ボドゲ仲間と妹のバレンタインを眺めている

くれは

1 ボドゲ仲間へのプレゼントを考える

かどくんが好きなものって、何か知ってる?」


 年が明けて新年の空気も無くなってすっかり平日の気分になってしまったある日、夕食の後に居間で付けっ放しのテレビを聞き流しながらこないだ買ったボドゲの正誤表エラッタを確認していたら、妹の瑠々るるに突然そんなことを聞かれた。

 妹との仲は特段良い方でもない。特にこれまでは趣味が決定的に合わなかったからあまり話すこともなかった。

 正直な話をすれば、家族にボドゲを遊べる人がいれば遊べるボドゲが増えると思っていたところはある。それにボードゲーマーからしたら羨ましい体質も持っている。

 でも妹はゲームが好きじゃない。近付こうとすらしない。たまにダメもとで声を掛けても冷たく睨まれるだけだった。

 それが変わったのはつい最近。カドさんという共通する知り合いが変化の理由だ。あの頑なにゲームを遊ぼうとしなかった妹がカドさんとはボドゲを遊んでいると知って、俺にどれだけの驚愕と混乱が訪れたか。

 実際に何回か一緒にプレイする機会があって、妹が意外とちゃんと楽しんで遊んでいることもわかって、なんだじゃあ家でボドゲ遊べるじゃないかと思ったのだけど、妹はやっぱり俺と遊ぶのは嫌がった。でもカドさんがいれば、遊ぶ。

 カドさんはカドさんで見てるともうそうだろとしか思えないのだけど、話を振ると「そういうんじゃないです」「一緒にボドゲ遊べるだけで良くて」とかぐずぐずしたことを言い出す。もしかしたら、俺が瑠々るるの兄だから遠慮してるんだろうか。この辺り本気でわからない。

 それで二人がそんな感じなので、正直なところこいつらちょっと面倒くさいな、と思っている。


「カドさんの好きなもの?」


 俺がアンダーリムの眼鏡を指先で押し上げながらスマホから顔を上げると、瑠々るるは想像してたよりも真面目に困った顔をしていた。


「そう、何か知らない?」

「ボドゲ」

「それは知ってる」


 ふざけて言ったつもりはなかったのに、瑠々るるの目が冷たく呆れたものになる。


「いや、だって、カドさんと会うのってボドゲ遊ぶときだし、ボドゲの話しかしないんだよ。ボドゲの趣味だったらだいぶわかるけど」

「あんなに仲良さそうなのに」

「ああ……まあ、そうな。ボドゲ会でもよく話す方だとは思うけど。でも基本ボドゲ遊んでるだけだからな」


 俺の言葉に瑠々るるが息を吐き出した。呆れているような、苛々しているような、困っているような、なんとも言えない表情で。

 普段ろくに話さない俺なんかにわざわざ聞きにきてるっていうのは、相当困ってるんだろうな、とは思う。仕方がないので俺は話を続けてやった。


「なんのプレゼントだよ」


 そう聞いたら瑠々るるはものすごく驚いたように目を見開いて、それから勢いよく首を振った。反応がやたらと極端すぎやしないかとは思ったけど、それについては何も言わないことにした。


「そんな大袈裟なものじゃなくて」

「じゃあ何?」


 俺の視線に瑠々るるはうろうろと視線を彷徨わせて口を開けたり閉じたりしていたけど、俺が興味なさそうに自分のスマホに視線を戻したら渋々といった感じで話し始めた。


かどくん、家にくる時にいつもお菓子持ってきてるけど、あれ手作りなんだよ」

「へえ、知らなかった。マメなんだな、カドさん」


 手作りの菓子だったとは思ってなかったので素直に感心して頷いた。これは本心。

 でも、それだけのことなら俺に聞きにくることでもないだろう、とも考えた。だからできるだけ素直なアドバイスを投げかけてみる。


「手土産の菓子のお礼なら、菓子を返すのがまあ無難じゃないか?」

「それはそうかもしれないけど」


 歯切れの悪さに、やっぱりそれだけじゃなさそうだ、と判断する。正直そろそろ面倒くささが好奇心を上回ってきつつあるのだけど、もうちょっとだけ付き合ってやるかと、自分の中の好奇心を刺激してみる。

 瑠々るるとカドさんは結局、お互いのことをどう思ってるんだろうな。二人は自分たちの関係性をどう認識しているんだろうか。

 俺はそれを「知りたい」気がする。そういうことにする。だから少しだけ踏み込んだ質問をした。


「菓子以外にも何かもらってるものがあるのか?」


 瑠々るるの言葉が途切れる。分かり易すぎると思ったけど、余計なことを言うと「関係ない」とか「もういい」とか言って引っ込むだろうから、半分聞いてないような顔でスマホの画面をスクロールしながら瑠々るるの言葉を待つ。


「……もらってばっかりだから、お礼したいんだけど」


 返答ははぐらかされたけどそれはほとんど肯定だ。俺は顔を上げて改めて妹をつくづくと眺めた。

 俺の視線に瑠々るるがあからさまに嫌そうな顔をする。その表情を無視して、俺は話を続けた。


「食べ物じゃない方が良いってことか?」

「それはそれで渡すつもりだけど。できればそれ以外も。あんまり大袈裟な感じじゃなくて……せっかくなら、喜んでもらえた方が嬉しいから。ボードゲーム関連でも良いんだけど、何が良いかわからないし。兄さん、何かかどくんがもらって喜びそうなもの知らない?」

「菓子を手作りしてるんだったら調理器具とかは?」

「そういうのって、もう持ってたら余計なものじゃない? それに、なんだかもっと作ってくれってねだってるみたいな気がして」

「ああ、まあ、それもそうか」


 俺はそう頷きながらも、家に遊びにくるのにわざわざ手作りの菓子を持ってきてるカドさんの気持ちを推測してみる。今までボドゲ会の付き合いで、そんな話を聞いたことはなかった。ボドゲの話しかしないから知らなくて当然ではあるんだろうけど。

 それでも、その行為が家に来るとき限定のものだというならやっぱりそこの差異は──と、瑠々るるを見る。

 もしその推測が正しいなら、瑠々るるが「もっと作って欲しい」って言うことはきっとカドさんにとっても幸せなことなんじゃないかって気もするけど。不確定要素が多すぎるので口には出さなかった。


「じゃあやっぱりボドゲ関連だな」

「それこそかどくんの方が詳しいから、わたしが何かあげても……逆に困ったりするんじゃないかって思って」

「まあ、ボドゲそのものはそうだろうけど。関連グッズとかなら、ありじゃないか?」

「関連グッズ?」


 訝しげに眉を寄せる妹に、俺はスマホで適当に思い付いたものを検索する。画面に出てきたのは、ボドゲでよく使われる人型の駒をモチーフにしたストラップの写真。瑠々るるに見えるようにスマホを持ち上げる。


「これ、ボドゲの駒のストラップ。ボドゲそのものじゃなくて、こういうのならまあ、悪くないんじゃないか?」


 瑠々るるは瞬きをして画面を見詰めた後、ぴんときてない様子で首を傾けた。


「ボードゲーマーは、これがボードゲームの駒だってすぐにわかるものなの?」

「そうだな。この形の駒はいろんなボドゲで使われてて──ミープルって呼ばれてる。ある種ボドゲの象徴的な扱いになってるよ」

「こういうのもあるんだ」


 そう呟いて、瑠々るるは考え込んでしまった。


「あとは……そうだな。カドさんはボドゲ買うのに手一杯だから、便利グッズみたいなのはあんまり持ってなさそうなんだよな。例えば、ダイストレイとか」

「ダイストレイ?」

「そう。ダイスがテーブルから落ちないように、その中で転がすためのトレイ。細かいボドゲの駒をテーブル上で散らばらないようにまとめておいたりとかもできる。こういうのはいくつあっても困らない」


 フェルトでできた小さめのトレイの写真を探してきて、それを瑠々るるに見せる。このトレイの良いところは、持ち運ぶときには平面にできて、かつ軽いことだ。俺も何枚か持っている。


「あとはちょっと高価たかくなるけど、メタルコインとか」

「メタルコイン? 何に使うもの?」

「雰囲気づくりだな。ボドゲの内容物コンポーネントのコインて、まあ厚紙でできたチップってのがよくあるものだけど。それをこのメタルコインで置き換えて遊ぶと、重さとか見た目とかが本物っぽくなるから、遊んでて楽しい」


 瑠々るるは難しい顔をして首を傾ける。


「どういうこと? 別にそれがなくても遊べるんだよね?」

「そうだけど、やっぱり厚紙とは手触りとかが違うんだよ」


 俺の言葉は瑠々るるにはちっとも伝わってなさそうだった。

 その表情を見て瑠々るるの体質のことを思い出す。ボドゲの世界の中に入り込んで本物を体験できてしまう瑠々るるには意味のないものだった。だったらこれは瑠々るると遊びたがっているカドさんにも必要のないものだろう。

 この方向性を諦めて、俺は別のことを考える。


「じゃあダイスとか」

「ダイスって、サイコロってこと?」

「そう。いろんなデザインがあって格好良いものが多いから、カドさん好きそうだなと思って。でもボドゲ遊んでるだけだと必要な分は大抵は内容物コンポーネントに入ってるし、個別に必要になることってそんなないから、多分だけど持ってない。手頃な値段のものも多いし」


 適当な検索結果を見せると、瑠々るるはわかったようなわからないような顔でそれを眺める。


「なんだか、格好良いデザインのものもあるんだね」

「デザインが凝ったものは実用っていうより趣味のものだな。ダイス収集してる人もいるくらいだし」


 じっとスマホの画面を見ていた瑠々るるは、まだ難しい顔をしていた。


「サイコロってもらって嬉しいものなの?」


 そればっかりは俺に聞かれてもどうしようもない。俺は眼鏡を押し上げるとスマホの画面をオフにして立ち上がった。


「俺から提案できるのはこのくらいだな」


 それで話は終わりのつもりだった。ちらと台所を伺えば親はもう部屋に引っ込んでいた。テレビの電源もオフにする。


「あ、待って」


 慌てたように瑠々るるが俺を引き止める。俺はもう面倒くさい気持ちを誤魔化すのも面倒で、眉を寄せて瑠々るるを見下ろした。


「まだ何かあるのか?」

「だって……こういうのってどこで買えば良いのかわからなくて。そういうお店とかがあるものなの?」


 瑠々るるの言葉に俺は溜息をついた。面倒くさい、というのが正直なところ。

 ただまあ──と、自分の気持ちを切り替える。

 面白い、という気持ちだってないわけじゃない。だから俺は仲良くなったボドゲ仲間のためにその面白いという気持ちを最大限に膨らませて、もう少しだけ妹に付き合ってやることにした。

 そしてこれで二人の関係がどうにかなるならきっとボドゲを遊ぶ機会が増える気がするし、そうなったらそれは俺にとっても悪くない選択肢だという気もしないでもない。つまりこれは巡り巡って俺にとっても得点行動ってことだ、と自分を納得させることにした。




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