#17 今度は強引にデートに誘ってみたけど、どうかなっ?




ゴールデンウィークの中日。

花月雪かげつゆきはニューチューブ上である動画を配信した。告知だ。

ソロデビューが決定したことを告げる動画。それ自体は何の問題もない。

けれど、内容にカチンときた。



自分の部屋で何気なくニューチューブを観ていたら、おすすめに出てきた花月雪の最新の配信は……明らかに秋乃をターゲットにした口撃だったのだ。



『この度、【月下には雨。踊る妖狐】は解散することと相成りました。シクシク。原因はあるメンバーに嫌がらせを受けていたことを発端とします。あるライブではあたしだけお弁当がなくてゴミ箱を見たら捨てられていたことや、ライブ後の打ち上げで終始無視されたこと。他にもたくさんあります。あたしは精神的なショックからそのメンバーと話せなくなってしまいました』



光の射す部屋で脚の長い椅子に座って話す花月雪はいつもとは違い、小動物系の可愛らしい顔にはかげった表情が浮かぶ。ショートカットの髪はライトブラウンで透き通る肌は秋乃と同等。

春爛漫の彼女は、その雰囲気とは裏腹に朗らかな声で『彼女』を糾弾きゅうだんする。



『自分勝手だとは思います。けれどこれ以上活動をすることは不可能で、天野さんに相談をしたら解散しようという運びとなりました。ですが』



少し間を置いた。勿体もったいぶって唇を噛み、膝の上の拳をキュッと握る仕草はおそらく演技だろう。俺にはそれくらい分かる。

俺だって、ガキの頃は……いや。



『八月一日にソロデビューすることが決まりましたっ! これも皆さんの応援の賜物たまものです!』



何も知らない俺だったらきっとはしゃいで喜び、舞いを披露していただろう。そして、口さがなく秋乃を徹底的に叩いたと思う。



「チッ!! くだらねぇ。よくもまあ、そんな嘘を平気でつけるよな。あいつは口に出して言わねえけど心に傷を負ってる。多分。おそらく。ああ、間違いない」



独りつ。いや、待て。なんで俺が秋乃の肩を持たなきゃいけないんだ?

あいつは勝手に居候いそうろうしている厄介者だろう?

ゴールデンウィークもあいつに振り回されっぱなしだし。

俺にとってのメリットがなにも……ああ、ダメだ。今追い出したら、あいつの持つラノベを読むことができない。コミックも。

そして、今読んでいるこのシリーズも、秋乃様様だ。

だから文句言わずにあいつの練習に付き合っているわけだが。



「ねぇ〜〜〜春高〜〜〜? 暇なんだけどぉ〜〜〜」

「あ〜うん」

「ねぇ〜〜〜は〜るたか〜〜〜?」

「うん」

「ねぇ〜〜〜はるた〜〜か〜〜?」

「ああ」

「ねぇ〜〜〜はる〜〜たか〜〜?」

「ってうるせえな!! 階段の下で騒ぐのやめろやッ!! 俺は今、真剣に脳内VR体験をしているところで、主人公とヒロインが泣く泣く別れてすれ違っているところなんだぞッ!!」

「ああ〜〜それ、勘違いって親友が教えてくれて告白して終わるよ?」



……。



「なんで結末を言うんだッ!! このクソガキッ!! てめえは空気の読めないアホなのかッ!!」

「ねえ、暇だからどこか行こ〜〜よ〜〜」

「宿題やったり、ダンスの練習をしたり、ヴォイトレしたり……お前には色々やることがあるだろうがッ!!」

「もうやったよ。今日の分のノルマは達成したのぉ〜〜」



ああ、そうだった。



こいつはかなりストイックだ。

飛鳥さんに課せられたカリキュラムを忠実にこなし、それに飽き足らず自主練をするほど努力家だ。

……だが、朝っぱらから階下でヴォイトレされて、ドタバタと和室でダンスを練習されて挙げ句、『練習に付き合ってよぉ』と叩き起こされるのだから手に負えない。

夜は夜で、俺のバイト先まで押しかけて筋トレ対決を申し込まれるし。

最近では、俺と夏音のペースに付いてくるようになった。

努力は認める……。けど。

いつから俺はお前の下僕と化したのだ。

俺はお前がキライだ。氷雨秋乃ッ!!



「ねぇ〜〜〜〜つまんな〜〜〜い」

「ああああああああッ!!」



秋乃が憎いッ! 秋乃が憎いッ! 秋乃が憎いぃぃぃぃぃ!!

俺のオタク活動すべき時間を返せぇぇぇ!!



「ねぇ〜〜〜〜」

「一人でどっか行けやッ!!」



ん。静かになったな。やっとラノベに没頭できる。



「……寂しい」




……。




……ったく。しょうがねえ奴。



「どこに行きたいんだ?」

「ディズニー」

「混んでるし却下」

「USJ」

「遠すぎる却下」

「パンダ」

「意味不明だけど、おそらく上野でめんどいから却下」

「サル山」

「……どこだそれ」

「隣町の確か……?」

「ああ、日立の動物園か。まあ、混んでるけど行けないこともないな」

「行こっ!!」

「って、なんで俺がお前と遊びに行かなきゃいけねえんだ? お前クラスメイトと打ち解けてるし仲の良い友だちの一人や二人いるだろ?」

「連絡取って待ち合わせするの面倒だもん」

「お前な……俺はていよく遊べる下僕じゃねえんだぞ?」

「分かってるよ」



ってことで動物園に着いた。

ジャージ姿じゃない秋乃を見るのも久しぶりだな。

淡い水色のワンピースに白い薄手のガーディガンを羽織り、白いベレー帽を被った彼女は割と注目の的だった。

それもオータマとしてではなく、一介の女子高生として。



最近気づいたことは、田舎だとオータマ本人だということにまったく気づかれないことだ。

おそらく、こんなところにオータマがいるはずがない、と先入観を持たれているからだろうな。下手にサングラスを掛けるよりも、堂々としていたほうがバレにくい。

とはいえ、バレるときは秒でバレるけどな。



「動物園……実は…‥初めてなの」

「お前マジで言ってるの? ガキの頃とか行かなかった?」

「連れて行って貰えなかった。ほら、芸能人になりたくて休みの日もずっとレッスンだったし」

「どんだけハードスケジュールなんだよ」



入園券を買って入るなりいきなりゾウがいる。ゴキゲン斜めなゾウだな。

行ったり来たりして長い鼻をブンブン振り回している。



「わぁ!! ねえ、これ本物だよね?」

「偽物がいたら普通に詐欺じゃねえか。ブチ切れ案件だろ」

「ねね、写真撮ろう?」

「は? なんで俺がお前とインフレームしなきゃなんねえの?」

「いいからいいから」

「キモい」

「キモくない」



ゾウの前で写真を撮ったけど……なんちゅう顔をしてんだ俺。

キモいにも程がある。いや、マジで写真苦手だわ。

秋乃は……やっぱり写真慣れしてるな。

悔しいけど、完敗だ。



リスザルを見て可愛いってはしゃいで、触れ合いコーナーではヤギに餌をやって、ニシキヘビに恐る恐る触れて。ウサギを膝に乗せて頬をほころばせて。

ペンギンをじっと見て。カバは水面から上がってこなくて。目当てのサル山で小猿に餌をあげたくて、がんばって端に投げてもボス猿みたいな、ふてぶてしい奴に取られて悔しくてリベンジして。



すげえ楽しそう。



あれ。これってデートだっけ?

イヤイヤ来ていた俺までなんだかんだで楽しんでいるとか。



ライオンと虎を見てから休憩がてらベンチに座ったときだった。



「ユッキーの動画見た?」

「見た見た。ソロデビューでしょ?」

「月下妖狐解散は寂しいけどさ。オータマはちょっと許せないよね」

「ムカつくよね。これでアイツがソロデビューしたら石投げてやるって感じ」

「それ犯罪だから〜〜」

「いや、気持ちね、気持ち」



友達同士で来ていたJKの話し声が偶然にも聞こえてきてしまった。

秋乃はうつむいて反論しようとか弁明しようとか。そういうことは一切しなかった。

赤の他人に言っても仕方のないことだと割り切っているし、絡んでも仕方のないことだろうけど。

まさか目の前に本人がいるとも思っていないだろうし、彼女たちからしたらオータマなんて実在する人間とも思っていないんだろうな。

まるで偶像崇拝のような。アニメの中のキャラクターのような。

同じ人間という認識はない。

だから、諦観しようともせずにただ面白そうな話には食いつき、裏の裏まで読もうとしない。

それが人間の本質だ。



俺も十分認識している。だからこいつらは下民げみんなんだよ。

相手にしても無駄だ。

だから俺は、あまり人と関わりを持ちたくない。



秋乃は……。



「おいおい。泣くほど悔しかったのか?」

「泣いてない」

「じゃあ、その瞳いっぱいにたたえている水分はなんだ?」

「ホコリが入ったときにでる分泌液」

「それ涙だからな? すげえ都合の良いホコリもあったもんだな?」

「うん。ご都合主義的ホコリ」

「なんでもいいけど、せっかく楽しんでいたんだから、あんなの気にすんなよ」

「……うん」



西日が射して、連なる山々の青々しい山肌がオレンジ色に染まる。

もうすぐ閉園か。午後の数時間なんてあっという間だったな。



「帰るか」

「うん」

「ああ、そうだ。秋乃」

「なに?」

「また来ような」

「……え? いいの?」

「お前は動物を見る。俺はベンチで読書。ここに来てからずっと思ってたんだ。外で読書も悪くないなって」

「……バカなの?」

「バ、バカとはなんだ? お前が動物園好きなのを知ってし、仕方なく、慈悲で誘ってやっているものを……だいたい、お前のような、敵地に中立地帯経由で補給品とは名ばかりの毒入り缶詰を送りつけて内部崩壊を狙う無慈悲な女将校を動物園に連れてきてやったのだからもっとひれ伏しやがりください!」

「自分だって、サル山で餌を千円分も買ったくせに。ドン引きするくらい楽しんでいたじゃない」

「はぁ? その餌をかっさらったお前はなんなんだゴラッ!! 餌返しやがれ」

「はいはい、じゃあ買ってきますよ。せいぜいお猿さんのように夢中で食べなさいッ!!」

「「ふんッ!!」」



バス停で待つこと一〇分。

秋乃はぽつりと呟いた。



「わたし……誰になんと言われようとも負けない」

「……ああ」

「もし、ね。もしもの話だからね?」

「……」

「もし、わたしがソロデビューして……誰一人として応援してくれなくても」

「……」

「春高は味方でいてくれる?」

「……分かんねえな」

「……そう」

「だけど、そうだな。味方がいなくなって動けなくなったら背中ぶっ叩いて起こしてやるよ。俺、お前のこと嫌いだけど、オータマは嫌いじゃねえから」

「なにそれ。ムカつく」

「大いにムカつけ。お前の悔しそうな顔見るのが好きだから、もっと追い込まれろ」

「ホントになんなのッ!! ムッカつく!!」

「嘘だよ」

「え?」



俺の当面の推しは……。

花月雪を抜いてもらわなきゃ困る。



「ねえ、どこからどこまでが嘘なのよっ!?」

「さあな。せいぜい俺が味方のうちにユッキーに勝てよ」



で。



秋乃の奴、バスの中で爆睡しやがって、俺にもたれ掛かって大迷惑。

ああ、やっぱり振り回されっぱなしの一日だったな。








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