第11話 リゾット ①―④

「うまいだけ、と言った理由を説明しようかの」

「お願いします」


 ドランという老人は試食会で唯一「おいしい」ではなく「ふつう」と判定した人物である。

 どこがいけなかったのか、ノブユキは素直に教えを求めた。


「まずその低姿勢じゃよ」

「いけませんか?」

「王都に店を構える者たちであれば、『俺の料理のどこがいけねえんだ、じじい!』くらいは言ってもいいくらいじゃ。自信の表れと言ってもいいかもしれんの」

「自信って……料理にそんな曖昧なもの関係あります?」

「大ありじゃ」


 ドランの声が店内に響く。

 大声を出したという様子ではないのに、とにかく耳の奥まで届いた。


「もう一度、作ってみい」

「え?」

「『クリームシチューリゾット』じゃろう? 作ってみいと言ったのじゃ」

「『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』じゃあ……」

「詮索はいい、はよせい」

「は、はい」


 ノブユキは料理魔法で『クリームシチューリゾット』を召喚した。


 宙で輝く、牛乳とご飯の白。野菜の赤、緑、黄色。豚肉の桃色。

 スープは脂の膜がいくつも浮いており、外から入ってくる太陽光に照らされて薄く金色に光る。

 ちらちらと、粉状にされたチーズが飛び込んできて、ぎゅっと混ざり合う。

 底の厚い皿に向かって、行進するようにそれらが入り込み完成。


 最後に小さじスプーンでノブユキは味見をする。

 ――うん、上出来。


 これ以上はなく、これ以下もない、といった完璧な出来映えだった。


「ほお……聞いてはおったが、まさか儂がまだ生きておるうちに見られるとはのお」

「え、料理魔法のことを知っているんですか!?」

「まあ待て小僧よ。まずは食べてみてからじゃ」

「は、はい……」


 ドランは先の細い口――見た目トカゲか何かかな?――を開けると、ぱくり。

 ひとくち。


「うむ、うまい」

「でしょう!? これ、前の世界でお店で出されていたレシピ通りのはずなんです。うまくないはずがありません」

「ええい、そこがいかんのじゃ。他人のレシピの継承は別に構わん。いにしえより、そうして味を伝えてきた歴史もあったからの。だがの、これはおぬしが作った意味のある料理と呼べんのじゃ」

「れ、歴史?」


 と、ドランは、こほんとひとつ、せき払いをして。

 まあ、そこはまず置いておくとして、じゃ。などと誤魔化した。


「おぬしの料理を食べても料理人の顔がまったく見えなかったぞい」

「……そう言えば」


 ノブユキには思い当たる節があった。

 あれはまだノブユキが料理を覚えたての頃に、両親から料理の試食をさせてもらった時のことだ。



 ノブユキの父親が言った。


(伸幸、これから母さんと料理対決だ!)

(伸幸の舌をより満足させたほうが勝ちよ!)


 母親も乗り気だった。

 そして結果も覚えている。母親の勝ちだ。

 しかし、父親が納得いかないらしく、抗議したのだ。


(なぜだ! 店でお客さまにお出ししているものと同じものを作ったぞ!)

(ふっ、あなたは子育てに積極的じゃなかったものね……)

(なんだと!? それに何の関係がある!)

(この子はねえ、こう見えて辛いものがちょっと好きなのよ。だから香辛料で辛みを足したの)

(ず、ずるいぞ! そんなの僕は聞いてない!)

(いつものお客さま通りとあなどったのがあなたの敗因よ)



 ――こんなだった。


 ノブユキはドランに反論する。


「でもお客の舌を等しく満足させるなんて無理ですよ」

「その無理に挑戦しておるのが、王都の料理人たちじゃ。おぬしの料理じゃが確かにうまい……しかし、この世界の好みからすると、塩気がすこし足りぬのじゃよ」


 そ、そう言えば……。

 塩気の効いたおにぎりをリーネがばくばくと食べていったことがあった。

 あれは、大食らいだからという理由だけではなく、塩分が足りなかったということなのか?


 リーネに聞きたいが、彼女は厨房で、夜の営業のために仕込みの真っ最中だ。

 今は巻き込めない。


「ミッフィ、何かおぬしからも言うことはないかの?」

「ドラン老の前で述べることなどありませんよ」

「つれないのお……」

「しかしそうですね、ノブユキさん。王都の民は、貴方が暮らしていた世界に比べて濃い味が好きかと思われます」

「なんじゃ、しっかり意見があるではないか……」

「あくまで私の感想ですので、参考にはならないかと」


 まあなんじゃ……、とドランは仕切り直した。


「おぬしの料理からは、料理人から感じられるお客への気遣いが見えんかった。ゆえに、その点からして一歩マイナス。『おいしい』ではなく『ふつう』にした次第なんじゃよ」

「……返す言葉もありません」


 自分で作る料理は『シチューの猫まんま』だし、魔法に頼ればお客のことを考えず勝手な「うまい」を押しつけている。ノブユキには、どうしたらいいのかわからなかった。


「まあそう落ち込みなさんな」

「そうは言われましても」

「おぬし自身で調理の腕を磨くもよし、魔法を極めるもよし、じゃしのぉ」

「魔法を……極める?」


 まるで魔法に成長、あるいは進化の余地があるような言い分だった。


「なんじゃミッフィ、まだ伝えておらんかったのか。仕事に真面目なおまえさんにしては珍しいのお」

「ええ。何かの間違いがあっては大変ですので、こうしてドラン老にも立ち会いをお願いした次第ですので」


 ドランはため息をついてミッフィを見ると、ノブユキに告げる。


「こういう堅物にはなってはならんぞ。料理に顔が出過ぎて味が感じられなくなるでのお……っていった!?」


 コーン、という固いものがぶつかる音がした。

 ドランがうつむいて、膝をさすっている。

 きっとミッフィに蹴られたのだろう。怒らせると怖い人だとノブユキは認識を改めた。それにしてもいい音がしたものである。彼女の黒光りする女性靴でここまで硬質な音をさせるドランの身体はいったいどうなっているのだろうか?


 気にはなるが、まずは魔法のことだ。

 ノブユキは頭を上げて視線をミッフィに向ける。


「私が使える魔法は現代魔法までです。ここからは古代魔法を扱えるドラン老が貴方を鑑定してくれますので」

「と、いうわけじゃ。ああ、楽に楽にせい、小僧。単なる鑑定魔法じゃて」


 ミッフィに食らったであろう蹴りから立ち直ったドランが、いつの間にかノブユキを正面にとらえて見つめていた。

 そしておもむろに言葉を発する。


「《エンシェント・スペル》ステータス」


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 LV:24


 HP:130

 MP:215


 STR:42

 AGI:58

 VIT:36

 INT:74

 DEX:88

 LUK:55


 SNS:HOPE

 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 木製のテーブル席の上に、半透明で水色の四角い紙のようなものが浮かびあがる。

 料理ばかりで、その他のことにはうといノブユキでも、さすがにわかった。これはステータスウインドウというやつだ。RPGゲームでよく使われるやつ。ただ、個々の項目が何を指しているのかまではわからない。


 うなるノブユキに、ドランは助け船をだした。

 ミッフィの鑑定魔法で、魔法適正が『不明』だったところだけを話す。

 おそらく前もって事情を彼女から聞いていたのだろう。


「SNSはSENSEの略じゃな。おぬしの使う魔法属性を示しておると言ってよかろう。HOPEは希望。おぬしはこの世あらざる存在より消されたとされる希望魔法の使い手のようじゃ」

「希望……魔法……」


 なんとも自分には似合わない単語に、ノブユキはとまどう。


「具体的にどんな魔法なのでしょうか?」

「教えられぬ」

「は?」

「悪用されては世界の均衡が崩れるほどの代物でな」

「そんな度胸ありませんって……」


 世界征服をもくろむとかかな?

 なるほど、まったく想像がつかない。

 ノブユキは料理以外に興味がないのだ。強いて言えば、美人の女性が気になるお年ごろではあるが。


「そうさの……教えられる範囲じゃと。希望魔法はその名のとおり対象とする人物に希望を与えたり、物体に希望を含めたりする、といったところじゃ」

「……」


 さすがに、それは言われなくともわかる。

 問題は、どう料理に活かすかと、魔力切れの件だ。


「失われたはずの魔法を使うとなれば、事が事じゃ。あくまでも料理の他には使うでないぞ? 回復の手段はふたつ。時間経過による自然回復と、対象の希望を自覚することじゃな」

「も、もうすこし簡単に!」

「ええい、物わかりの悪いやつじゃな、ってこちらの産まれではなかったの。つまり魔法を使うなら、それで人々に希望を与えろということじゃ!」


 ノブユキは、だいぶわかりやすいと感じた。

 要するに、魔法で料理を出すのなら、もっとお客に『希望』とやらを与えられるようにすればいいのだ! ……具体案は思い浮かばないが。


 ドランは頬杖をついて。


「まあ今日はこのくらいにしておこうかの……」

「ご期待にそえず申し訳ありませんでした」

「べつに美味かったから気にしてないぞい?」

「は?」

「儂は料理人の顔が見えんからマイナスにした、と言ったのじゃ。不味いとは一言も口にしておらんぞ?」

「……」


 ノブユキは、食えない爺さんだなと思った。


「さあ~て、他の店も回ってみたいことじゃし、行くかの」

「そうですね、ドラン老。私もギルドの仕事が残っていますので」


 テーブル席から椅子を引いて、ドランとミッフィは立ち上がった。

 リーネはまだ仕込みをしているようだ。

 ノブユキが接客をしなければいけない。初めてに近い接客で胸がドキドキする。


「あ、あの!」

「なんぞ言い残したことでもあるかの?」

「い、いえ。俺の料理を食べてくださってありがとうございました。また食べにきてくれると嬉しいです」

「へっぴり腰でそんなこと言われてものお……」

「駄目、ですか」


 料理は一期一会なのだ。

 気に入ってもらえなければもう来てもらえない。

 そのことをノブユキは思い出し、唇を噛みしめる。


「次はおぬしの顔の見える料理を頼むぞい」

「!? は、はい!」


 次があるようで、安心したノブユキだった。

 なになに爺さま帰ったの? と厨房からリーネが顔を出したのは、それからすぐのこと。



 ◇  ◇  ◇


 大衆食堂『りぃ~ね』から出てすぐの路地。

 てくてくと歩く2人組の姿があった。


「ドラン老、『希望』魔法ですか。存在自体が信じられないのですが」

「無理もないぞ、ミッフィよ。儂とて伝承で聞いたくらいのものじゃからな」

「ではドラン老のツノが治る可能性も?」

「おおいにあるぞい。儂はあの小僧に期待しておる」

「ふふ、ノブユキさんもとんだ大物に目をかけられてしまったものですね」

「結局、明かす機会はなかったのぉ」

「よいのでは? ドラン老の本当の姿を知ってしまったら、もう会ってくれなくなるかもしれませんよ」

「うっ、儂の本体って、そんなに怖いかえ……?」


 ミッフィは辺りを見回して、誰もいないことを確認した。

 そして小声で。


(いにしえの大戦を生き抜いた竜の純血種が何を言っているんですか)

(じゃからこうして、亜人の格好に変装しておるのではないか!)


 ドラン老も空気を読んで小声で返す。


 ふう……。

 ミッフィはこめかみに手を当てて、大きく息を吐く。


「動く時はしっかりギルドを通してからにしてくださいよ」

「わかっとる、わかっとる」


 ノブユキの知らないところで、何かが動こうとしていたのだった。

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