#13 お前は……カッコいいよ。って、ダンスだけだからなッ!!



「春高くん。お隣失礼します」

「おお、夏音なつね。お前もラノベ持ってきたのか。さすがだな」

「ええ。意外と一時間は長いですので」

「えぇぇぇぇ」



なつねと呼ばれた美少女が、あろうことか春高さまの隣でラノベらしき文庫本を読みながらプランクを初めたではないか。しかも表情一つ変えないところを見ると……これは相当しごかれている!?



待って。どこかで見たことあるような?



スポーツブランドの今年の新作の絵柄のTシャツに着圧レギンスとハーフパンツ。めくれたTシャツから覗く縦に一本だけ割れた腹筋……理想の体型。


メガネを掛けていないしツインテールじゃなくてポニーテールにしているから気づかなかったけれど、野々宮夏音ののみやなつねさんだ……ダンスしていたんだ。



「秋乃さんどうしました? 汗かいていますよ?」

「そ、そうね。暑いから」

「謹慎中だからサボって筋肉が衰えているんだろ」

「はぁ? こ、これしきなんでもないわよ。まだまだ全然大丈夫だから」



全然大丈夫じゃない。

まったく余裕がない。

スマホの六分タイマーが鳴った瞬間床に寝そべって、ぶわーっと吹き出す汗が尋常じゃなくて自分でもドン引きした。夏音さんと春高さまは多少汗をかいているものの、疲れ知らずで三〇秒後のプランクに備えて伸びをしているし。

これってストレッチが大事なのよね。

分かっているけれど……身体が動かないっ!!



そうして一時間後、わたしの腹筋は無事に死亡した。



スクールのみんなが練習する光景を見ていると懐かしいなって思っちゃう。まだ夢を見ていた頃。憧れていたあの頃。無我夢中で必死に練習していた。

夏音さんってこのスクールでは不動のセンターらしく実力はプロ並み。控えめに言ってもこのクラスに比肩ひけんする子はいないかな。



横で見ていた春高さまが夏音さんの僅かなミスを見逃さず指摘を入れる。すると夏音さんは素直に頷いて、次には忠実に直していた。

どう見ても似合いのカップル。美男(脳内変換中)と美女。オタクとオタク。ダンサー(但し踊れない)とダンサー。

ああ、分かった。



そうだったんだ。



みんな、春高さまは夏音さんと将来的にくっつくと思っているんだ。

どう見てもお似合いで、まるでプリンセスとプリンス(脳内変換済)だもの。

夏音さんの手を握って……振りを教えている……。手取り足取り。



——あんなに簡単に握っちゃうんだ……。



わたしね……君の手を握ったことも、直接肌に触れたこともないよ?



「あ、ありがとうございます。春高くん」

「ああ、すまん。口出すようなミスじゃないんだけど、夏音の場合、そこを直せばもっと振りが大きくなると思ったから」

「いえ。そういう細かいところが大事なので」

「ああ、がんばれ」



がんばれ? 



そんな励ますようなことも言っちゃうんだ。わたしが練習していたら言ってくれる?

なんだか現実を見せつけられた感じ。神様はイジワルだ。

夕方は良いことがあったと思ったのに、結局ここで帳消しにして陰でほくそ笑んでいる。

性格悪すぎッ!! 神様なんて絶対に信じない。

ぜ〜〜〜〜ったいに信じてあげないからっ!!



「秋乃ちゃ〜〜ん。一緒にしようか?」

「いいです……わたし……部外者ですし。充希先生もわたしにお気遣いなく。見学していますから」

ねちゃって可愛いんだから。じゃあ、月下妖狐の『NO FUTURE』踊ろうか。実はこの前のイベントで踊らせてもらったの。みんなで。だから、ね?」

「……で、でも」

「春くんはね、ちょっと色々あって踊らないんだけど、アシスタントとしては優秀でね、誰にも平等だから。ね?」



そんなの嘘だ。夏音さんにはあんなに優しくしているくせに。わたしがミスをしたら、からかってバカだのアホだの、キモいだの。そんな冷評を絶対に浴びせるくせに。

あれ。なんで充希先生はここで春高さまの話を持ち出すの?



「ほら。来て。みんな喜ぶよ。だって、秋乃ちゃんは本物だから。ね、お願い」

「……はい」



充希先生がそう言うなら仕方ない……気分は乗らないけれど。




掛かった音楽に指先の先端が空気の糸に触れる。その糸を弾けば自然と身体が動き、つま先から重心が移動して、まるで取り憑かれたように8分音符と休符が身体に纏わりついて——わたしは妖狐に変貌を遂げた。

妖艶に、薫る妖気を身体から発するように。まるで九尾きゅうびの狐が乗り移ったように裏拍では脱力を、表拍では力強く。




「す、すごい……」

「ぜんぜん違う」

「本物って……すごい」



踊り終えると心臓の鼓動が内膜を突き破りそうなくらいバクバク言って、膝と両手を床に付いた。

大歓声が聞こえる。

割れんばかりの拍手が響き、それが称賛だと気づくまでにほんのわずかな時を要した。

肺が苦しい。酸素を欲した身体が全身を揺らす。



「お疲れ。ほら」

「……え?」

「邪魔になるだろ」

「ああ、うん」



顔を上げると、春高さまが手を差し伸べていた。

え……触れていいの?

夏音さん専用なんじゃないの? 



……触っちゃうよ?



本当に、いいの?



春高さまの指先に触れる。すると、がっしりとわたしの手を握って引き上げてくれた。転ばない程度にほんの少し力を込めて。




なんだ……さわれたじゃない。わたしにもれてくれたじゃない。





「あの筋トレの後だから、疲れただろ。休んだほうがいいな」

「あ、え? ちょ、ちょっと」



手を繋いだまま端に移動して床にお尻をつけると、春高さまも横に座ってくれた。



「ほい」

「え? これなに?」

「お前、水も知らないの? どういう教育受けてきた? これだから脳筋は」

「し、知ってるって。そうじゃなくて、もらっていいのって意味」

「俺がこのペットボトルの水を高く売りつけるとでも? よく分かったな。三〇〇円を後から徴収するからな」

「高ッ!! いいとこ一〇〇円でしょ」

「ははっ!! 冗談だ」

「え? 敵地の司令官兼臣民から税収をむさぼる悪名高い女王なんかに冗談などという慈悲をくれるわけ?」

「なにそれキモい。オタクみたい」

「し、失礼ねッ!! 元はと言えば、あ、あなたが先に言いだしたんじゃないッ!!」

「とにかく。奨励賞ってことで今日は仕方ない。おごってやるから。せいぜい感謝しろよな」

「ムカつく。なんかムカつく」

「秋乃」

「ん?」

「かっこよかった」

「——え?」

「秋乃のダンス。やっぱり違うな。相当努力したんだろ? それで歌も上手いんだからすげえよ」

「……ありがと」

「俺はお前が嫌いだ。だけど、月下妖狐のオータマは……す、す、ばーーーーーっかッ!! なんでもねえよ」




なに……?

す……?

す、す?



よく分からないけど、やっぱり神様は平等なのかもしれない。

信じないなんて思ってごめんなさい。



「なんだよ?」

「なんでもないよ〜〜〜ほら、サボってないで仕事しなさいよっ!!」



持ってろってわたしにまだ入っている水のペットボトルを投げて駆けていった。

君は……やっぱりカッコいいよ。




性格がちょっと残念でアレだけど……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る