一般職業『時計製作士』の隠し技 

咲春藤華

第1話 プロローグ


 ザザァ……ザザァ……ザザァ……


 ……ハア……ハア……ハア……


 ジャリジャリジャリジャリジャリ……


 

 深い森の中。

 木々の擦れる音に交じって疲労の溜まった呼吸音が、地面を転がる車輪の音にかき消される。


「……ハア……ハア……、王都はっ……まだ先なのかしら。……ハア……ハア」


 一人の少女と一頭の馬が険しい道なき道を歩いている。

 馬は大きな時計を入れた荷馬車を運び、少女は馬の前を手綱を引いて先導している。

 大きな木々の周りには大きな石や背の高い草はないが、酷く量の多い雑草が生い茂っており車輪の進みは遅い。いくら馬がいると言えども。

 少女の足もすでに棒となっている。


 少女たちはいま三日ほど(休憩は挟んでいるが)この険しい森の中を移動している。


 上を見上げると木々の隙間からオレンジ色の光と、反対側には薄暗くなり星が輝く空が見えた。そろそろ日が沈む。

 暗くなる前に寝床の用意をしないといけないころだ。


ザァァァァァァァァ……


 少し遠くから水が流れる音が聞こえる。

 この森の先だろうか。


「近くに川があるんだわ。今日はそこで休憩すればいいわね」


 少女はそう言い、落ちて乾燥している枝を拾い始めた。火を燃やすために使うのであろう。

 森の中は川に近づいているせいか、雑草に交じって石が多くみられるようになった。



 少し小さくなった木々を抜けると、そこにはやはり川があった。

 水の流れは速くないが、川の中には人間大の大きな石があってそこにぶつかる水が音を立てていた。

 そして、川も大きかった。

 距離にするとどれくらいだろうか。

 人が100人と言わないまでも80人ほどが縦一列に寝転んでいるぐらいか。


 少し川を除くとすぐ近くに手のひら大ぐらいの魚が泳いでいる。

 もう少し岸から離れると深くなっており、人ほどの黒い影が見え隠れする。


 少女はそれを確認すると頷いて、火をつける作業に向かった。

 

 馬につけていた手綱を取り、近くの大きな流木にとめた。

 そして手のひらと同じくらいの石を円状に置き、落ち葉をひき、そこに荷馬車に貯めておいた枯れ枝をまとめ、


「『イグル』」


 落ち葉に火をつけた。

 火はすぐに燃え広がり、少女は少し大きめの枝を数本入れた。

 それにも火が付いたのを見て、荷馬車に向かった。

 少女はそこから釣り竿と思わしきものと、道中見つけたワームがたくさん入った箱を取り出し、川に向かった。


 日もだいぶ落ちてきて、ちょうど魚たちが活発になるころだ。


 少女は川にせり出している岩の上からワームのついた針を放った。

 

 するとすぐに獲物がかかった。

 

「早速ね! この川良いわね!」


 少し魚と勝負し、根気負けした魚が釣れた。

 少女は旅に出るまで釣りなどしたことがなかったが、旅の三日間だけでだいぶ上達していた。


 釣れたのは、魚同様、えらがあり胸びれや背びれはあるが顔が完全にワニのようなものだった。例えるなら、アリゲーターガーに近いか。

 だが、ここでは一般的な川魚だ。大きさは少女の半分ぐらいはあるが。


 少女は魚をかごに入れて火の近くまで持っていき、大き目の石をつかみ魔術を使った。


 「我思う姿に変われ、『チェグネ』」


 少女が唱えると、石が動きだし、一本の串に変わった。

 魚のうろことワタを取り出し、エラの部分から、背骨の下側に刺さるように串を打ち込む。そのまま背骨を串に巻きつけるような感じで、 らせん状に刺し込んで行く。


 そして、火にかける。


 魚が焼ける前に、馬にもご飯を食べさせる。


 すると……、


ブゥルルルゥゥゥ!!!!


 馬が唸りだした。


「キャッ! ど、どうしたの?」


 少女が慌てて馬の顔を見ると馬は少女の後ろの火を睨んでいた。

 

 いや、違う。

 火の奥に大きな影が三つ見える。


 魔獣だ。

 魚を焼くにおいに釣られてきたのか。


 ハイエナ型の魔獣で狂暴だ。

 雑食で人にも容赦なく襲い掛かる。

 魔獣としてのランクはA~Eの六段階中の下から三番目、Dランクだ。

 これは、一般市民では対抗できないが、戦闘訓練を受けた者なら一対一でギリギリ勝てる、ぐらいの強さだ。


 少女は一般市民ではないし、ある程度の攻撃系の魔術が使えるが、実戦で使ったことはない。もちろん戦闘訓練も。

 初めての現状に恐怖に足が震えて、腰を落としてしまう。

 少し訓練を受けた非常用の短剣は離れた場所にある荷馬車の中だ。


 魔獣は魚を食べたり、荷馬車の乗りかかったりしている。

 乗りかかった時の揺れでか、壊れた大きな時計から鐘がなった。

 その音に動揺してか、魔獣たちは動きを止めた。


 一か八か、魔術を使えば追い払えるかもしれないが、あまりの恐ろしさに頭が回っていないようだ。


 その一瞬が命取りだ。


 三匹の魔獣のうち二匹が攻めてきた。

 魔獣が少女に噛みつこうとする。


「キャァァァ!!!!」


 そのとき、連れの馬が少女の盾となった。

 少女を体を張って守った。


「えっ……」


 馬は流木に括りつけられた手綱を引きちぎったのだ。


 馬は魔獣を蹴ったり、体当たりして戦ったが、しばらくして倒れこむ。

 馬の体は傷だらけで血が大量にこぼれている。

 白い毛が赤く染まる。

 

 少女の視界が涙で歪む。


 この馬は自分が幼少の頃から一緒に育った大切な家族なのだ。


「アッ……アァ、アア、アアアアァァァ……」


 魔獣は容赦なくこちらに向かってくる。


「ウッ……ッ」


 少女は諦めたのか、顔を背け目をつぶる。




 異変が起きたのはその時だった。


 まず、自分の座っていた場所がゴロゴロと石の転がっていた地面からふわふわしたソファへ。そして、血と獣くさい匂いが金属とニスの匂いに。川を流れる音と獣のうなる声から時計の針が動くチクタク音へ。

 目を開けてみると、薄暗い川から明るい室内へ。


「アアァァァ…………、え?」


 わけがわからない。

 なんで自分は知らない部屋の中にいる?

 窓を見ると、外は暗い。

 ここはどこ?

 

「気がついたかい?」


 その声に気づいて、ようやく自分の目の前にいる人に気が付いた。

 若い、それも20代前半の男性だ。

 作業服を着て、右目に片眼鏡をしている。


「あなたは誰?」





「僕かい? 僕はクロスタリア・ペンドロム。しがない『時計製作士』さ」


 

 

 




  


 

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