君のハートを射抜きたい

蒼井青葉

第1射

 小学校の時の事。同じクラスの男子は言った。


 「なーなー、千明ってちょっと女っぽいよな。赤が好きなところとか、声の感じとか」


 中学校の時、ある女子は言った。


 「なんか・・・鵜飼くんは男子って感じがしないんだよね。女友達と話してるみたいな気分になる」


 彼らは僕に対して悪意を向けてはいなかった。ただ何気ない一言にすぎなかったはずだ。けれど僕はそんな彼らの言葉に傷ついていた。

 僕は性別は間違いなく男であり、睫毛は長いし、声はちょっと高いし、赤色が好きだし、料理がそこそこできる。


 周りの人はそんな僕のことを「女の子っぽいね」と言う。その言葉を向けられる度、集団から疎外されたような気分になっていた。


 僕って、おかしいのかな。

 

 そんなことを何度も思った。まぁ、幸いにも僕のことを普通の友達として見てくれるやつには出会えたので心を病まずには済んだ。


 この世界に僕みたいな人はいないだろうと思っていた。周りでそんな人を見たことがなかったからだ。


 けれど僕と同じような人が、高校には存在したのである。


 ****


 春。僕は親友と共に、自転車で通える近所の高校に入学した。校庭は満開の桜に囲まれており、周りには僕たちと同じような真新しい制服に身を包んだ新入生がたくさんいた。


 「えーっと、俺は3組か。千明は?」

 「僕は・・・・1組だね」

 「そっかー離れちまうんだなぁ。中学は3年間一緒だったのにー」

 

 親友の袴田優助はかまだゆうすけは本気で残念そうな顔をした。癖ッ毛の黒髪が風になびいている。

 

 「あはは。3年間一緒だったことのほうがすごいんだよ」

 「そーだな。ま、ちょくちょくそっち顔出すよ」

 「そんなに気遣ってくれなくてもいいのに・・・」


 僕の言葉に親友はただ微笑で返すだけだった。

 優助とは1年生の教室が集まっている5階で別れ、僕は廊下の突き当たりにある1組の教室のドアを開けた。


 僕の新生活の始まりだった。


 ****


 登校してから少ししたら先生が来て、僕はクラスメイトと共に体育館に行った。そこで校長や地域の人たちのありがたい挨拶を聞き、新入生代表挨拶があり、担任の先生が発表され、そうして再び教室に戻って来た。

 今は先生が来るのを待っている。クラスメイトたちはすでに談笑を始めている。ここで友達を作れるかで後の学校生活が変わってくると思っているからだろう。


 中学2年の頃にいろいろあって以来、僕は人と話をするのが少し苦手になってしまった。だから友達を多く作れる人間ではない。今だって、自分の席で近くの人に話しかけようか迷っている。


 ああ、どうしよう。話しかけてみようかな。でも僕の見た目とかなんて言われるかな。キモイとか言われたら嫌だな。


 そんなことばかり考えているうちに先生が来てしまった。担任の先生は斐川ひかわという女性教師だった。国語担当らしい。先生は軽く自己紹介をして、それから明日以降の連絡事項を話した。そして最後に。


 「はーい、じゃあ最後にひとりずつ自己紹介してもらおうかな。名前、出身中学、あと何か話したいこと。この3つ。よろしく!」


 き、きた。自己紹介。僕の嫌いなものランキングナンバーワン!

 さすがにナンバーワンじゃないけどね・・・・・

 僕、名前があ行だからすぐにきちゃうんだよね。やばい。どうしよう。何話そう。

 『何か話したいこと』、か。ここで面白いこと言える子が人気者になれるんだろうけど。


 僕がいろいろ考えている間にも一人、二人と前の人が自己紹介を終えていく。


 あーやばいやばい。友達は作りたいなぁ。だからここで失敗するわけにはいかない。


 よし、もうしょうがないからあれでいこう。もうこうなったらやけくそだ。


 「はーい、ありがとう。じゃあ、次、鵜飼くん」


 ついに僕の名前が呼ばれた。呼ばれたのと同時に勢いよく席を立った。


 「はい!僕の名前は鵜飼千明!すぐ近くの月山つきやま中学出身です!名前は千明だし、赤色好きだし、見た目とか声とかいろいろあれだけど一応男です!!」


 言い終えた後に気づいた。


 は、めっちゃ早口でしゃべっちゃたぁぁ!緊張すると早口になっちゃうから気を付けないとって思ってたのにやっぱりなっちゃった!

 あと、「あれ」ってなんだよ「あれ」って!はっきり言えばいいじゃん僕!


 案の定というべきか、教室内の空気はしーんと静まり返っており、鳥の鳴き声すら聞こえてきそうだった。ああ、やっちゃった。死にたいよ・・・

 僕はただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。


 このまま立っててもしょうがないし、座ろうと思った瞬間だった。


 ぱち・・・ぱち、ぱち、ぱちぱち


 と、拍手が聞こえてきた。周りの人たちを見ると、僕の方を柔らかい表情で見つめてくれていた。僕はそのことに、ほっと胸をなでおろした。


 よ、よかった・・・・僕のこと、変人だと思わなかったってことだよね。


 「はーい、ありがとう。先生も女だけど少年漫画大好きだし、スカートよりジーンズが好きです。まぁ、先生のことはどうでもいいよね。よし、次の人!」


 先生のコメントに、僕を含めてみんなが笑った。よかった。このクラス、いい人たちだな。


 15分ほどで全員の自己紹介が終わり、その日は解散となった。


 ****


 「ばいばい、鵜飼くん」

 「じゃあな、鵜飼」


 「うん、また明日」


 席が近かった数人と少しだけ世間話をしてから教室を出た。

 

 さて、優助のいる3組に行ってみようかな。


 そう思って、廊下を進んでいくと、どこかからバタバタとした足音が聞こえてきた。なんだろ、と思った瞬間にはもう遅かった。突然、廊下の突き当たり、階段のある方から人が現れ、僕は避けきれずにぶつかってしまった。


 「あっ・・・」

 「うおっと・・・」


 誰だろうか。とにかく謝らないと、と思って顔を上げた時だった。


 「・・・・・・・・」


 僕は思わず唖然とした。え、この人・・・・・


 「すまない。つい、急いでいたもので。けがはなかったかな?」


 そう言って、その人は手を差し出してきた。僕は我に返ってその手を軽く握り、立ち上がった。


 「あ、はい・・・大丈夫です」

 「そっかそっか。本当にすまなかった。ん、君、どこかで見たような・・・」

 「え?」

 「いや、何でもない。気にしないでくれ」

 「そ、そうですか・・・・?」

 「そうだ!!君、弓道に興味はある?あるよね?ちょっとついてきてくれ」

 「え、ちょ、ちょっと・・・・」


 なんか知らないが、この人に無理やり連行されてしまった。

 ちなみに言っておくと、この人は先輩だ。スリッパだとか制服のリボンの色などから推測できた。


 そして、女の人である。顔立ちとか、身長とか、ショートカットの黒髪がところどころ荒れていたり、声もちょっと低い感じだったりと男を思わせる部分は多いのに、だ。だから僕は先輩の顔を見た時、唖然とした。


 男っぽい、女の人だ。まさか、僕と似ている人がこの世に存在するなんて。


 そう思った。

 まぁ、それはともかく。


 「せ、先輩ですよね?僕、親友の教室に行きたいんですけど!それと、何か急ぎの用事があったんじゃないですか?」

 「そうだな。確かにあったよ」

 「じゃあ、僕の事なんてほっといて—」

 「勧誘だよ」


 先輩は僕の言葉を遮ってそう言った。

 か、勧誘?それであんなに慌ててたの?

 つまり僕は強引な勧誘に捕まってしまったというわけなのか。


 「あ、親友君も呼ぶといいよ。というか呼んでくれ。どこの教室?」


 先輩は突然立ち止まってそう言った。っていうか、こんなところで立ち止まらないでほしいんですが。めっちゃ周りの人見てるんですけど・・・・


 なんか、何言ってもしょうがない気がして仕方なく先輩に付き合うことにした。ごめん、優助。


 「あ、3組ですよ」

 「そうか。すぐそこか。名前は?」

 「袴田、優助です」

 「ふむふむ、いい名前だ」


 僕に向かってニッと笑いかけてから、先輩は3組の教室の前に行き・・・・


 「袴田優助はいるかー!!」


 と、大きな声で親友の名を呼ぶのだった。ちょ、ちょっと!!


 僕は慌てて先輩のもとに駆け寄った。


 「な、何してるんですか!」

 「何って、君の親友の名を呼んだだけだが」

 「いや、そうですけど。はぁ・・・・」

 

 僕はため息を吐くしかなかった。

 親友は先輩の呼びかけに応じたようで、僕たちの前に現れた。


 「え、えーっと・・・千明、どういう状況?」

 「ご、ごめん優助。お詫びはなんでもするからとりあえずこの先輩に付き合ってあげて」

 「お、おう・・・・」


 優助は困惑しながらもとりあえず頷いてくれた。ありがとう。


 「さ、ふたりとも。私についてきてくれ」


 僕たちは先輩に連れられて弓道場へ向かったのだった。


 ****


 「ここだ。そこで靴を脱いでからあがってくれ」


 弓道場は外にあるようだった。体育館下のピロティを抜けて、さらにプールのあたりを抜けた先くらいに瓦葺きの小さな和風の建物と周りが木々で囲まれた空間があった。


 僕たちは先輩と共に靴を脱いで弓道場に入った。玄関のあたりに矢がたくさんはいった筒のようなものがおいてあり、独特の雰囲気を出していた。


 「おーい、ライ、美里みさと!新入部員を連れてきたぞー!」

 「え、マジ!?」

 「ほんと!?」


 ライと美里と呼ばれた人たちは、先輩の大きな大きな呼びかけに嬉しそうに応えた。


 「さて、自己紹介が遅れたな。私の名前は青木青威あおきあおいだ。弓道部の部長をしている」


 この先輩との出会いが運命だっただなんて、この時の僕には知る由もなかった。


 



 


 


 


 

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