第6話 キャッスルアローン1
(お前さん。一人此方に向かってくるぞって……何事だ?)
「そりゃこっちが聞きたい。一つ言えるのは盗み食いしてる場合じゃないらしい」
俺たちの住処に人が来たと思ったら盗賊だった。盗賊から逆に食料を奪ってやろうと思った。その食料の中に女の子が隠れていた。今ここだ。
「?カミスヌモエマオダンナ」
背後からふいに声を掛けられ背筋が伸びる。もたもたしている内に、人が来てしまった。髪の薄い若い男がヘラヘラと笑いながら荷車に上がってくる。どうやら仲間と思ってくれているらしいけど案外急造なのだろうか?
俺は躊躇もせず顔面に拳を突き入れた。闘気法で強化された身体能力のおかげで相手は反応することもなく気絶する。
「よし」
赤毛の女の子は状況が分からず目を白黒させているけど、説明している暇はない。というか説明しても通じないか。
縛る物が無かったので男の衣服をひん剥き、それを使って手足を縛る。口にはパンツを突っ込んでおいた。ついでに木箱にブチ込んでおこう。これなら暫く気づかれないだろう。
一連の作業を終えると、見ていた少女は俺のことをゴミを見るような目で見ていた。
「やめろ。好きで男を脱がしたんじゃない。そんな目でみるなぁ!」
さておきやってしまった。一人倒してしまった。
これで盗賊団は遅かれ早かれ俺の存在に気付く事になるだろう。かくれんぼからゲームは変わって鬼ごっこが始まるのだ。そしてスタートの鐘はもう鳴っている。
(今なら広間に全員集まっている。儂なら皆殺しにできるぞ)
「それは最後の手段ね。できる限り止めまでは刺さないよ」
とは言え一人でも厳しいのに子供を連れて夜の森は危険すぎる。かと言って城の中をずっと逃げたり隠れたりも無理があるか。どうしよう……。
◆
少女からは盗賊を倒したことで少しなりとも信頼は得たのか、躊躇いながらもナイフを下ろしてくれた。そのまま少女の手を取り、ジグの部屋まで逃げ帰る。
部屋の中を重い沈黙が支配する。言葉は分からないけど、分かったとしてもこんな時俺には女の子に掛ける言葉なんて思いつきはしないだろう。
とりあえず食べ物と水を用意してあげることにした。
いくらでも水が出てくる水差しを不思議に眺めていた赤毛の女の子は亀ウサギの燻製をペロリと平らげると、たぶん感謝の言葉を言って深々と頭を下げる。
それに対し俺はフッとニヒルな笑みで答えた。さて。
「どうするどうするどうするジグエモ~ン!!」
(考えなしか!散られたら儂とて面倒だぞ)
「い、隠匿のまじないって奴は効かないの?」
(あれは本当のおまじないだ。気にしなければ気にならない程度のもんよ。)
まぁそうだろうとは思っていた。でなければ城が扉も残っていないくらい荒らされるはずもないのだ。
(こちらの強みは正体も人数もバレていないことだな。お前さん一人で遊撃する分には何とかなるさね)
「なるほど。この子の存在がバレない様に俺がヘイトを稼げばいいのか。地の理は有るしいけそうだな。城に招きこもう。各個撃破だ」
狙うのは分断工作。日の出を待つのではなく、夜の闇に紛れて戦う奇襲作戦だった。
何も30人近くとまとめて戦うことはない。5対1を6回でも、2体1を15回でも構わない。
方針が決まり、さあ行こうと席を立つ。それを見て少女も一緒に席を立った。
両の手をぎゅっと握って、何か言いたそうに俯いている。
「ジグ、此処で待っててなんて言うの?」
(そうだの。こう言え)
ジグの言葉をなぞりながら少女に背を向ける。こんな時、相手の顔一つも見れない自分が悲しい。
「ルケスタ、イタッゼ、ロテッマ」
◆
それから何時間経ったのだろう。一時間か、二時間か。もしくは30分程度なのかも知れない。五階の倉庫でアレやコレやとひっくり返して大慌てで準備していたので、時間の感覚なんて分からないけど、とりあえずある程度の用意は出来た。
「へへへ。こいつはキャッスルアローンだな」
(ん? アローンは孤立という意味だろう? 儂がおるではないか、カカカ)
「え!?そういう意味だったの!?」
(お前さんなぁ……)
異世界人に英語を教わってしまった。恥ずかしい。
(しかしまぁ悪知恵は働くようだな。甘い事をと思うておったがこれは面白くなってきたぞ)
「お気に召して何よりです。じゃあお客さんも来たことだしお迎えにいこうか」
とうとう木箱に入れた男が見つかったのだろう。雑な隠し方だったので良く持ったほうだと思う。
中庭から松明を掲げた集団がぞろぞろと近づいてくる姿は中々に壮観であり、さすがに背中に冷たい汗が流れた。頼むから臆病虫、今は眠れ。
「よし、行こう」
ランタンを灯して二階の窓際を通り過ぎる。そしてさも今気づいたという風に慌てて廊下を引き返す振りをする。廊下で屈んでいると叫び越えと共に弓矢が放たれた。壁は石製だから抜かれることはないけれど、どうやら本気で目撃者を始末したいようだ。
ドタドタと足音が廃城に木霊し始める。上手く俺のいる棟に誘導できたらしい。
お客さん第一号を二階の階段手前で待つ。一階から勢いよく駆け上がってきたのは5人。踊り場を超えて、あともう少しで二階というところで全員下まで転げ落ちていく。ご愁傷様です。
勢いよく踏み抜いて欲しいので階段の中ほどからにワニトリの爪やら尖った骨を並べて置いてみた。撒菱作戦成功である。踊り場で転げ回っていていたので残りを全部ばら撒いてあげた。大変喜んでくれたみたいだ。次行ってみよう。
安全靴なんてない時代である。撒菱は意外と成果を上げて階段に渋滞を作った。
しかしそれも所詮は時間稼ぎの嫌がらせ。多くの軽傷者は出したが、反って息を荒くした男達が大量に二階になだれ込んでくる。
「ダウコムゾタイ!ダウコムゾタイ!」
二階の奥に零れる明かりを指差し一人の男が声を上げた。その言葉を聞き7人の男達は剣や槍を握りしめて暗がりの廊下を走りだす。
突如、先頭を走っていた男の姿が消えた。ほぼ同時に2人目3人目も姿を消し、異変に気付いたのは4人目だ。突如下から光が漏れて、そこに床がない事に気づいたのである。必死に止まろうとした男だが、後ろの男の勢いが止まらずに一緒に落ちてしまった。
その様子を茫然と眺めるのは必然6番目を走っていた男になるのだが、はっと後続を止めようと後ろを振り返った時、一番後ろを走るのは見たこともない黒目黒髪の美少年だという事に気づく。俺だ。君のように勘の良い奴は嫌いだよ。
6番目7番目を蹴り落として次に進む。
来た道を戻るため階段に向かって走っていると、肩と腕に衝撃を受けた。
「くそ、弓か」
想定より早く次の集団がやってくる。向こうからは後の落とし穴が光源になっているが、こちらからでは暗くて矢が飛んでくるのが見えなかった。
魔獣の皮で作ったマントのおかげで刺さりこそしなかったが、たまらず近くの部屋に飛び込む。
「いけそう?」
(もう少しだ。まだ。まだ。いけ!)
廊下をジグに確認してもらいながら、合図でヴァニタスを引き抜く。
おr……ジグルべインの愛剣ヴァニタスは存在しない虚無の剣。その特性は何時でも手元にあること。たとえ投げようと、欲したときは必ず手に戻すことができるのだ。
何もない空間から黒剣をゾルゾルと引き抜くと、同時に廊下から悲鳴が沸き起こる。
よく燃えるスライムをたっぷりと染み込ませた羽毛を、木箱に詰めて天井に固定しておいた。
支えの剣が急に無くなったりしたら上から羽がばら撒かれるかもしれない。下に居る人が松明とか火元を持っていたら悲惨なことになりそうだ。そうならないことを祈ろう。
(おうおう。二人盛大に燃えとる。残りの一人が消そうしてるがあれは消えんだろうな。いや愉快よカカカ)
「よし俺が消火を手伝ってやろう」
廊下に飛び出て、マントでバサバサと仲間を叩く男の顔を蹴り飛ばす。3人纏めて落とし穴から投げておいた。下は濡れた地面だ。火は消えるし、たぶん死なない。
「あと半分くらいかな?」
(どうかの。死んでなければ減ってないのと同じだ、なんとも)
二階の罠をほぼ使い切ったので、次が来ない内に急いで三階に移動した。
廊下に出たところで肩が何かとぶつかる。
「!?」
「!?」
……俺も相手も遭遇を予期していなかったため互いに一瞬固まるが判断はこちらのほうが早かった。剣の束で腹を殴ってアッパーで沈める。
「オラァ!ってもうこの階まで人居るのか流石に多いな」
それにしても危なかった。相手もまさか明かりを消してくるなんて。うっかりさんか知能犯か分からないけど、こちらの反応が早かったのは自分以外は全員敵だと分かっている為だ。もし刃物で刺しに来ていたなら死んでいただろう。気を付けなければ。
三階を見渡して気づく。そうかこの階は俺も使った広間との渡り廊下があった。二階を通らずに回り込んでいる連中もいるのか。
「罠も限りがあるし散られてると勿体ないな。ここでちょっと数減らそうか」
(おうさ、出番であるな)
丁度三階ではコレを使おうと思っていたのだ。用意ある部屋に行きランタンで火を移す。
スライムの染み込んだ木の束に勢いよく炎が灯る。盗賊達も使って居る松明の出来上がりだ。
闇の次は光を使おう。
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