焔の鬼アルファに人身御供として捧げられる巫子オメガ

かにゃん まみ

第一章 鬼の国へ

1

「そんな馬鹿な……どうして僕が? 何故こんな恐ろしい鬼の生贄にならなきゃいけないんだ」

 土蔵の奥に隠されていた古い巻物を初めて見た時、神無月瑞希(かんなづきみづき)は驚愕した。

 そこには蒼い焔に包まれ怒り狂った鬼が神社や周りの村を焼き尽くそうとし、村人たちが阿鼻叫喚の声を上げている地獄絵図が描かれていたからだ。

 その焔の鬼神に捧げられた若き美しき青年は巫子の姿をしていた。

 肌は絹のような白さで髪は艶めきだが、その黒曜石のような瞳はまっすぐに鬼神に向かっている。手には払い串を握っていた。

 彼の後ろには年老いた宮司が剣を持ち、今まさに巫子を生贄として捧げ、それを食らった鬼神をなだめつつ、その御霊を剣に封じ込めようとしていた。


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 片足ごとに全体重を乗せたペダルの一漕ぎ一漕ぎが重い。前輪のタイヤがパンクしているせいだ。

 ペダルの軋む音と、真っ直ぐには進ませてくれない砂利や石ころが混ざってる土道をとことん恨む。

 耳が痛くなるくらいの静寂な夜道。自転車のキリキリ鳴くような高音が神無月瑞希は今ここにいますと叫んでいるようにも感じられ、後生だから黙ってくれと心の中で喚きそうになった。

 ペンキが禿げた小さなカゴの右側に、麻の紐でくくりつけた懐中電灯が唯一道を差し示す。

 全てを託すにはあまりにも頼りなげな光がちらちらと今にも消灯しそうだ。

 無理矢理カゴに押し込めたバッグの中には、蔵から盗み出した例の絵が描かれている巻物や禰宜を勤めている従兄弟が作っていた御札と自分の衣類と少しの金、身分証明証などが入っている。 

 とにかく一番列車に間に合うように急がなくては。

 じんわりと染みてくる汗がシャツを張り付かせ、風に当たって冷たい。瑞希はひたすら前へ進んだ。

 彼は今逃亡中だ。心の整理つかない状態で本能が逃げろと伝えてきたから、彼は今こんな行動に走っている。

 瑞希はある事実を知り、自分の置かれた状況に恐怖した。

 土蔵の奥に隠されていたその絵巻には成人したオメガの巫子を村の奥にある鬼神神社に送る儀式があるという。

 神無月神社からその神鬼道と呼ばれる道がその時開かれ、その者は鬼の国へ行くという。

 一度通ったものは二度と帰らぬ。

 瑞希は生まれてから一度もその儀式とやらを村が執り行った記憶がなく、自分が19の巫子であること、その儀式は20年前に行われたことなどを知った。


 20年に一度生贄を捧げているという事実が本当なら、その当事者はどう考えても自分以外ありえない。

 生まれ育った故郷も今まで自負していた氏子である自分の立場も、もはや何もかもなかったことにしようとしている。


 空が藍色に変わってきて遠くに平たい駅舎の影がうっすら見える。

 ここで口を開けたら間違いなく舌を噛みそうな勢いで獣道を突っ込んでいった。

 サドルの鉄の部分が剥き出しになったところが容赦なく瑞月のお尻を幾度も刺激し、涙が滲んできた。

(座布団でも括りつけておけばよかった。)

 ふと地獄絵図のようなあの巻物の絵を思い出し、全身が総毛立ち、瑞希の急ぐ気持ちを厭がおうにも煽る。

 焔の化身の大きな鬼の体が巫子のような小さな男の体を支配するように覆いかぶさっていた。

 炎が社から出て周囲を焼き尽くさぬように、巫子が両手を広げて生まれたままの姿身一つで荒ぶる神の業火の力を制御し、慰み者になろうとしている。

 そしてその巫子は成人したオメガであり、村で該当する人物が自分しかいないと悟った時、もう自転車で走り出していた。


(嫌だ嫌だ嫌だ、人身御供にされるのだけは絶対嫌だ!)


 村の空気がいつもと違うように感じたのはほんの一週間前のことだ。

 瑞希が夜中に目を覚ますと、神無月神社の宮司である70歳の瑞希のじいちゃんが、神社で珍妙なお祓いを始め、村人たちがそれに倣いみな夜な夜なそれに手を合わせ始めたのだ。

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