エピローグ

 俺は玄関に入り、震える足で廊下に上がった。


「こちらが友樹の義理の妹になる星野凛花ちゃんよー同じクラスだから分かると思うけど。そしてこちらが新旦那の昌行まさゆきさん」


「よろしくな」

「よろしくね」


 再婚したから苗字が星野になるのか? 表札には篠山って書いてあったはずだけど。って、指摘すべきはそこじゃない! 何で凛花が義妹になって帰ってくるんだ。別れて距離を置いたはずなのに。別れたよな? これも凛花の策略だったりするのか……恐ろしいな。


 同じ道から別々の道に進んだ二人――しかし、再び巡りあった。人間の縁というのはやはり、よく分からない。


 台所で手洗いなどを済ませ、ソファーに腰かけた。


 凛花はその隣に座った。


「いやーしっかし、偶然だね。また友樹お兄ちゃんと一緒になれるなんて。私、嬉しいです」


「……」


 無言を貫く俺。


 凛花は肩に腕を回した。


「どうしちゃったの?」

 甘い声で囁く。


「怖い」


「何が」


「お前がだよ」


 しばし、沈黙が続いた。


「凛花ちゃーん。料理手伝ってくれる?」


「勿論です、お母さん」


 母親の前でも猫かぶるのか。って言うか、凛花の作った料理食べる事になるのか。何だか複雑な気分。


「いただきます」


 そうして、凛花の手料理を食べた。なかなか美味しかった。


「さっきから黙ってどうしちゃったの?」


「ほんと、お母さんも心配だわ」


「いえ、何でもないです、料理美味しいです」


「「それは良かったわ!」」


 二人とも喜んでいる。まあ凛花の笑顔が戻ったのは少し嬉しいけど。


 そして料理を食べ終わり、お風呂タイムだ。


「凛花、先に入っていいよ」


「え? 一緒に入ろうよ。もしかして私の残り湯に浸かりたかった?」


「いや、違う。一緒になんて入れるわけないだろ」


「一緒に入らないと殺す」


 今度は包丁をちらつかせていた。


「暴力で人を従わせる癖、直した方がいいぞ」


 それから俺と凛花の押し引き合いが続いた。どっちが折れるか。もうどうなっても良かった。時間の無駄は嫌なので、俺が引く事になった。今更、凛花の裸を見ても興奮しないし。


「やったー。一緒に入れるー」

 凛花はとても嬉しそうにしていた。


 結局、一緒に入ったわけだが。


「体つき、たくましくなったね」

「背中流しっこしよ?」


 俺はずっと無言だった。頬を赤らめているのは凛花のみ。


「こっち見るな」とだけ言い、それ以外はずっと無言だった。


 付き合ってた頃だったら、間違いなく行為に及んでいたことだろう。だが、お互いの距離が離れたからこうなった。距離感がいかに重要かが思い知らされる。


 凛花はやり直したいと思っていた。なのに、歪んだ行動にしか走る事が出来ず、自分を責めてばかりいた。


 どうしたら友くんに好かれるんだろう――


 湯船に浸かる中、そんな事を凛花は一人考えていた。


 でも同時に義妹になったからずっと一緒にいれるはず、とも思っていた。しかし、その考えは間違っている。いくらでも離れる事は可能なんだ。


 風呂場から出て、俺のベッドに移動した。凛花もついてきた。


 凛花は俺のベッドに躊躇なく座った。


「……凛花」


「お兄ちゃん」


「そのお兄ちゃん呼びやめてくれないか?」


「え、何で? 義妹なんだからお兄ちゃんって呼んでも支障ないでしょ」


俺は頭を掻いた。その無邪気さが心を抉る。


「ねえ、キスしない?」


 甘い声が吐息に混じり、俺の耳に入ってくる。辺りは甘い空気に包まれた。

 薄暗い部屋。真っ暗な夜。カーテンから射し込む月明かり。お互いの姿が見えるか見えないかの暗さだった。だが、その暗さでも凛花の顔が色っぽいのだけは伝わった。


「何でだ?」


「LINE送ったでしょ」


「あれ、凛花だったのか」


「私以外誰がいるの」


 凛花は顔を押し付けてきた。だが、俺は抵抗する。強引さは変わってないな、とつくづく感じる。


「別れただろ!」


「キスしてくれないと殺――」


 俺は凛花の顔を離し、言葉を遮った。そして、凛花の頭を撫で、抱きしめた。


「脅迫するなと言っただろ。凛花は可愛いんだから、そんな顔するな。人を愛せないのは人に愛された事が無いからだ。いい加減、現実を見ろ」


 俺は掴んでいた凛花の肩を突き放した。


 凛花はびっくりしている。


「お兄ちゃんは優しいね。私、愚かだった。もう脅迫しないからやり直せるかな」


「やり直さない。もう俺とお前は義兄、義妹というただそれだけの関係だ。人を愛せるかは次の彼氏で試してみて」


 凛花は放心状態のようだ。あまりのショックで顔を手で覆っていた。


 泣いている? と心配になった。

 ところが。


「あはは、うふ、えへ。私なんかがに似合うわけないもんね。友くんは私のものだと思ってたのにな。残念。こんなに愛してるのにね。あはははは」


 壊れてしまった。恐ろしくなったが、取り返しつかない。理性が崩れると再度愛称呼びに戻った。まだ、借りの家族生活に慣れてないのが窺える。もしかすると、付き合ってた頃に戻りたい、という思いが隠されてるのかもしれない。今夜、眠れるだろうか。


 俺は部屋を出てお茶を飲んで寝ようとベッドに入った。凛花はもう既に俺の部屋にはいなかった。


 凛花がいないので安心して寝に入る事が出来た。だが、その時経験した事の無い睡魔が襲ってきた。自分の意思とは関係なく、俺は眠った。


 ガチャリ。


 薄暗い寝室に何者かが入る。


 その者は俺の枕元に膝をついて一言。


「これからもよろしくね。ずっと一緒だからね。もう離さないから。愛しの友くん」


 言いながらそっと口づけをした。


 それからその人は、そっと部屋から立ち去った。








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