第14話「冒険者の国、第八王国」

 あわただしく用意を整え、中庭で馬車に詰め込まれた学園の生徒たちは、夕方にはウィルトシャー平原へと差し掛かっていた。

 とはいえ、さすがに王族を兵員輸送用の馬車に乗せることもできず、ベルたちのパーティはヒルデガルドの用意した馬車で移動している。

 珍しいコイルスプリングのブルーム型馬車は、滑るように夕日の中を進んだ。


「もうすぐ着くんですね。冒険者の国『第八王国』に」


 窓枠に顔を押し付けるようにして、顔を上気させたマルティナがつぶやく。

 アングリア、ドゥムノニアを筆頭に、ウィッチェ、マゴンサエテ、ヘスティンガス、バーシニア、ウレキオンの七つの国が世界を支配してきた百三十年もの『七王国時代』末期、突如として発見された大迷宮『第六層』という、強大な魔物と無限の財宝の眠るダンジョンへの扉をめぐり、世界のすべてが戦争へと向かっていた時代があった。

 その戦争をおさめたのが、今は冒険者王の名で知られる【運び屋】ベゾアール・アイベックスと、そのパーティ。そして元ドゥムノニアの王族である【聖王女】プリスニス・ロシュ=ベルナールだ。

 名誉国王となったベゾアール・アイベックスの統治する冒険者の国『第八王国』は、今や国籍や人種を問わず、すべての冒険者が目指す夢の国であった。


「しかしなんじゃな。いきなり第二層とは余の力を高く評価したものじゃ」


 ヒルデガルドがベルに寄り掛かったまま「ふふん」と上機嫌に笑う。

 それを聞いて、今までずっと黙り込んでいたハルトムートが顔を上げた。


「何度も考えてみたけど、やっぱりおかしいとぼくは思う」


「なんじゃと! 余の実力が足りぬと申すか!」


 ビシッ。

 ベルの容赦のないチョップがヒルデガルドの頭頂部に落ちた。


「そういうことじゃない」


 頭を両手で押さえたヒルデガルドは、恨みがましい目でベルを見上げながらも、とりあえず口を閉じる。

 マルティナやサシャにも見つめられ、ベルに促されたハルトムートは話をつづけた。


「第八王国のポイントを使うからには、冒険者ランクに見合った階層へしか昇降装置で移動できない。ぼくら学生は第一層ランクだから、絶対に直通は無理なんだよ」


「だ……第一層から正規の扉を抜けて、だ……第二層へ行くんじゃ、な……ないかな」


 サシャの予想は、一番ありえそうな回答だった。

 各階層を隔てる大扉はいくつか存在し、それは高位の冒険者が持つアーティファクトに反応して開く。

 第五階層レベル冒険者と認定されている教師の誰かがついていれば、『適正レベル以外へのアタック』という処罰対象の行為ではあるが、それも可能であった。


「まぁ確かに行く方法はいくつかある。どれも第八王国の法には反する方法ではあるけどね。問題はそんな国家間の問題にもなりかねない方法を使ってまで、ぼくたち半人前を大量投入する理由がわからないことだよ」


「確かに無茶な話ではある……けど、学園なら特に理由もなくやりかねないと、俺は変に納得してた」


 異能者ギフテッドだろうが貴族だろうがお構いなしに、年に数人の死者と、それを倍する重度の障がい者が出るような異常な学園である。

 普段から上意下達じょういかたつの軍隊式教育を行われていた生徒たちの多くは、理不尽な指示もなんとなく受け入れるような空気になっていた。

 それはもともと傭兵部隊で育ったベルも同じ。

 しかし言われてみれば、たしかにおかしな話であった。


「第二層に何か新しいものが見つかったなら、普通に高レベルの冒険者を派遣したほうがいいわけですしねぇ。確かにおかしいです」


学生ぼくたちにやらせることに意義がある……いや、ぼくたちにしか出来ないことが何か……」


 マルティナも一緒になって悩み始め、ハルトムートは思索の海に沈んでゆく。

 少しの間、馬車内には車輪の立てる音だけが響いた。

 しばらくがんばって黙っていたヒルデガルドが、すぐに我慢の限界に達する。

 小さく「ぷはっ」っと息継ぎをするように息を吐くと、ベルの袖を引っ張った。


「のうベル、アルカイオス英雄伝には第二層のことは何か書いておらぬのか?」


 ヒルデガルドにしてみれば、沈黙を破ってくれればどんな話でもよかったのだろう。

 しかし、その『お題』を聞いたベルとサシャが顔を見合わせてニヤァっと笑うのを見て、「しまった」と後悔したがもう遅かった。


「第二層と言えば、やっぱり大空洞フェルゼンホーフルだろうな」


「まぁ大空洞は外せないよね。前半の山場だし、実際に地図上でもその存在は確認されてるし」


「俺も本物の地図を見せてもらった時には興奮したな、あれは」


「未だに出入口は見つかってないんだよね。アルカイオスが使ったっていう転移の指輪アーティファクトも見つかってないし」


「第一層から降りる場所も第三層から登れる場所もないんだよな。壁は分厚い特殊コランダム結晶で、高位の二つ名持ちや戦略級魔法でも傷一つつけられなかったらしいしな」


「でもあれ中にはモンスターが居たわけだし、少なくとも食料や水の流入箇所はあるってルイトポルト版には注釈がつけられてたよ。ぼくも転移魔法なしで出入りできる場所はあると思う」


「入ってみたいよなぁ。そうすればアルカイオスが残してきたっていう、転移の指輪を含む莫大な財宝も手に入るだろ?」


 自分で話を振っておきながら、ヒルデガルドはすぐに飽きてしまい、耳をふさぐ。

 ベルとサシャのアルカイオス英雄伝談義はとめどなく続き、ハルトムートやマルティナの不安を和らげる一助にはなった。

 やがて馬車の進む先、夕日の沈んだウィルトシャー平原の端に、煌々こうこうと輝く街の明かりが見え始める。

 魔法とかがり火が入り交じった色とりどりの光は、夜間も絶え間なく冒険者が行き来する自由都市国家『第八王国』の高い防壁と、美しい王城のシルエットを、幻想的に浮かび上がらせていた。

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