それがこの空の上において、あらゆる面で有利に働くことは想像に難くない。


「今回の授業では、この狗賓で的当てを行ってもらう。……まずは手本を見せるぞ」


 亮が空中で忙しなく指を動かす。端末画面を操作しているのだろう。

 演習場の外側――地面のない空の部分に、無数の的となる円盤が表れた。目を凝らせば、断続的ではあるが形が崩れている。物体ではなく映像らしい。


 天銃を的に向けた亮は、素早く引き金を引いた。直後、的が一つ破壊される。

 亮はそのまま腕を水平に動かした。次々と射出される灰色の弾丸。それらは目にも留まらぬ速度で、的の中央に吸い込まれる。

 生徒たちが息を呑む中、弾丸が的を突き破り、破砕音が鳴り続いた。


「ふぅ……ま、こんな感じだな。それじゃあ順番にやってみろ。一人十発だ」


 亮が指示出した直後、生徒たちが一斉に立ち上がり、我先にと銃を求めはじめた。


「さぁ――私たちも行くわよ」


 花哩もまた、ギラギラと目を輝かせて天銃を取りに行った。

 その様子を見届けた翔子は、隣にいる綾女へこっそり声を掛けた。


「花哩、随分と張り切っているな」


「ん。……この日のために、よくエアガンで練習していたから」


「気合入りすぎだろ」


 銃を手に取った花哩は、嬉々とした様子でレーンに並び、銃を構える。

 無造作に展開される的を、横に並んだ生徒たちが撃ち落とす。慎重に撃つ者もいれば連射する者もいた。各々が首を傾げたり、喜んだりして、再び銃を構えている。


(……こんなことより、早く飛びたい)


 いまいち周囲の熱気に馴染めなかった翔子は、溜息を吐く。

 花哩も射撃を開始する。テンポよく弾丸が放たれ、その度に次々と的が破壊された。十発中、九発が命中。それは他の生徒と比べても驚異的な精度だった。


「どうよ! 見た、見たっ!? 私の記録! 超えられるものなら超えてみなさい!」


 花哩が物凄くテンションを上げて帰ってきた「子供か」と突っ込みを入れたくなったが、恐らく口にすれば睨まれるので黙っておく。


 その後、綾女とラーラも射撃を行った。綾女は普段通りの無表情を貫いたまま、レーンに立ち、銃を構える。だが弾が的を外した時、僅かに顔を歪めた。一方ラーラは、これまた普段通りの怯えた様子で銃を構えたが、深呼吸をした後、身体の震えが止まった。どちらも十発中七発を的に命中させる。二人とも平均以上の記録だ。


「……むぅ。もう少し行けると思ってた」


「わ、私も、あんまりいい成績じゃなかったです……」


 不満気な二人の様子に、翔子は達揮に言われたことを思い出した。この三人は学院の生徒なら誰もが知っているほど有名で、優秀らしい。今、その一端を垣間見た気がする。


 その時。急に他のレーンから歓声が轟いた。

 待機している生徒だけにあらず、銃を握る者の視線までもがそちらに移る。釣られて視線を動かした翔子は、その先に、安堵の息を漏らす達揮を確認した。


「おい、見たか今の?」


「すげぇな、全弾命中だぜ」


「しかも、凄く早かったよね」


「流石、金轟の弟だなぁ……」


 生徒たちの話し声を聞いて、歓声の理由を翔子は知る。


「ふ、ふぅん? す、少しはやるようね……」


 達揮の偉業を知って、花哩は強がりを見せた。誰もそれに反応しなかった。

 視線の先で、達揮は銃を次の生徒に手渡し、列を離れる。

 達揮がこちらを見た。――まるで、挑発するような笑みを浮かべて。


「さあ。次はあんたの番よ」


 そう言って花哩が翔子の背中を叩く。


「金轟に推薦された力、見せてやりなさい!」


「……がんば」


「お、応援してます!」


 古倉班のメンバーがそれぞれ翔子に発破を掛けた。


「まあ……できるだけ頑張ろう」


 溜息混じりに返答し、レーンに並ぶ。

 前の生徒から手渡された銃を、まじまじと眺めた。重くはない。寧ろ軽すぎて頼りないとすら感じる。モデルガンすら持ったことがない翔子は、慎重な動作で銃を構えた。


 小さく息を吐き――発砲。

 弾丸が放たれると同時に、微かな疲労感を覚える。内蔵粒子が消費された証拠だ。


「……外したか」


 弾丸は、大きく的を外れた。


「もうちょい肘を伸ばしてみろ」


 眉間に皺を寄せる翔子に、亮が横合いから声を掛ける。


「天銃には反動がねぇから、決まった構えが存在しない。とは言え基本は守らねぇと当たるものも当たらん。重心を定めて、標的に向けて肘を伸ばし、最後に引き金を絞る。まずはこの三つを守れ。それだけで、三つ目の的くらいまでなら必ず当たる筈だ」


 亮が見守る中、翔子は足を肩幅にまで広げ、リラックスした状態で引き金を引く。


「あー……まぁ、その、なんだ。必ず当たるってのは、訂正する」


 十発の弾丸を撃ち終えた後、亮がその強面にはそぐわない態度で口篭る。


「お前……壊滅的に才能ないな」


 十発中、命中したのは――ゼロ。

 亮の一言に、翔子は顔を引き攣らせた。流石にショックを受ける結果だ。

 銃を後続の生徒に渡し、翔子は古倉班のもとへ戻る。


「一発も当たらないって……どんだけセンスないんだよ」


「金轟に推薦されたって本当か? 嘘なんじゃねぇの?」


「自衛科であれは、やばいよな」


 周りにいる他の生徒たちが、翔子の醜態を目の当たりにして口々に感想を述べる。


「なんか、ごめん」


 三人のもとに戻った翔子は、取り敢えず謝罪した。


「あんた……ちょっと……ねぇ……嘘でしょ……?」


「……ギャグかと思った」


「し、信じて送り出した翔子さんが、絶望的な射撃センスを披露して帰ってきました……」


「お前ら中々酷いよな」


 暗い空気が立ちこめる中、亮がパンパンと手を鳴らして注目を集めた。


「全員、撃ち終えたな。それじゃあ最後に特別な撃ち方を教えるぞ」


 亮の説明に、生徒たちが足を止め、その声に意識を傾ける。


「狗賓にはオートとマニュアル、二種類のモードがある。さっきお前らが使用したのはオートモードだ。オートは、内蔵粒子の消費量を自動的に抑えてくれるモードと覚えたらいい」


 そう言って、亮が銃を構えた。


「狗賓のマニュアルモードはチャージ形式だ。引き金を引き続けることで、少しずつ威力が増していき、最大で内臓粒子の一割を持っていく」


 銃口で膨張した弾丸の大きさは、オートモードの時とあまり変わらない。しかし、その灰色の弾丸は輝きを増しており、球の輪郭がよりはっきりと表れていた。

 解き放たれた弾丸は、一条の光線と化し、的を一つ二つと貫いていった。

 これは弾丸と言うより、レーザーだ。


「ちなみにマニュアルは適性によって威力が大きく変化するモードだ。俺の適性は上から二番目の乙種だが、これが最上位の甲種になると威力も桁違いになる。……適性が甲種の生徒、試しに前に出て撃ってみろ」


 亮の指示に従って、数人の生徒が前に出た。

 その中には、達揮と――綾女がいる。


(……綾女も甲種だったのか)


 先に撃つのは達揮だった。

 視線の先で達揮が銃を構え、引き金を引いた。銃口に光が収束する。


 弾丸は拳の大きさを超え、サッカーボールくらいの大きさとなって初めて膨張を止めた。内側から少しずつ光が増していき、灰色だった筈の弾丸が、群青色に染め上げられていく。


 やがて撃ち出されたそれは、光の奔流だった。銃口から離れた弾丸は、塞き止められていた大河の如く、巨大な激浪となって天を穿つ。

 空の青が、更に濃い青で上塗りされた。


「……いやいやいや」


 生徒たちが騒ぎ立てる中、翔子もまた思わず口から声を発していた。これまでの弾丸とはスケールが違い過ぎる。たった一度の砲撃で、的が五つも破壊されていた。

 今度は綾女が銃を構えた。銃口に募る光は徐々に膨らみ、紫に変色する。


「どーん」


 気の抜けた掛け声と共に、紫紺の光が放たれた。達揮に負けず劣らずの歓声が響く。


「……すげぇ」


「すげぇ、じゃないでしょ」


 感心する翔子の肩を、花哩が強く掴む。


「言った筈よ。足を引っ張ったら承知しないって」


 翔子は顔を逸らした。今の花哩の表情を、どうしても見たくなかった。だが、花哩は翔子の肩を掴み、強引に正面を向かせる。

 鬼の形相を浮かべる花哩は、満面の笑みで告げた。


「特訓しましょう」


「マジかよ」


 翔子の頭の中で、ドナドナが流れた。

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