#09 か、間接キスはキスのうちでしょ?




夏音はパフェとコーラをテーブルに置いた後、ちゃっかり俺のとなりの席に腰掛けた。いや、秋乃の顔つきも変わったけど、意味分かんねえ。

失言したのは秋乃だからな?

勘違いされても仕方ないっていうか、むしろ、聞かれた相手が夏音で良かったんだから険悪なムードを作り出すなよ、この性悪女がッ!!!



「オータマさん——いえ、氷雨秋乃さんは春高さんとお付き合いしているのですか?」

「へっ!? そ、そんなわけないじゃない」

「では、お付き合いしていない二人が一緒にお風呂に入るのは異常な行為だと思うのですが見解はいかに?」

「待て。俺がこんな女と風呂を共にするわけねえだろ。毒されて死ぬ。あり得ない。夏音……俺はこいつのことが嫌いだ。俺が好きなのは——」

「はいはい。花月雪ですよね。それは知っています。でも、こんな綺麗な子と一緒に暮らしていたら間違いを起こすのが男子高生ですから」

「そうね。で、間違いが起こったら問題? 夏音さんはもしかして——」

「いえ。お邪魔しました。氷雨さん、仲良くしてください」



いや、意味分かんないんだけど。手のひら返したように夏音がにっこりと微笑んで「どうぞ♡」ってパフェを秋乃に差し出した。「春高くんをお願いします」とも言い残して階下に降りていった。なんだったんだ……?



「……ふぅ」

「夏音は何が言いたかったったんだろうな」



それで打って変わって、パフェを食べた秋乃の満面の笑みよ……。お前のちっぽけな幸せがそんなアイスと生クリームの糖分で満たされるなら、毎日食って脂肪を蓄えるがいい。そうして身体を壊していずれ死ね。



「なにその顔。呆れているでしょ?」

「いや。一日どれくらい糖分を食わせれば完全犯罪を達成できるか考えていた」

「……あなたも道連れにするから。はい」

「ん? なんだ?」

「死んでもいいって思うくらい美味しいから食べてみて?」



スプーンに乗ったアイスと生クリームにラズベリーのソースがにじんでいる。まあ、美味いのかもしれないけれど。

れそうになったので、急いでパクついた。

ああ、うん、美味い。冷たい甘みの中に感じる酸味が絶妙だな。

しかし、こうして食うと、まるで餌付けされているみたいだ。

俺は家畜か?



「どう?」

「確かに美味いな……あれ?」

「うん?」

「お、お前、それ……自分が食べていたスプーン……じゃないの……か?」

「そうだけど?」

「うげぇぇぇぇッ!! や、やられた。俺の口腔から食道、それに胃から大腸にかけて腐らせて殺す算段をしていたとはッ!! ふ、不覚っ!!」

「……わたしのこと嫌い?」

「何度も言ってるだろうがッ!!」

「なら、騙されたっ! ほら、もっと食べなさいっ!!」

「や、やめろッ! た、垂れるじゃねえか」

「おもしろーいっ!! 嫌いと言いつつ味わう間接キスは……」



自分で口走っておいて、なんで顔を赤くしてるんだよ。自分の醜態しゅうたいを自覚して恥ずかしくなってんじゃねえ。

か、か、か、間接キスなんてラノベじゃあるまいし、キスのうちに入らねえよ。

バッカじゃねえの。

そんな捨て身の攻撃、俺には通じない。俺には花月雪ことユッキー様の雪辱を晴らす宿命があるんだ。こんな敵の精神攻撃に屈してたまるかッ!!



「……ばかっ」

「な、なんで俺がののしられなきゃいけねえんだよ。バカはお前だっ!! くだらねえこと考えてないで早く食えッ!!」

「言われなくてもそうするのっ!!」



そこから終始無言。黙食とはいえ、第三者から見れば異様な雰囲気に映ったかもしれない。


ひたすらパクつく秋乃はやはり少食らしく——昨日のカレーもそういえば盛りは少なかった——途中で食えなくなった。



「美味しいけど、これ以上食べられない」

「……なんですがるように見る?」

「もったいないじゃん?」

「お前……本気で俺を殺しに掛かってるよな?」

「失礼な。仕方ないじゃない。わたしにだって限界ってものがあるの」

「……分かったって。これは貸しだからな?」



しかし、秋乃が口をつけたものだと考えると、やはり気が引けるよな。

間接キスはキスのうちに入らないとはいえ、秋乃の食べた形跡がはっきりと残っている。スプーンで切り出したクリーム山脈や、採掘後のくぼんだアイス。

その痕跡こんせきには秋乃の口に入ったスプーンが触れている。

否、スプーン自体、俺の口に入るということだろ。それは、キスと言っても差し支えないのではないだろうか。

な、なんならそのスプーンは唾液にまみれているのではないか!?!?!?



つまり、間接キスとはキスと同義。

唾液の摂取と同じであって、秋乃の……ふぁッ!?



「うおぉぉぉぉッ!! 食えんッ!!」

「ッ!? いきなり大声出さないでよ。あーびっくりした」

「夏音ぇぇぇぇ」



と呼んだら「はぁい?」と幼馴染はものの一秒で飛び出してきた。そして、「何、アホなラブコメしてるんですか」と文句を言いながら持参してきたスプーンをキラリと光らせて、その後パフェをあっという間に平らげた。

いや、見ていたのかコイツ。と思ったが、口論しても勝てそうにないので黙っておくことに。




夏音と朱莉さんに挨拶をして、二人雁首揃がんくびそろえて店を出る頃には綺麗な夕焼け雲がゆっくりと流れていた。



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