第2話 第一の街・パイシース

「……道なりに来たけど、合っているんだろうか? ここの道で」


 青い空の下、ふるさとであるエリースを出発し、パイシースを目指し進むノア。

 人が少なくゆっくりと時間が流れているかのようなエリースを出る道は一本しかないため、そこをずっと辿って進んでいるのだが、誰一人すれ違う人もいなければ、動物とも出会えない。

 さらに、今まで他の都市へと出たことがないこともあって果たしてこの道が正しいのか不安になってきていた。


 見渡す限り、辺りには木々しかない。緑が生い茂っている中を見上げれば、澄んだ空がよく見える。


 進んでも変わり映えしなかったとしても、父の手がかりを掴むためには、前に進むしかない。


 エリースを出てすぐのところにある山を登って歩くこと二時間。やっと登り坂が終わったら、休憩所を兼ねた広場が目の前に広がった。


 飲食店などはないものの、木製のベンチに、同素材の簡易的な屋根もあり、腰を降ろすにはうってつけ。

 少し汗ばんだノアは迷うことなく腰を降ろす。


「ふぅ……お昼過ぎに出てるから今は二時半ぐらいってとこか?」


 太陽の位置と自分の空腹感を頼りに現時刻を推測する。

 山の頂上まで来れば、目的地まで残り半分も同然である。後は山を下るだけなので、この時間であれは暗くなる前にはパイシースに着くだろうと予測した。


 座りながら軽く足をもんだり、ストレッチをしてから「よし」と意気込んで立ち上がったその時、目的地であるパイシースの方角から、バサバサと鳥が一斉に飛び立った。


「ん? なんだ……?」


 数羽ではない。数十もの鳥が、まるでパイシースから離れるように飛んでいく。

 普段見られるのは、家族のように数羽の鳥が飛んでいる姿のみ。これだけ大勢の鳥が飛んでいる姿は珍しかった。


「なっ!? 何だよ、あれ……」


 空を見上げて鳥を見ていたら、群れの後方の鳥が、大きな黒い手のようなものによってまとめて掴まえられ、姿が消えた。手は森の中へ吸い込まれて、何の手なのかはわからない。


 流石にこのような光景は見たことはない。あの手は何なのか、何が起きたのかわからず、ノアは呆然とするしかなかった。

 そのまま、数十秒経ってから、やっとハッとしたノアは、慌てて荷物をまとめて立ち上がる。

 このままここにいては、あの大きな手がまた現れるかもしれない。自分が襲われる可能性もある。このままここに居ては危険だ。早く移動しなくては。そう考えた末だった。


 立ち上がったのはいいが、ノアは右に左に、交互にきょろきょろし始める。今来た道を戻るか、それとも目的地へ向かうか。近いのは目的地であるパイシース。しかし、先ほどの手が現れた場所に近いのもパイシースだ。

 ならば、一旦時間をかけてでもエリースに戻るべきだろうか。


 うーん、と唸りながら考えた結果は――


「急いでパイシースにっ!」


 ノアは駆け足でパイシースに向かい、山を下るのだった。



 ☆



 下り道は、上り道よりもずっと楽で、ノアの足は軽く早く進んだ。もとから体力は有り余っていたが、山を下り終えたときにもかなり余裕があるほどである。息を切らすこともなければ、くたくたになることもなく、ノアは山を下りて、パイシースの街へとたどり着いた。


「おお……。ここがパイシース……。随分と……暗い街、だなぁ?」


 ノアの想像するパイシースは、もっと華やかな商業都市であった。何故ならエリースへ届くものは全てパイシースから仕入れているゆえに、あちこちでお店があるような活気ある場所を想像していたのだ。


 しかし、目の前に広がるパイシースは想像のはるか下。

 人通りは少なく、かろうじて歩いている人や、店員とみられる人の顔はとても暗い。皆、目元にクマを作り、うつむきながら歩いている。


 太陽が出ているというのに、この街は暗い。

 人の出だけではなくて、建造物に至っては、えぐり取られたかのように削られた壁や、むき出しになった支柱が至るところで見られ、ここで争いが起きていたことを彷彿とさせる。


「おい、そこの銀髪。お前、旅人か? 今日は珍しく人の入りがいいな」

「はい! いや、いいえ? 俺、ちょっと人捜しをしてて……旅人というわけでもなくて」


 立ち尽くしていたノアへ声をかけたのは、がたいの良い作業着姿の男。

 手には工具箱、肩には木材と、仕事の途中であるようだった。


「そりゃごくろうなことだ。でも、まずは寝床を探しておいた方がいいぜ」

「どうして? まだ明るいけど?」

「明るいうちに、だ。ここは暗くなると出るからな」

「出る? 何が? お化け? お化けだったら、怖くないし」


 もうノアも十七になる。この年になれば、お化けの存在など信じては居ない。子供をからかわないでよ、とノアは笑って言う。

 しかし、男の口からは「冗談」という単語は出ず、代わりに真面目な顔をして言う。


「人食いの化け物だ」

「え?」


 心当たりなどない。化け物の存在も信じてはいない。

 でも、あまりにも男が真剣な顔で言うものだから冗談とは思えなかった。


「ここ数年、ここいらには化け物が出る。影からスッと現れて、人を食ってくんだ。だからみんな暗い夜が怖くてろくに眠れねぇ。あの化け物のせいで、街も荒れ放題だ。お前さんも気をつけな」


 男は渋い顔をして言い切ると、「仕事があるから、じゃあな」と軽く手を振って去って行く。

 ノアは小さく頭を下げて、彼を見送った。


「化け物、ねぇ……」


 ふと、頭の中を森で見かけた大きな黒い手のようなものが思い浮かんだ。

 まだそれについて、何も情報を得ていない。もしかしたら、化け物とはそのことではないかという疑いが生まれる。


「っと、デシベルさんを探しに……いてっ、すみません!」

「あん?」


 思い立ったかのように、ノアが街中の方へと急に動いたとき、たまたま通りかかった男に思いっきり肩をぶつけてしまった。


 頭を下げて謝り、すぐに顔を上げた際に、その人物をまじまじと見る。

 ノアよりも高い背丈。燃え盛るような真っ赤な髪に眼光鋭い瞳。

 腰には髪と同じ色を基調とした剣を装備。


 うつむきながら歩く住民とは、雰囲気が大きく異なる。みな暗いというのに、この男は様子が違う。クマもなければ、武装しているからそう感じていた。


 ノアがあれこれ考えている間に、この男はぶつかった反動を一切受けずにピクリとも動かなかったものの、苛立ったような低い声を出しつつ、ノアを見下ろしている。


「てめぇ、ぶつかんじゃねぇよ、チビ」

「なっ!?」


 ぶつかったのはノアの方だ。非があることはわかっている。それでも謝ったにも関わらず高圧的な態度で言う男に鼻の孔を膨らませる。


「ふんっ」


 男はノアを横目に見ながら、ノアがやってきた森の方へと向かって去って行った。

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