第13話 オムライス ①―②
オムライスが注文の主役になって、しばらく経った。
お客から細かい要望のオーダーを取ってくるリーネは、当たり前に忙しい。負けず劣らずの状況でノブユキも厨房に立っている。注文に間違いがあっては大事だ。
リーネが厨房をのぞきに来た。
まだ春先だというのに、額には珠のような汗をかいている。
「ノブユキくん、3番テーブルさまのオーダーだけれど、ひとりはにんじん抜きで、ひとりはピーマン抜きで、ひとりは半熟要望。合ってる!?」
「合ってなかったら今から召喚しなおしますって!」
「急がせてしまってごめんなさいね」
「いいですって。オムライスをメニューに加えることは俺も賛成したことですので」
それに。
とノブユキはつけ足す。
「料理でお客に希望を与えるのが、俺のためでもあります! はい、できました!」
「ありがと。お出しするわ。無茶はしないでね!」
「あ、リーネさん!」
「なに、ノブユキくん!」
「その……お客の様子はどうですか?」
無心を装いつつ、ノブユキはリーネに聞いた。
正直、気になる。
「みなさん幸せそうに食べているわ!」
「そうですか」
「フロアに戻るわね! 空いたテーブル席の食器も片づけないといけないし!!」
「ちょっ、リーネさん、リーネさん!」
「なに!? ノブユキくん!」
「3番テーブルのお客に出す皿! 肝心なのを忘れてます!!」
「あら、いけない! 普段はこんなことならないのに!」
そう言って、リーネは厨房からフロアへと戻ってゆく。
今のノブユキにフロアの様子をうかがう余裕はない。
厨房まで届くリーネの声で状況を推察する。
「3番テーブルのお客さまお待ちどおさまです!」
「ひゃっほう!」
「きたきた」
「これだよこれ!」
「マジうまそうだわ」
リーネは、ごゆっくりどうぞ、と言い残してその場から入り口に向かって叫ぶ。
行列が長すぎて、お客の一部を店内にまで入れているようだった。いつもより店内が騒がしいので、厨房にいるノブユキも察する。
おそらく外を確認するのも、ほんのわずかの時間。
どのお客がどのくらいで退店するのかも、リーネは計算にいれて接客をしているのだろう。
「おまたせしました! 団体客の方、1番テーブルへどうぞ!」
「リーネちゃん忙しそうなところあんがとな。えーっとおまえら、注文まとめろ」
「『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』。ピーマン抜き」
「『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』。にんじん抜き」
「『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』。半熟」
貴様らぁぁ……とリーダーと思われる男が怒ろうとしたが、リーネが止めた。
「大丈夫、だいじょうぶですので! お客さまのご注文はいかがいたしますか?」
「『トマトケチャップご飯に玉子焼きの薄皮をかぶせたお月さま』……たまご固めでたのむ」
「了解です。ご注文いただきましたー!! 復唱させていただきまーす!!」
そして、リーネは大声でオーダーを読み上げる。
厨房まで届くように配慮したのだろう。
「はーい!! 聞こえてます! しばしお待ちを!!」
ノブユキもフロアまで届くように大声で応える。
わいわい、がやがや。わいわい、がやがや。
店内は大賑わいだ。
ノブユキは、黄色いものを西に置くと商売が繁盛する、という話を思い出した。
西の方角がどちらかわからないノブユキだが、きっとどこかにあるはずだと疑わずにはいられない。
――繁盛しすぎだ!
だが、手を抜くわけにはいかない。
お客に希望をもたらすことで、魔法の力もパワーアップするかもしれないのだ。
自身の手で料理を作らず、魔法に頼るしかないことが続いている。
まだ謎の多い魔法とはいえ、鍛錬を怠っては話にならん。
意識を集中して、お客の要望どおりの料理を想像する……。
そして、唱える。
「《レシピ》オムライス、オムライス、オムライス、オムライス」
かっ! かっ! かっ! かっ!
大きめの木皿が4つ同時に調理台に並ぶ。
続いて、それは宙に現れる。
生たまごが、ひとつをのぞき、じゅわ! いう音を立ててきつね色になった。形状は平べったいまん丸だ。残るひとつは、あぶられて、やわらかそうな黄色に光る。
湯気の立ち上るご飯、そこに赤いペースト状の調味料――トマトケチャップが加えられる。白から赤への見事な変身は、紅白の疑似合戦を見ているようだった。
火を充分に通し細かく刻まれた野菜は、お客に合わせて合流させる。
ケチャップライスは、それらをよろこんで受け入れて、宝石店の商品棚を見ているような色と光沢を放つ。……見ているだけでよだれがでそうだ。
待っていましたとばかりに、幅のある木皿と平べったくまん丸の玉子焼きが挟んで3つが完成した。半熟のひとつは、そっとてっぺんに乗っかると、中心部から裂けてゆき、ぱっくり開ききる。軽く火を通されたとろっとろの黄身が流れでてきてこちらも完成だ。
できたてほやほや。白い湯気が黄色の小山から立ち上る。
――ふひぃ……。
ノブユキは自分の想像力というかマルチタスクに限界を感じつつあった。
これ以上は無理だ、と。
でもお客の希望のために頑張る。
そう決めたのだ。
――弱音を吐いてる場合じゃねえな。
頬を両手でひっぱたき、自分を奮い立たせる。
「1番テーブル、オーダーあがりました! お出しください!」
「りょ、了解よノブユキくん! すぐ、行くから……」
消えてしまいそうなリーネの声に、ノブユキは一抹の不安を覚えた。
カウンター席が7つに、テーブル席が5つ。多いときは27人ほどのお客をひとりで接客しなければならない。超人でもない限り倒れてしまう。まあリーネはエルフのようだが。
「し、心配しないで、ノブユキくん……ちょっと身体強化の魔法が切れかけてるだけだから……」
か細い声だが、厨房まで確かに届いた。
と、次の瞬間だった。
どさっ。
妙な音が聞こえた。
嫌な予感にノブユキは背中が冷たくなった。
「てえへんだ、リーネちゃんが倒れた!」
「おい、誰か料理長に知らせてこい! きっと厨房だ!」
「わ、わかりましたわ」
女性客があわてて厨房に入ってきて、倒れた際の状態をノブユキに話す。
「顔が薄緑色に変色してしまっていますわ。きっと魔力切れを起こしたのかと!」
「魔力切れ! なら、マジックポーションですね!」
「常備されておられるのですか!?」
「あります!」
厨房の片隅にノブユキは急いで移動し、棚から何かを手に取る。
透明な小瓶の中身は黄色い液体だ。
忘れもしない、ノブユキが初めて魔力切れを起こした際に、リーネから飲まされたマジックポーション。
「リーネさまのところへお急ぎください!」
「わかりました!」
言って、女性を残し、ノブユキはフロアへと駆ける。
――リーネさん、リーネさん、リーネさん!
ノブユキがフロアへ到着すると、あわあわとあわてるお客であふれていた。
それでも中には冷静に事を見極め、介抱する姿もある。
「待っておりましたぞ。マジックポーションですな?」
「はい」
「リーネどのは極度の魔力不足の状態です。急ぎ、補給を。命に関わります」
「わ、わかりました! お詳しそうですが、あなたは!?」
「通りすがりの魔法使いです。が、あいにくマジックポーションは、切らしておりまして」
なるほど、と合点のいったノブユキは、てきぱき動く。
きゅぽん!
ノブユキは、小瓶の蓋を開ける。
床に寝かされていたリーネの上体を起こす。
そして、形のいい口を手で無理やりこじ開け、黄色い液体を流し込んだ。
しゅわしゅわと不思議な音がする。
ごくり。
あわてていたお客たちも黙り、見守っている。
唾を飲む音すら聞こえるほどだった。
「「「…………」」」
「……あら? ノブユキくん? それにみなさん……どうされたのですか?」
「リーネちゃ~ん!!」「り~ねさまあ~!!」
ノブユキを巻き込んで抱きつく男衆。
ぽろぽろと涙を流す女衆。
「リーネさん……」
言葉が出てこないノブユキ。
だが、無意識に自然とつむがれていた。
「あなたと俺の2人でようやくいっぱしの店舗でしょう? 忘れたんですか?」
「心配をかけてしまったようね。ごめんなさい」
「本当ですよ」
「でももう平気だから……」
男衆にもまれながらも。
ぎゅっ。
リーネはノブユキを抱き寄せた。
ノブユキは何も言えず、また何もできなかった。
……何も、できなかった。
そして、リーネはノブユキを解放し、男衆を退けて、高らかに宣言する。
「さ、お仕事の再開よ! まだお昼の営業時間は残っているわよね!」
「リーネさん?」
「な、なによ、ノブユキくん怖い顔をして」
「リーネさん?」
わかったわよ、とリーネは折れた。
「みなさんすみません。昼の営業はこれで終了ということで。また夜――」
「リーネさん?」
「夜もすみません、臨時休業とさせてください」
ういー、わかりました、了解よ、合点承知、他の常連にも知らせておくぜ!
などとお客はそれぞれ気を悪くした様子もなく、残っていた皿を食べ終わると、店から出ていった。
はあー、とノブユキは大きくため息を吐く。
「リーネさん、オムライスはもうやめましょう」
「いやよ、せっかくいい調子でリピーターも増えてくれたんだし」
「どうしても譲れませんか?」
「うん」
料理ジャンキーの自覚があるノブユキだが、上には上がいることを知った。
「じゃあせめてお客の要望を絞ってお出しすることにしましょうよ。たまご固めか、半熟かの二択」
「えー! じゃあピーマンやにんじんが嫌いな人はどうするのよ!」
「この際です。克服してもらいましょう」
「ノブユキくんの鬼!」
「じゃあ早速ですが、今晩の料理は刻んだピーマン入りのオムライスで」
いーやー!
と店内に絶叫が響いた。
一時はどうなることかと思ったが、なんとか事なきを得て、ノブユキは安堵した。
ノブユキがいなくても駄目だし、リーネがいなくてもこの店は回らない。
再認識し、彼女がまたぶっ倒れないよう、自分が注意深く見なければいけないな、と強く責任を感じるノブユキだった。
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