第6話 ケルベロス現る

 

 アスカの先導でゆっくりと、ひんやりとした石段を下りていく。

 そういえば俺靴も履いてないんだった。ちょっと足裏が冷たい……。

 ただ地上よりは風も無く少しだけ暖かかったのは幸いだ。

 はぁ、早くバスタオル生活を解消したい……いったい誰が俺の服盗ったんだよ……せめて靴だけでも返して欲しいのだが。


 地下内は意外と広く両手をいっぱい広げてもまだ余裕があった。高さは俺の身長170センチより一メートル程高いくらいか。

 圧迫感は特に感じない。

 両脇にはランプが等間隔に並び、適度に明るいが魔法によるものだろうか。


「へー、なんか凄いなぁ、荒野の地下にこんなものがあるなんて。まさかアスカ一人でここ掘った訳じゃないよな!? ははは」

「……」


「なぁアスカ、そういえばゴブリンが近づく前にこの階段降りてれば襲われずに済んだんじゃ……」

「……」


「アスカ? どうかしたのか?」

「……」


 あれ? なんか俺アスカを怒らすようなこと言ったかな?

 俺が不安に思っていると、彼女がガッと振り返り、腰に手をあてて言った。


「気安くアスカと呼ぶんじゃない! 我はお主より年上じゃ! アスカ様と呼べといっておろう!」

「へ?? ま……まさかそんなわけ……ははは」


 俺は信じられない思いで唖然とした。

 どう見積もっても中学生にしか見えない少女が俺より年上だって?

 俺が十八歳だから彼女は……いったい何歳なんだ?

 彼女は黙ってムムムと上目遣いでほっぺを膨らませて睨んでくるが、ただ可愛い少女にしか見えん。どう見ても妹系だ。

 俺は恐る恐る聞いてみた。


「じゃ、じゃあ、いくつなんだ?」

「乙女に年齢を聞く奴があるか! 埋めるぞ!」


 彼女はプンプンしながら人差し指で俺をビシッと指さして言った。……どっちやねん!!!

 

 結局年齢は謎のままかいっ。異世界人は長寿で成長が遅いとか?

 ……まさかのエルフ!?

 確かによくよく見れば、異世界物によく出てくるエルフに見えなくもない。

 銀髪。端正な顔立ち。小柄ながらスッとした容姿。心持ち耳も尖っている様な。


「っ……もしかして……エルフきたぁぁぁぁっ!?!?!? グハッ!?」

「やかましい!!! 耳キーンなるのだ!」


 異世界初エルフ発見に興奮のあまり絶叫したら、強烈なボディブローが俺の腹に叩き込まれた。

 やばい吐きそう。でもロリエルフのパンチだと思えば……なかなか。


「うぐぐ、や、やはりアスカ……いやアスカ様はエルフなのか!?」

「ほう? お主エルフを知っているのか。そうか……黙ってようと思っておったがバレたのなら仕方ないのだ。そう我は偉大なるエルフ族にして、史上稀にみる天才魔導士とうたわれたアスカグラン様とは我のことなのだぁ!!!」


 そう声を張り上げると「ハッハッハッ、ハッハッハッ」と高笑いが地下階段内にしばらく響き渡っていた。


 おぉ、いきなり異世界でエルフに出会うとは! 俺はついてるのかもしれない。

 異世界のロマンといえばエルフ。エルフのいない異世界に価値があるのか。

 否! 異世界に華を添えるのがエルフなんだ。しかもアスカはロリエルフだ! つまり妹系だ。ということは……。

 やはりて呼ばせたいが、アスカは俺より年上だと言う。さらに天才魔導士だと!? 

 まさか俺より百歳以上離れてる事は流石に無いと思うが……ははは。どうしたらいいんだ俺。

 考えがまとまらなかった。まあいつかはお兄ちゃんて呼んで欲しい!

 俺は、お兄ちゃん起きて、早く起きないと悪戯しちゃうよ? という夢のシチュエーションを妄想していた。


 暫くして俺が妄想から現実に戻ってくると、未だちっぱいを反らして高笑いをしているアスカ。


「ところで天才魔導士アスカ様は何で穴に埋まって遊んでたんだ?」


 ちょっと前から気になった事を聞いてみた。


「お主、馬鹿にしてるのか。まあよい話してやるのだ。この地下の我の部屋でくつろいでいたら、地上で異常な魔力変動と何かが落ちた振動とを感じたもんでな。振動のあった地点に魔法転移したら、目測を誤ったのだ。気付けばお主が裸でぴょんぴょん跳ねたり、フルチン、フルチンて叫んでおったのじゃ! 我は開いた口が塞がらなかったわ。普段は転移に失敗する事は無いのだが、魔力変動の影響が少なからずあったのかもしれん。我は天才だからミスなどしないのだ。わっはっは!」


 そう言うと、無い胸を反らしてまた高笑いをしていた。だがしかし口元がやや引きつっているので、ミスを意外と気にしてるのかもしれないな。

 あとさらっと大変な事を言った気がするが、転移とかできるのか! ゴブリン戦で見せた魔法もヤバかったし……魔法スゲェ!

 本当に天才魔導士なのかもしれない。ちょっとドジっ子だけど。


 そんな会話があった後、しばらく下ると、急にひらけた空間に出た。

 六畳間位のスペースの四角い部屋で、奥に頑丈そうでデカい鉄製の扉があった。

 その扉の両脇に、地獄の番犬のような石像が鎮座しているのが、何とも違和感がありありだ。

 もしかして番犬的な仕掛けでもあるのかもしれない。要注意だ。


「着いたのだ。ここが入口じゃ。あぁその石像が気になるか? 試しに石像の口に手を入れてみるのだ。フフフ」

「まさか噛まれるなんて事ないよな? 信用してるからな? どうせ何も起きないんだろ?」


 なんか胡散臭いが、怖いもの見たさの好奇心には逆らえず、右の番犬の開いた口に、番犬の恐ろしい目を見ないように上を向いて怖々手をさし込んだその時、


「バウッ!!!」

「ひぎゃっ!!!!!」


 突然、デカい吠え声がするのと同時、右腕に激痛が!?

 こ、これは、やっぱりトラップだったのだ! クソッ、アスカに騙された!

 早く手を抜かないと食い千切られる!

 俺は石像から手を抜こうと右腕を見ると、

 

 ブランブラン――ブランブラン――


 俺の右腕には信じられないものが、ぶら下がっていた。


「……あの……なにをしているんですか……」

「ガウガウ……どうひゃ? ビビッひゃらろ? ガブガブ……ガブガブ……」


 俺は無言で右腕をブンブンと振り回して振りほどこうとするも、彼女も意外としぶとく、スッポンのように噛みついて離さない!

 そんなたわむれも数分経過すると、お互い息も絶え絶え、疲れてぐったりと仰向けに横たわっていた。


「はぁはぁ…お主なかなか我慢強いではないか……はぁはぁ」

「はぁはぁ……アスカもな……はぁはぁ」


 こうして俺達は互いの勇姿を称え合いグータッチするのであった。

 こんな青春てのもいいもんだ……。

 そう、青春に年齢なんて関係ないんだよ。


 故に、いつか俺はアスカが「お兄ちゃん! 早く起きないと……悪戯いたずらしちゃうよ?」というムフフな妄想を改めてふくらませていた。



 どうでもいいが……無駄に動いて腹減った。あぁ早くゆっくりと休みたい……。

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