第16話「フェルゼンホーフル」

 大迷宮、第二層。

 何の変哲もない行き止まりの小部屋で休息をとり、追いついてきた仲間たちと合流した生徒に向け、教師は話し始めた。


「これから試験を行う。お前たちはこのの穴から――」


 振り向きもせず、教師は数メートル頭上にぽっかりと空いた穴を指さす。

 穴のサイズはとても小さく、荷物を背負った状態では小柄なベルでも通り抜けられないだろう。

 もちろん、大人の体格では鎧をつけていなくても頭しか入りそうもない。

 先ほどからモンスターの気配が漏れ出ている穴を見上げて、マルティナはごくりとつばを飲み込んだ。


「――の第二層『大空洞フェルゼンホーフル』へと侵入し、探索を行ってもらう。目的は大空洞と外部をつなぐ通路、もしくは新規アーティファクトの奪取だ」


 生徒たちにざわめきが広がる。

 確かに大迷宮は各層ごとにモンスターの強さがわかりやすいほどに分かれてはいるが、ルールが決められているわけではない。もちろん例外はあるものだ。

 そんな場所は『禁止区域』とされ、別途必要な冒険者レベルが指定されている。

 今回の目的地、大空洞は未踏エリアだ。

 例外的に強力なモンスターが巣食っている可能性はとても高い。

 第二層へ学園の生徒が入り込むだけでも前代未聞のことなのに、それが未踏の領域となれば、全滅するパーティがあってもおかしくなかった。


「すみません、先生レーラー


「なんだ。質問なら手短に済ませろ」


 言葉を失った生徒たちを代表して、ハルトムートが手を上げる。

 教師はいら立ちを隠しもせず、時計を確認し、続きを促した。


「今一方通行いっぽうつうこうと聞こえましたが」


「そうだ。大人の入れる大きさではないため、何度か動物で実験は行った。無事に通り抜けられることは確認できているが……縄を引き、動物を引き返させた場合に強力な呪いがかかることも分かっている」


 先ほどよりも大きなざわめきが広がった。

 当然だろう。ほかの出入り口があるかどうかもわからないまま、引き返せば呪われる道を行かせようというのだ。

 特に大きな声を上げたのは、あのエッポだった。


「バカバカしい! なぜこの大貴族エッポ様がそんな危険を冒さねばならんのだ! 絶対にそんなところには入らんぞ!」


「かまわん。しかし、それならばお前は今現在を持って退学となる。そして、我々は生徒以外のものを守る義務はない。一人で帰るがいい」


 王立学園に通う青襟きぞくは、だいたいが家督を継ぐには兄弟が多すぎる末弟がほとんどだ。

 家名はあれども実権のない彼らは、王立学園を卒業することによってのみ、家名を名乗り、新たな爵位をもらうことができる。

 だからこそ、退学などという不名誉を背負えば、完全に名前を消されてしまうことになる。

 さすがのエッポも言葉を失った。


「……もちろん、未踏エリアへただ送り出すわけではない。今回は特例としてこの場所に魔物除けの護符を設置する。効果範囲は壁の向こう側にも及ぶはずだし、第五層のモンスターにも効果がある強力なものだ。危険を感じたら探索開始地点まで戻ればいい」


 教師により、壁ギリギリに護符が設置された。

 地脈に沿って設置し、魔力を供給し続ければ、周囲にモンスターは近寄らなくなる。

 大迷宮の入り口、昇降機の周囲にも設置されているもので、その効果は折り紙付きだ。

 ただし、一度設置してしまえば動かすことは出来ないし、魔力の供給が断たれれば効果を永久に失う。

 製造には何人もの付与術師と大量の魔力、数か月という期間が必要で、普通の冒険者に手の届く品ではなかった。

 そんな品を教師が躊躇ちゅうちょなく使ったからこそ、サシャはこれがただの試験ではないことを確信し、震える手を胸の前で抑え込んだ。


「我々が交代で魔力を供給するが、期間は五日間が限界だ。時の水晶ディーツァイトを合わせろ」


 各パーティのリーダーが、教師のカウントダウンで水晶の針を五日に合わせる。

 水晶の中に現れた数字が少しずつ減り始め、脱出までの時間を指し示した。

 誰からということもなく、それぞれが顔を見合わせる。

 五日間。

 生き残り、あるかどうかも定かではない出口を探す。

 その無謀なに、みな暗澹あんたんたる気持ちになった。


「よし、まずはイェレミアスのパーティ、お前たちからだ」


 教師は無情に仕事を進める。

 はしごを登り、荷物を穴に入れ、それを押しながらパーティは進んでいった。

 しばしの後、どさっという荷物が落ちる音と、鎧をつけたものが地面へ飛び降りた音が聞こえる。


大空洞フェルゼンホーフルへ侵入しました」


 かすかだが確かなイェレミアスの声が、穴の奥から聞こえた。

 生徒たち、そして教師からも歓声が上がる。


――少なくとも、生きて中に入ることは出来る。


 その確信を得たハルトムートは、荷物を持って立ち上がった。


「お? くか?! ハルト!」


 ことの深刻さを茶化すように、ヒルデガルドは笑う。

 大きくうなずいたハルトムートは、仲間たちに宣言した。


「早く行こう。少しでも探索時間を長くするのが試験攻略の鍵だ」


 自ら先頭に立ち、パーティを率いるその姿に、ベルは義父おやじたちの背中を見た。

 力なくしゃがみこんでいるサシャを立ち上がらせ、マルティナとヒルデガルドの前に立つ。


「ハルト、俺が先頭に立つ。お前は状況を見て指示を出してくれ」


 久しぶりの戦場。

 そのヒリヒリした空気を感じながら、ベルは荷物を背負い、はしごを登った。

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