第22話「ベゾアール・アイベックス」

「すごいな、転移の指輪は」


 黒髪の男の落ち着いた声が漏れた。

 先ほどまで毅然とした態度をとっていたアミノが、子供のように男の腕に抱きついている。

 傲岸不遜なロウリーも、頭をなでられて嬉しそうに笑っていた。


「あの、そちらの方は?」


 マルティナがおずおずと尋ねる。

 アミノとロウリーがピクリと反応し、そのあと顔を見合わせた。


「わたくしたちをご存じでしたのに、本当にご存じないのですか?」


「うっそだろ。世界最強のギフト持ちの兄ちゃんを?」


 そう言われても、知らないものは知らないのだ。

 マルティナが縦に首を振ると、男は笑った。


「これは失礼。俺は【運び屋】ベゾアール・アイベックス。第八王国冒険者ギルドの者だ」


「そしてあたしたちのパーティーリーダーで、世界最強のギフトを持った第六層レベル冒険者だ」


「はい。さらに言えば、ベアさんは第八王国の名誉国王でもあります」


 もちろん、顔は知らなくても【運び屋】【冒険者王】の二つ名は誰もが知っていた。

 世界で唯一、二つの二つ名を持つ冒険者、ベゾアール・アイベックス王。

 それがたとえ『王を持たぬ王国』と言われ、冒険者からの投票による選挙で為政者を決める国であろうとも、本人曰く名前だけの国王であろうとも、一国の国家元首を前にして、ハルトムートたちはあわてて膝を折った。


「いや、顔を上げてくれ。俺はただの冒険者だし、お前たちも仮登録とは言え冒険者だろう? ギルドの約款にある通り、大迷宮ここでは協力し合う仲間だ」


 【運び屋】ベゾアール・アイベックスは「そういうことだから、俺のことはベアと呼んでくれ」と、ヒルデガルドに手を差し伸べる。

 手を引かれ、立ち上がったヒルデガルドは、普段からは想像もできない洗練された所作で、完璧なお辞儀をして見せた。


「お初にお目にかかる、アイベックス王。余はヒルデガルド・ルイーゼ・フォン・ウィルヘンベルグ。プリスニス姉さまは息災であろうか」


「ああ、相変わらず元気……だが。いや待て、プリスニス……姉さま?」


 プリスニス・ロシュ=ベルナールは、第八王国の建国者の一人である。

 元はドゥムノニア王国の王家に連なる血筋で、【聖王女】の二つ名で知られていた。

 第八王国の建国のため、ドゥムノニアの王家からロシュ=ベルナールの名を取り上げられ、今はただのプリスニスを名乗ってはいる。

 しかし美しさと強さを兼ね備えた彼女は、未だにドゥムノニア内外では不動の人気があった。

 そのプリスニスを姉さまと呼ぶこの小さな冒険者は何者なのか、アミノたちは一番話の分かりそうなハルトムートへ説明を求めて視線を送った。


「ヒルダはドゥムノニア王国ウィルヘンベルグ大公のお嬢さまです。プリスニスさまは彼女の叔母に当たります」


「叔母……」


 絶句するベア。

 ロウリーは「プリスニスかよ」と笑い、アミノはベアの前へ進み出てヒルデガルドへ礼を返した。

 そのままくるりと踵を返し、なぜかベアを押し戻す。

 なされるがままに数歩下がったベアをキッと睨み上げて、アミノはぷくっと頬を膨らませた。


「ベアさん! また『小さいが趣味』だとかあらぬ噂をたてられますよ!」


「そうだぞ兄ちゃん。どうしてよりにもよってそのお嬢ちゃん限定で手を出すんだよ」


「ばっ……ただ小さな子供が膝をついてるのは可哀そうだと思っただけだ」


「さぁどうでしょうね」


「ははっ、嬢ちゃん、この兄ちゃんはロリコンだから気を付けたほうがいいぜ」


「ロウリー! 人聞きの悪いことを言うな!」


「ヒルデガルドさん、ベアさんはわたくしと婚約してるんですからね」


 わずか七歳のヒルデガルドに向かって、アミノは婚約指輪を見せる。

 実際は今年十八歳なのだが、十代半ばにしか見えないアミノに指輪を見せつけられ、ヒルデガルドとマルティナは、そっと距離をとった。


「アミノ! 話がややこしくなる。やめてくれ」


 世界に数人しかいない第六層冒険者。

 それも伝説に残るような冒険者であるはずの三人の、コメディのような掛け合いを見て、ハルトムートとサシャはどう反応していいのかわからず頭をかいた。

 しばらくしても話が終わる様子が見えなかったため、ベルに肘でつつかれたハルトムートは、気乗りしない顔で咳払いをすることになる。

 気づいたベアがこれ幸いと話を収め、アミノたちを手で制した。


「あぁ、すまん。さぁアミノ、ロウリー、急がないと締め切りの時間になるぞ」


「あ、そうですね。じゃあ行きましょう」


 どうするのかとみなが見つめる前で、【運び屋】ベゾアール・アイベックスは財宝の前に立つ。

 右手をまっすぐに伸ばし、きゅっと摘まみ上げるような仕草をしただけで、正面にあった大量の財宝が虚空に消えた。

 部屋の中を歩き回りながら、何度か同じ仕草を繰り返す。

 一分も経たずに、広い部屋の中の大量の財宝は、すべて消え去った。


「……これが世界最強の【運び屋】のギフト……」


「そんな風に言われるとはずかしいな。荷運びポーター程度にしか役に立たないハズれギフトだ」


 戦闘に役立つかと言うと疑問符がつくが、世界最強のギフトと呼ばれる意味は分かる。

 ギフトを持たないベルやハルトムートには「ギフト持ちには勝てない」という思いを抱かせるに充分なデモンストレーションだった。


「さぁ行きましょう。ドゥムノニア王立学園の生徒が待っていますよ」


 アミノは普通の人間には持ち上げることすら難しいパイルバンカーをくるりと回し、先頭を進む。

 最上級の冒険者。

 ベルのあこがれる人類の盾でありつるぎでもあるその背中を、ベルたちは追いかけた。

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