第06話「結成」
首に包帯を巻き、左目に眼帯をした姿のマルティナが、ハルトムートに手を引かれながら授業に復帰したのは、初の実技戦闘から三日後のことだった。
実技戦闘で死にかけるものは珍しくない。
それが初戦闘であるならばなおさらだ。
しかし、だからこそあの負け方を知ったうえで、二人とパーティを組もうと考えるものはもういない。
これから戦っていくにはどうしても前衛が必要な二人にとって、状況は詰んでいると言ってよかった。
マルティナを席に座らせ、その隣にハルトムートが座るまで、教室は水を打ったように静まり返っていた。
そんな中、ずかずかと二人に近づいた背の低い
しかしすぐに視線をずらして彼女を完全に無視すると、ハルトムートにのみ声をかけた。
「ハルトムート、昨日の話は考えなおしたか?」
「……返答は昨日したよ。ヘル・エッポ」
「なぁに、今日のそれの姿を見れば、少しは冷静に返答できるようになったかと思ってね」
「返答は変わらないさ。声をかけてくれたことには感謝するが、ぼくはもうフロイライン・マルティナとパーティを組んでいる。ほかのパーティに移籍する気はないよ」
エッポと呼ばれた貴族は、ハルトムートの言葉を聞き流す。
背中で手を組み、散歩でもするように席から数歩離れると、もう一度振り返った。
「よく聞こえなかったぞ、ハルトムート。六大精霊魔法を使いこなすというお前の能力を惜しんだこのエッポ様が誘っているんだ、今後の学園での生活のこともよく考えて返事をするがいい。その――」
ゆっくりと手を上げ、マルティナを指さす。
「――ゴミのようなハズれギフトを持つ、すぐにでも死んでしまう平民に義理立てする必要などない。わかっているのか? 三十六期生の中で最も強いギフトを持つ赤襟を従え、最強の魔剣を持つ大貴族エッポ様の誘いだぞ?」
エッポは、自分の望む答えが返ってくることを微塵も疑っていない。
しかし、ハルトムートの返答は違っていた。
「ヘル・エッポ。今すぐその指を下ろしてもらおうか。ぼくは仲間を誰にも愚弄させたりはしない」
言いざま、立ち上がったハルトムートがエッポの腕を払い落とそうと手を上げる。
エッポが何の反応もできないうちに、背後に控えていた一人の赤襟が、驚くべき速さでハルトムートの首筋へと短剣を向けた。
ほぼ同時にベルも踏み込み、短剣をはじく。
払い、受け、突き、引き倒す。普通ならばバランスを崩してしまうであろうその攻防の末、ベルと赤襟の少年は、エッポとハルトムートの横で顔を突き合せる形のまま動きを止めた。
周りで見ていたほとんどの者には、突然こぶし一つほどの距離まで顔を寄せた二人にしか見えなかっただろう。
それほどのスピードだった。
「カミル、何をしている」
エッポが赤襟の少年を問いただす。
それに答えず、短剣を鞘へしまったカミルは、少しだけ乱れた前髪を指先で直すと、エッポの後ろへと引いた。
「……そいつが最強のギフト持ちか?」
しびれの残る手のひらを見つめながら、ベルがぼそりとつぶやく。
……
もしかしたら、この相手ならば全力を出して戦えるかもしれない。
何年もかけて
ベルは自分にそんな感情があることに初めて気づいた。
しかし最強の相手は、パーティを組んで戦っている。
一対一で戦うためには、背中を預けられる仲間が必要だった。
エッポはうつむいているベルのことも、マルティナと同じように無視する。
しかし今回は、自慢したいという気持ちに負けてニヤリと笑った。
「ギフトもなく地位もない
続けて魔剣の自慢をしようとするエッポを逆に無視して、ベルはカミルへと視線を上げる。
二人の視線が一瞬重なり、マルティナの目には火花が散っているように見えた。
「青襟、残念だがハルトムートのことは諦めろ」
視線を切って、ベルはハルトムートとマルティナに向き合う。
すべてを理解したように微笑みを浮かべ、ハルトムートはベルに向けて手を差し出した。
「ぼくたちのパーティへようこそ。ベル」
「俺はお前たちを利用するだけだ。ハルトムート」
そんな悪態をつきながらも、ベルはハルトムートの手を握る。
座ったまま手を伸ばしたマルティナも、笑顔で手を重ねた。
「それで構いません。私たちもベルさんを利用させてもらうんですから」
自慢を口にしようとしたまま、呆けたように口を開けていたエッポに向かって、ハルトムートは自信に満ちた顔を向ける。
マルティナも自分で立ち上がり、三人は肩を並べた。
「というわけだ、ヘル・エッポ。キミがぼくの友人を愚弄した件については、いずれ実技戦闘でけりをつけようじゃないか」
「……なんだと!? くそっ! もういい! お前なぞクビだっ!」
顔を真っ赤にして、仲間でもないのにクビを言い渡すエッポを見て、マルティナはふと思い出した。
「あれ? 編入初日にベルさんに負けてた人……」
宙を飛ばされるカミルとは別の赤襟と、自分の吐しゃ物にまみれて悪態をついていたエッポの姿がありありと頭に浮かぶ。
マルティナが何を思い出したのか分かってしまったエッポは、あわてたように背を向けた。
表情を変えずに、カミルはその後ろについて教室の反対側へと向かう。
始業の鐘に、生徒はそれぞれの席に着き、その日の座学は最初から最後まで、そわそわとした空気のまま終わった。
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