酒と女と異世界で

乙三

第一章 異世界いいとこ一度はおいで

第1話 異世界で煙草は吸えるのか、それが問題だ

「へー、これが異世界か。空気がきれいだなぁ」

 なだらかな草原が広がり、所々木々が生い茂る。


 穏やかな風がそよぎ、鳥のさえずりが聞こえる。


 暖かな日差しが降り注ぎ、新緑がまぶしい。


 白いポロシャツにベージュのチノパンと茶色いスニーカー、鮮やかな青いジャケットを羽織り黒いフォーマルなリュックを背負った男が、咥え煙草で草原に座り込んでいる。


 男の名前は出雲 仁いずも じん、ついさっきこの世界に転移してきた男だ。



「折角の異世界転移なら、別嬪の女神さんに会いたかったよなぁ」

 仁は煙草の灰を落としながら、ついさっきまでの出来事を思い出していた。




◆◆◆◆◆




 仁はIT系のサラリーマン、それなりのポジションを担っている。給与もそこそこの、独身生活を謳歌する31歳独り暮らしだ。


 その日も定時に仕事を終え、切れた煙草を補充しにコンビニでカートン買いすると、これも行きつけの飲み屋に向かう。美人を相手に飯も食えて酒も飲めるお気に入りの店だ。毎日家でひとり寂しく飯を食って寝るだけなど、仕事のためだけの人生と認めるようで嫌なのだ。


 いつもの通り酒と飯を頼み、顔見知りの女たちと話す。何年も通っているのでもはや客扱いはされていないが、それはそれで居心地が良いものだ。



 そんな中ひとりの店の女が妙な事を言い出す。


「知ってる? 私も教えてもらったんだけどこのサイト」


ポーチからスマホを取り出して画面を見せてくれる。そこには洗練されたデザインのページが表示されていた。



「なんかクイズっぽいのよ、それで賞品がすごいっぽいんだけど胡散臭いのも間違いないのよね」


 仁は手渡されたスマホを眺める、確かに途中に謎の文字が書かれている部分があり、それがクイズっぽいと言われる部分なのだろう。


 その後には、賞品らしき記載がある。


・新たな人生

・未知の力

・地位も名誉も貴方次第


 …確かに胡散臭いな。だが、何となく興味を惹かれるのでそのサイトのアドレスを送ってもらうことにした。




 仁は自分のスマホで改めて確認する。するとさっきは謎の文字だった部分がはっきりと読めることに気が付いた。


『おめでとう! これが読める貴方は適格者です。奮ってご応募くださいね!』



 横の女も覗き込むように確認すると、驚きつつも応募を進めてくる。仁も酒を飲んでいることもあり乗り気になるが、念のため最低限の確認はする。


 サイトの証明書は著名なところのもの、ドメインも有名どころが発行したもの。正規のサイトが乗っ取られて改変されていなければ大丈夫だろう。仕事用ではなくプライベートのスマホであり、万が一情報を抜かれても友人の電話番号ぐらいしか価値のある情報は無い。などと、仁が安全性を確認していると横から女の指が伸びてきて、勝手に応募ボタンをタップした。








『応募ありがとう。 いやぁやっと適格者が見つかったよ、すぐに見つかると思ったんだけど条件が厳しかったのかな? どう思う?』


 突然なれなれしい声で話かけられる。仁は直前まで店で飲んでいたはずがいきなりの場の変化に戸惑う。


 場所自体は変わっていないように見える。だが仁以外の者の姿がないのだ。目の前の酒やつまみ、吸いかけの煙草までそのままであるにもかかわらずだ。


 仁は煙草を手に取り深く吸い込むと改めて周りを見渡す。さっきまでの喧騒が嘘のように消え、横に居たはずの女も消えていた。



『ねえ、無視しないでよ』


 またなれなれしい声が聞こえる。どうやらこの声の主と仁のふたり?だけしかいないようだ。



「誰だ、お前は?」


 仁は声の主に問いかけてみる。



『あは、やっと返事してくれたね。 僕は、説明がめんどくさいから神様みたいなものって思ってくれるといいよ』


「はあ? で、その神様とやらはどこにいるんだ?」



『目の前に居るんだけどね、君に姿を見せようとするといろいろ面倒くさいからこれでいいじゃん』


「やる気がないんだな、俺もひとのことは言えないがな。ははっ」


 仁は適当な返事を続ける相手が次第に面白くなってくる。次の煙草を咥えながら、酒のおかわりを注ぎ会話を続ける。



「で、さっきのサイトはあんたの仕業か?」


『仕業って言い方は気になるけど、そうだよ。優秀な人材を探すのが僕の仕事だからね』



「それでこれからどうなるんだ?」


『話が早くていいね! もっと駄々をこねられるかと思ってたよ。うん、気に入ったよ君のこと』



「それはどうも。新たに人生とか、未知の力ってのは集客用の文句なのか?」


『違うよ、ホントのことさ。聞いたことあるだろ? って』



「はぁ? やっぱ飲み過ぎたのか?」


 仁はあまりにも突拍子のない答えに、今日飲んだ酒の量を思い返す。




『いやいや、今この時点で普通じゃないでしょ? なんでそこまで驚くかなぁ』


「まあいい、それでその異世界とやらに俺が行くってことで良いのか?」



『そうそう、理解が早くて助かるね』


「それはどのくらいの期間なんだ?」



『えっ? 異世界なんだから行ったきりだよ』


「ちょっと待て、それは戻れないってことであってるよな」



『そうだよ、って書いてたよね』


「キャンセルや、クーリングオフは…、無理なんだろうな」



『正解! もう後戻りはできないよ』


「仕方ない、準備とかする時間もないんだろ?」



『そうだね、この後すぐ行ってもらうつもりだよ』


「荷物は持っていけるのか?」



『ここにあるモノなら持って行ってもいいよ』


「酒とつまみぐらいか? ここから持っていけそうなのは、こんなことならもっと煙草を買っとけばよかったな」



『ははは、気にするところが面白いね君は。確かに煙草は異世界じゃあ手に入らないかもね、でもお酒はあるはずだよ』


「異世界とやらで禁煙か…、新手の商売で流行るかもな」



『禁煙のために異世界にってのも戻れないなら意味ないよね。それよりは気にならないの』


「ああ、そういやあったなそんなのも。煙草を生み出す力とかあると助かるな」



『やっぱり変わってるねぇ。こういうのって最強の力とか欲しがるもんじゃないの?』


「そんなの貰ってどうするんだ? 戦争でもするのか?」



『俺つえー! みたいなのがやりたいんじゃないの? 強いとモテそうだし』


「そんな物騒なところなのか? 普通に暮らしてても襲われるのが日常みたいな感じか?」



『どちらかというとそっちが近いかも。魔物とかがいるし、モラルもここよりは大分低いと思うよ』


「うわぁ、面倒くさそうだな。何とかなんないのか?」



『だからそのためのだよ。』


「じゃあそいつがあれば、なんとかなるんだな? さすがにすぐに死ぬとかは嫌だからな」



『もちろん! 君は面白そうだから大サービスするよ!』


「いや、あんまり目立つのはいらないぞ。美人とのんびり美味い酒が飲めれば十分だからな」



『えぇ~、折角だから貰っときなよ。あっても使わなければいいんだし』


「いや持ってると使いたくなるだろ? 酔った勢いで大暴れってのは翌日思い出すとへこむんだぞ」



『あはは、そんなことしてたんだ。じゃあお酒にも強くなれるようにしとくね』


「いや、問題点がずれてるぞ」



『まあまあ、それじゃあ問題なしっとことで良いよね?』


「もう面倒だし任せるわ」



『はいは~い、お任せ了解です! じゃあ3点セットは標準だから付けるでしょ、ちょっとやそっとでは死なないようにっと、これでドラゴンぐらいなら楽勝かな? 後は…、煙草が欲しいって言ってたよね…、じゃあこれも付けちゃえっと。 お~、結構すごいことになったねぇ…。

 そうそう、持っていきたいだろうそこにあるお酒とかは収納しておいたから安心していいよ』


「なんか不安しかないんだが、俺の気のせいか? それに収納ってなんだ?」




『大丈夫、大丈夫! 多分ね? それじゃあ行ってらっしゃい! 良い異世界ライフを!』


「おい、ちょ、説明ぐらい…」


 なれなれしい声が告げると、仁の姿は光に包まれ消えてしまう。仁の声はスルーされたようだった。





◆◆◆◆◆





そして話は冒頭に戻る。流されるまま異世界にやってきた仁は、途方に暮れ煙草をくわえていたのだった。



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 読んでいただきありがとうございます。続きも読んでいただけるよう神頼みしておきます。

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