ルビー


 私は無理やり荷物を持たされ家を出された。

 

 各家庭の換気扇から魚が焼ける香ばしい匂いや、玉ねぎをバターで炒める匂いが混ざり合い、どこかアンニュイな気分になる夕刻。

 

 もう辺りは暗くて街灯もちらほらしかない寒空に女子高生を放り出すなんて……なんて思っているうちに麻生宅に到着した。実のところ麻生家はうちから目と鼻の先で、光也と私は幼馴染なのだ。

 

 チャイムを押すと、少しして扉が開く。

 

「おう、茜じゃん! どうした? あ、そのチョコ俺めっちゃ好きなやつ! ちょーだい」

 

 (うわあ。光也よりも苦手なやつ出て来たァ)


 私は気を取り直し、持っていた荷物を腕と一緒に前に出した。

 

「これ、おばちゃんがうちに忘れてったやつ届けに来ただけです。チョコも勝手に食べないでください、母からなんで」

「なーに、変に敬語なんか使っちゃって」

「一応先輩ですから」

「ねえ茜、ちょっと上がってけば? いま俺一人で暇なんだよ、かーちゃんもうすぐ帰ってくるし。ゲームやんない?」

「お腹すいたんで帰ります」

「今日うち、ビーフシチューだよ」

「え」

 

 麻生家のビーフシチュー。私にとってそれはもうご馳走中のご馳走だった。目が泳ぎ、思わず生唾を飲み込む。

 

「……お邪魔します」

 

 

 麻生力也あそうりきや。光也の兄で、現在高三。力也も光也に負けず劣らずのイケメンではあるのだが——

 

「うーわ、茜相変わらずヘッタクソだな! お前とやっても張り合いなくて全然つまんねーわ」

 

 性格に難あり、だ。

 

「すみませんね、つまんなくて」

「なあ、次これやろーぜ。このゲームなら茜もちょっとはマシなプレイ出来んだろ」

 

 ゲームを入れ替える作業音がカチャカチャなる中、力也がボソッと言う。

 

「茜、なんかあった?」

「え?」

「唇の皮むしってっからさ」

「むっ?!」

 

 無意識のことに慌てて口元に手をやれば、力也は私を指差して笑った。

 

「うわっ、その顔真っ赤になるの未だになんだ? 懐かしいよね、昔のあだ名覚えてる?あんぱん——」

「私、やっぱり帰る」

 

 立ち上がる。顔を見られないように俯きながら去ろうとすれば、力也が私の左手首を掴んだ。

 

「ちょい待ち。つい茜見ると可愛くて揶揄からかいたくなっちゃって。ごめんって」

「可愛くない!」

 

 私は力也の手を振り解いた。

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