鎧を着た獣たち アデリーペンギンの場合

@takrum

第1話

 広場に人だかりができていた。

普段は寒々しいこの場所にこれほど人が集まることは滅多にない。

人々の視線の中心には男が一人立っていた。

アルパインと名乗った彼ははるか遠くから旅してやって来たらしい。

歌や芸などを披露しながら路銀を稼ぎ、世界を旅してまわっているのだという。

そんな彼が最も得意とするのが、叙事詩を曲にのせて語ることだった。

 彼がまず語ったのはシャドウウルフという名の人狼の戦士の物語だった。

シャドウウルフは巨大な化け物を打ち倒し、化け物の群れから街を守り、獅子王とも互角に戦ったという。

アルパインは子供たちにせがまれる形で、次々に物語を語った。

東方に存在するという死を恐れないサムライという集団。

この世の者とは思えない美しさを持つ不死の姫君。

あらゆる病を癒すことが出来るという聖女。

・・・そんな物語に聞き入り、憧れに目を輝かせているペンギンの少年が居た。

これは獣人たちが住む異世界のお話。

そのペンギンの少年がこの物語の主人公である。


 アデリーペンギンのラグナは泥に沈んだような境遇に苦悩していた。

獣人たちは人に似た姿をしている。

彼らはかつて自分たちが獣だったことを知っている。

そして、地を這う獣だった自分たちを人類という造物主が進化させ、人に近しい姿と知能、そして力を与えてくれたことを知っている。

だから、彼らは人に近しい自分たちの姿を誇りに思い、人と近ければ近いほど尊い存在だという価値観を持っている。

 ペンギンは、その恩恵から遠い存在だった。つまり、殆ど元の姿と変わらなかった。

セイウチですら五本の指を持つというのに、ペンギンの手は相変わらずフリッパーだった。

物を持つのに不便だし、その世界の価値観に照らし合わせると、それは奇形で、劣っていると見なされた。

 ペンギンの足は走るのにも向いていなかった。

ラグナは今日も自分の不遇に悔むことになる。

ラグナは必死にある場所を目指して走っていた。

一刻も早く辿り着きたい場所があるからだ。

しかし、必死に走るラグナの隣をウサギの少年とキツネの少女が追い抜いていく。いとも簡単に。その顔に笑顔を浮かべながら。

結局、目指す場所にラグナが辿り着くころには、すでに沢山の人で騒然としていた。

 その場所はラグナの住む集落の入り口だった。

遺跡領域から勇士たちが帰ってくるという知らせを聞いて、人々は殺到していたのだった。

ラグナにとっても勇士はラグナの憧れの存在だった。

ラグナも彼らの姿を間近で見るチャンスを逃したくない。

出来るだけ近くで見るためには、良い場所をとる必要がある。そのために誰よりも早くこの場所にたどり着きたかったのだ。

だが、先に到着した人々で既に人垣ができていて、背の低いラグナには勇士たちの姿を一目たりとも拝むことは出来そうになかった。

諦めきれないラグナは、少々無謀な行動に出た。

人々の列に無理やり体を押し込み、踏みつぶされるかもしれない危険を冒して、地面を這いずって最前列を目指したのだ。

運良くラグナは無数の擦り傷を作りながらも、何とかヘラジカの老人の足の間を抜けて、ラグナは最前列に居場所を獲得することが出来た。

ラグナは出来るだけ近くで勇士たちの姿を見れるようにヘラジカの老人の足の間から這い出て、同じように列を乱す子供たちと押し合いながら、勇士たちの帰還を待ちわびた。

そして、待ちわびた瞬間が訪れ、ラグナの目に凱旋した勇士たちの姿が映る。

巨大な銛を担いだトド。

使い込まれた斧を腰にぶら下げたトナカイ。

そして、立派な鎧を着て悠然と歩くシロクマ。

そんな彼らをラグナは憧れの眼差しで見送る。

群衆たちも、口々に激励や感謝の声で勇士たちを出迎える。

皆、彼らが遺跡から持ち帰った糧があるから、この厳しい北の領土で生きられるのだ。

 糧の名はエーテル。灯りや動力だけでなく、生命を繋ぐ霊薬にもなる。

エーテルあれば生きられる。これがなければ生きられない。

ヘラジカの勇士が観衆に向けてエーテルを掲げて見せる。

柔らかい緑の光を放つ鉱石を目にして、人々は歓声を上げた。

まさに命の糧だ。

危険を顧みず、命を懸けてそれを得る勇士たちは、英雄のように称賛を受ける存在だった。


 そんな彼らの雄姿を眺めながら、ラグナは遠い昔の事を思い出していた・・・。

ラグナが勇士たちに強い憧れを抱くきっかけになった出来事だ。

 時は十年ほど前、場所は今居る集落の入り口だった。

だが、今とは逆に勇士たちが遺跡領域に向かうのを、皆で見送っていた時の事だった。

幼かったラグナは初めて目の当たりにした勇士たちの姿に興奮し、強い興味を持った。

 生来、ラグナは無鉄砲な性格で、それに加え、勇士たちが向かう場所がどれほど危険なのかも知らなかった。

だからといって、普通はあり得ないことかもしれないが、この時、いくつかの偶然が重なり、幼いラグナは誰にも気づかれることなく、

勇士たちの隊列の後ろをついていってしまった。

 そして、運が悪いことに勇士たちはそのまま敵と遭遇したのだ。

集落にこれほど近い場所で敵と出会うことも、非常に珍しい事だった。

 初めて見る敵。そして、勇敢に戦う勇士たち。

その光景はラグナにとって非常に鮮烈なものだった。

「もっと近くで見たい」とラグナは願い、その願いは容易く叶えられた。

戦いの混乱によって、小さなペンギンに気が付く者は居なかったのだ。

 ・・・だが、無防備にウロウロと歩く小さなペンギンが、いつまでも誰にも気づかれないなんてことはあり得なかった。

そして、運悪く、最初にラグナの姿を見つけたのは勇士では無く、敵だった。

戦いをキラキラした目で眺めていたラグナは興奮のあまり、自分に迫る危機に気が付かなかった・・・ラグナの背後に敵が迫っていたのだ。

その危機に気が付いた者が居た・・・若いシロクマだった。

 ・・・ラグナを衝撃が襲う。

ラグナは暫く自分の身に何が起きたのか分からなかったが、すぐにシロクマが自分の命を救ってくれたことを知った。

自分のすぐそばに傷ついたシロクマと、彼によって破壊された敵が横たわっていたからだ。

ラグナは震えながら自分の救い主を見ると、彼の白く美しい毛皮が泥と彼自身の血で汚れていた。

ラグナは今までにないくらいに自分を責めた。自分のせいでこの立派な戦士に傷を負わせてしまった。

もしも、自分のせいでこの勇敢な戦士が死んでしまったら、自分の命なんかでは償いきれないに違いない。

 ラグナが泣きそうになっていると、シロクマが瀕死であることに気付いた仲間が慌てた様子で駆け寄ってきた。

そして、「邪魔だ!」という罵倒と共にラグナを押しのけ、とめどなく流れる彼の血を何とか止血しようと試みた。

更に戦いを終えた、他の仲間たちも集まってくる。

「なんでこんなところに子供が居るんだ!」

「おい!クラッシュがやられてるぞ!?」

ラグナは彼らの言葉がことごとく自分を責めたてているように聞こえた。

ラグナが怯えて泣きそうになっていると「子供は・・・?」という弱弱しい声が聞こえた。

ラグナはその声の主にすがりつき「おれ、おれ・・・ごめんなさい!」と叫んだ。

「無事か・・・よかった」

そう言うとシロクマは目を閉じた。

「すげえ血が出てる・・・やばいんじゃないの?」

「こいつ、今日が初めての遠征だってのに!」

仲間たちが懸命にクラッシュの命を繋ぎとめようとする中、尚もシロクマにすがりつくラグナを誰かが引きはがした。

集団のリーダーらしきホワイトウルフの男だった。

彼は「クラッシュは領主の息子だ。絶対に死なせるな。それと、誰かこのペンギンの子供を集落に連れ帰せ」と部下たちに命じた。

その命令にその場に居る全員が不満そうにする。

問題は命令の前半ではなく、後半部分だ。

皆、遺跡領域に行き、功績をあげるために来たのに、ラグナを集落に連れ帰るためにその機会を失うのが嫌なのだ。

しかし、その役目は半ば無理やり一番下っ端のキツネに押し付けられた。

 そうして、ラグナはキツネに引き摺られるようにその場を後にすることになる。

自分のせいで傷を負った・・・シロクマ族の青年。

・・・彼の事を忘れないようにラグナはいつまでも、その光景を目に焼き付けるように見つめていた。


 ・・・思い出に耽っていたラグナはふと我に返る。

あれからずいぶん経った・・・。今も後悔は消えていない。

ラグナは生涯忘れることは無いだろう。

命の危険を冒して自分を救ってくれた、クラッシュという名のシロクマ族の勇士の事を。

 そんなラグナの目の前をそのクラッシュが通った。

そして、ラグナの前で立ち止まり「よう!」と元気に声を掛けてくれた。

そんなクラッシュにラグナはこう答えた。

「おれ、もう13歳になった!勇士になれる歳なんだぜ!」

あれから10年経った。

3歳だったラグナは13歳に

13歳だったクラッシュは23歳になっていた。

クラッシュは嬉しそうに「そうか!」と答えて、列に戻った。

 

 ・・・あの時、クラッシュがラグナを庇って受けた傷は深手だった。

奇跡的に命は取り留めたものの、勇士として復帰するまでには、長い期間が必要だった。

その不屈の日々をラグナは見ていた。

それに今ではクラッシュは、この北の領土で一番の勇士だ。

そこまで登り詰める様子もラグナは見ていた。

そんなクラッシュにラグナは憧れた。

勇士という崇高な存在に憧れた。

そして、憧れを膨らませながら10年を過ごしてきた。

ラグナはクラッシュを見送ると、クラッシュに言ったことを実現するために走った。

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