#07 強がるんじゃねえよ。〈秋乃視点〉




少し強引だったのかもしれない。春高さまは一人を好む傾向にあるのをことごとく思い知らされた。なんでこんなに焦ってしまったのかといえば。



今朝目の当たりにした幼馴染たる存在の影響が大きい。



野々宮夏音ののみやなつねという子は春高に惚れている可能性が高い。わたしに向けてきた目は敵意剥き出しだった。春高は自分の獲物だから勝手に奪わないで。

そう告げていたような気がする。




逆境過ぎて泣けてくる

これがゲームやラノベなら、わたしにはアンチラッキーのユニークスキルが発動しているかも——と隠しているオタク気質をあらわにするわけにはいかないけど。

だって、散々オタクって罵っているくせに自分もオタクだったなんて春高さまには口が裂けても言えないよぉ。

春高さまが昨日読んでいたラノベは、実はもう読んでいるし。

本当は、感想を言い合ってあーだこーだ言い合いたいのになぁ。



はぁ……。

わたしを苦しめる問題は二つある。




一つ目は——。


プロデューサーの天野に身体の関係を求められていたこと。

変態プロデューサーの天野から身体の関係を求められて、拒否したらスキャンダルをでっち上げられてユニットは活動休止。

メンバーの花月雪は……ソロデビュー決定(まだ内密)。

わたしは歌わせてもらうことも踊らせてもらうこともできない。

そう、実質上の引退。


天野星陰あまのほしかげという男は今売れっ子の音楽家だから、向こうの事務所としても潰したくない。

だから、小物のわたしの訴えなんてどうにもならない。

ユニットを多数プロデュースしている彼にとって、たとえ売れているとしても月下妖狐なんて使い捨て。賞味期限はおよそ一年だと彼に言われたことが印象的だった。




二つ目は——。


今朝校長室に呼ばれて……学費が入金されていないって。このままだと退学。


学費は自分のお金でまかなっている……はずだったけれど、おそらく父に使い込まれたのだと思う。

当時中学生のわたしの契約には親の同意書が必要であり、その同意の条件として通帳の管理は父がすることとなっていた。おそらく、わたしの将来のために、わたしが無駄使いしないために、お金で人生が狂わないようにって、案じてくれていたのだろう。

その頃の父は至極しごくまともで、初志貫徹しょしかんてつまじめだった。


でも、半年前にリストラされてからは、酒に溺れてダメ人間になってしまった。

お酒を飲んでわたしに暴力を振るい、家に監禁するようになった。

なんとか逃げ出したけれど、どうしていいのか分からないまま——問題を放置してしまった。



事務所の社長……に泣く泣く相談したら、父と話し合ってくれてわたしを高校卒業まで引き取ってくれることになった。

それに、どうせ活動できないなら、高校を卒業するまで田舎に引きこもりなさい、と。

都会で過ごすよりも、きっと心が軽くなるから、と。



なのに、ここに来て二つの問題がどうにもならない。

一つ目の問題により収入がないことに加えて、稼いだお金が未だに父親の管理する口座に置かれたまま。或いはすでにお酒となって父の胃袋に収まってしまった可能性が高い。



校長室で父に電話をしても……繋がらなかった。

つまり、このままだとわたしは退学になる。



なんて考えながら、屋上に上がる階段でお弁当を食べた。

ここは人が来ないし、静かだし。



それにしても、春高さまは大きくなったなぁ。

ってわたしと同い年だけど。

卑屈になっちゃうのも頷けるし、わたしを邪険にするのも仕方のないこと。

つい反論しちゃうけど、今は近くに入れるだけで幸せかな。

たまに本気でムカつくけど。



「おい。魔女。そんなところで何してんだ?」

「……え? どうして?」



足音を立てずに近づいてくるなんて。お前は忍びの者かっ!!

というツッコミは心に仕舞い込んで。

見上げる彼——倉美月春高は無表情のまま、わたしの隣に腰掛けた。



「どうしてって。ほら、寂しく一人弁当食べてるんだろうなって、ちょっとだけ。マジでちょっとだけだからな? 可哀そうになって慈悲を掛けに来てやったんだよ」

「……ごあいにく。わたしは独りになりたかったので。誰かさんと同じで」

「ああ、そうですか。ったく。それで? 大丈夫か?」

「なにが?」

「今朝のこと。呼び出されて帰ってきたらひでえ顔していたから」

「それってわたしがブサイクだって言いたいわけ?」

「ああ、そう。それに加えてまたネットで大叩きされたときに、週刊誌に撮られたような顔してたからな。ま、聞いてやってもいいぞ。俺は寛大だからな」

「結構です。自分の問題は自分で——」

「解決できるわけねえだろうって。お前の場合、自分で解決できることはすでにしてるんじゃねえの? できねえからうちにいるんだろ? 理由は知らねえけど」



きっと素性はあの頃のまま。

ひねくれているようで、根はすごく優しい。

ねえ、覚えていない?

わたし……子役を初めてもらったとき、君のとなりにいたんだよ?

緊張しているわたしに、「大丈夫だ。俺に任せろ」って手を繋いでくれたじゃん。



かっこよかったなぁ。



それが……まさか、あんなことになっちゃうなんて。

あの事故がなければ、君は今頃……。



「聞いてるか?」

「あ、ご、ごめん。えっと」

「だから、大丈夫なのかって。その、なんだ。お、俺はお前のことすげえ嫌いだけど。本当に嫌いだけど……お前が泣きながら床に頭を擦り付けて助けてくださいってうなら、助けてやらなくもないっていうか」

「……いい。助けてもらわなくていい」



そばに居てくれるだけでいい。って言葉はグッとみ込んだ。

きっと、すり寄れば離れていくタイプの人だから。



隠し事なく嫌いって面と向かって言ってくれるほうが楽なの。

それに、本心じゃないでしょ。君の場合。それくらいわたしにだって分かるよ?

好きでもないけれど、嫌いでもないんじゃないの?



「バカッ!! そうやって一人でなんでも抱えんじゃねえよ。俺はお前が嫌いだ。でも……それとこれとは別だろ」

「……うん」

「だから、話したくなったら絶対に話せ。な? 分かったか? 二度と言わねえからな」



そう言って立ち上がりブツブツと文句を言いながらすたすたと行ってしまった。

でも、振り返り、



「約束どおり、坂の下で待ってるからな」



って頬をきながらバツが悪そうな顔で言い残した。



「うん」って言ったけど、多分聞こえていない。





そんな彼と同じ屋根の下、わたしは素直になれないまま、淡い想いに駆られて過ごしていくんだと思うと——なんだか。




切なくなった。








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