第9話 リゾット ①―②

 定休日の本日。


 リーネは料理人ギルドに行くと言って店から出ていった。

 例の『試食会』のお知らせを、ギルドを通して宣伝してもらうらしい。

 ノブユキは見送って、店に残る。


 現在の王都料理店ランキング100位中87位の店にどれだけ人がやってきてくれるのかはわからない。


「リゾットの完成度を高めないと……」


 ノブユキは魔力切れを起こさないように、魔法による料理召喚はなるべく使わずにリゾットの調理を重ねていった。

 今日も作っては味見を繰り返す。


「……駄目だ、納得いかない」


 やはり『リゾット』というよりは『猫まんま』と言ったほうが正しいな、とノブユキは思う。


「いったい何がいけないんだ? レシピ通り……あっ」


 ノブユキは気づいた。


「俺のレシピじゃん! 元の世界でお客に出されていたリゾットのレシピと違う!」


 そうだったのだ。

 ノブユキは炊いたお米の大好きっ子。

 スープ系の料理になるとあら不思議、ノブユキはご飯を混ぜるクセがあった。

 自分のエゴが味に出ていたということだろう。


 猿も木から落ちる。

 レシピ通りに作れることが強みとも言える彼は、レシピに足をすくわれた。

『自分のレシピ』と『継承されてきたレシピ』……とてつもない差である。


「こりゃあ大変かもしれないぞ……修正、間に合うか?」


 身に染みついてしまった技能をリセットするのは難しい。

 どうしても身体が無意識に反応してしまうからだ。

 なので。


「頭で作るっきゃない! 《レシピ》クリームシチューリゾット」


 脳内で無理やり『お客に出されていたリゾット』のレシピを想像する。

 ――集中だ!


 すると、それは宙に出現した。

 今までよりも小さく刻まれた野菜が、小さな宝石のように光る。

 ブロック状だった豚肉も平べったい形に変化して、極小の絨毯を思わせる。

 あぶらを表面にテカらせた汁は、味をしっかり乗せているように見える。

 さらに。

 純白のご飯が湯気を立てながら合流する。

 黄金色のチーズがぱらぱらとちりばめられる。

 最後にシチュー用の木皿よりも一回り大きいものが台の上に顔を出す。

 すべてが木皿の中でぎゅっと凝縮されると、召喚は終わった……。


 ノブユキは、ごくりと喉を鳴らして、味見をする。


「……これで駄目だったら」


 いやいやそんなこと考えちゃ駄目だ。

 自分の勝手なレシピじゃない。元の世界で通用したレシピなんだから。


 などと、自信があるのかないのかわからない思考をする。

 そして、スプーンを手に取り一口。


「……いいんじゃないか?」


 味にまとまりが出たというか。

 喧嘩していた具材たちが大人しくなったというか。

 とにかく、味はレシピ通りになった。


「レシピにも色々あるんだなあ」


 独り言を発しつつ、くすりと笑ってしまった。


「やっぱり料理って楽しいや」


 忘れていたとばかりに、笑いが後から後からこみ上げてくる。


「はあー、ひとりで何やってんだろ俺」

「本当にそうねえ」

「え」


 フロアから声が聞こえたので、厨房から飛び出した。

 リーネが細長く綺麗な指を口元に当てて、くすくすと笑っている。


「リーネさん……帰ってきたなら声くらいかけてくださいよ!」

「ノブユキくんの意外な一面を発見しちゃった」

「悪趣味ですね!」

「真面目な子よりもちょっと遊んでいる子のほうがお姉さん、好みなの」

「リーネさん……せっかく綺麗な容姿をしているんですから気品を持ちましょうよ」

「ちなみに年下の子のほうが好きよ」

「何の話ですか!」


 性癖の暴露話かな?

 それに、リーネの言い方からすると、好みにノブユキも入っている気もするが。


 ノブユキは首をぶんぶん振って、妄想を打ち消す。

 自分の解釈に変な補正がかかっていそうだったことだし。

 ――ふう……落ち着いた。


「それで? 試食会の申請はできたんですか?」

「もうノブユキくん、機嫌悪くしないでよぉ。わたしは仕事のできる女なんですよ。抜かりなく終えたわ」

「そうですか、ならよかった」

「それとミッフィに出くわしてね。伝言があるの」

「え、料理魔法のことでしょうか?」

「たぶんそう。わたしにはよくわからないんだけれどね。なんでも……」

「なんでも?」


 口を閉じ、リーネは一呼吸、溜めを作った。

 な、なにかまずいことでも起こったのだろうか?

 ノブユキは気が気ではない。


 リーネが続きをつむぐ。


「『たくさん楽しい思いをしてください。それがおそらく貴方の特効薬です』ってなことを言っていたわ」

「なんですか、そのふんわりとした指示は……」

「わたしに聞かれても困るわよ。次に会う時にでも聞いてみればいいじゃない!」

「そうします」


 リーネは腰に手を当て、うんうんと快活に首を縦に振る。

 それを見たノブユキは、かなわないな、とばかりに手をだらんと下げて脱力した。


「で、お店が美味しそうな香りで充満しているんだけれど、これはなに?」


 さっきまでの茶番劇はなんだったのか。

 リーネは急に食に飢えた女性になる。


「リゾットですよ。俺なりに解答を得まして、改良しました」

「食べましょう!」

「もう冷めちゃってると思いますけど」

「大丈夫よ。わたし、冷や飯もいけるから」

「そこまで冷えてはいないとも思いますが……まあ、お好きに」


 リーネは、ひゃっほう、と元気に拳を突き上げて、厨房へと消えた。

 ノブユキも慌てて後を追う。


「はむはむはむ! ぐわっぐわっぐわ! がっつがっつがっつ!」

「こ、声に出てる……」


 そこにはクリームシチューリゾットに食らいつく、ひとりの美女がいた。

 なんともミスマッチな光景である。


「お米の甘みとシチューのコク、それにチーズの塩気が改善されてる!? 前よりも味のバランスが取れているというのかしら……うん、すっごくおいしいわよ!」

「できたてならもっと美味しいはずですよ」

「これよりおいしくなるの!? あー試食会を開くの早まったかなあ」

「と、言いますと?」

「秘密裏にこっそり流行らせたいじゃないの。試食会をやって評判が広まったら王都に住む人たちでお店がパンクしちゃう!」


 リーネは、天にも昇るような表情で、そんなことを言う。

 しかしノブユキは「そこまでにはなりませんよ」と冷静に受け流し。


「それで? 試食会はいつになったんですか?」

「ん? 3日後」

「は?」


 聞き間違えかな?

 大事な試食会なんだから、二週間後くらいだろうとノブユキは予想していた。

 宣伝の時間もあることだし。


「3日後よ、3日後。以前からうちの店の料理……つまりノブユキくんに目をつけていた人がいたみたいでね。でもその人すっごく忙しいみたいだから、都合のつく日がなくて残念がっていたんですって」

「偉い人なんじゃあ……」

「ん、まあ厳しいことを言われるかもしれないけれど、その時は『牛乳とチーズでとろみをつけた汁に具材を混ぜたご飯』をあきらめるだけよ」


 勝手だなあ……とノブユキは思うのだが、支配人には逆らえない。

 とりあえず、リーネがミッフィから頼まれたという伝言どおり……。


「楽しんでみますかね」


 ちょっとだけ胸が弾む思いもしたノブユキだった。

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