ふゆちゃんのカイリュー
七屋 糸
第1話 ふゆちゃんとわたし
やっぱり、ふゆちゃんがカイリューを引き当てたのが最初だったんだと思う。
新品のカードは角がぴったり重なってすぐにめくれないから、わたしとふゆちゃんは「あー」とか「もう!」とか言いながらコンビニの駐車場でパッケージを破る。その数秒のロスで運命が大きく変わってしまうみたいに慌ただしく中身を確認すると、四枚目で声が上がった。勝ち取ったのはふゆちゃんだった。
「すごいすごい! カイリューのキラカード入ってた!」
興奮気味のふゆちゃんの声に適当な相槌を打ちながら、わたしは胸が鳴るのを抑えてもう一度自分のカードを見直す。これもこれも持ってるやつ、あ、ナゾノクサだ。で、最後ももう持ってるやつ。
わたしが引いた運命の中にキラキラの一枚は入っていなかった。
ふゆちゃんは残りのカードを確認するのも忘れてカイリューを眺めている。横目で見るとカードの表面は無数のダイヤ型に輝き、その中を黄金色の羽が飛び回る。ふゆちゃんの瞳もカイリューのようにキラキラだった。
わたしは自分のカードをさっさと鞄にしまい、コンビニで一緒に買った肉まんにかぶりついた。中の具材があつあつで頬張った拍子に舌をやけどしたけど、それでも構わずぱくついた。
わたしが先に引けると思ったのに。なんでかわかんないけど、絶対そうだと思ったのに。
「あんまん冷めちゃうよ」と言ってもふゆちゃんは生返事しかしない。勝者はあんまんになど興味がないみたいだった。
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水曜日の放課後。わたしは肉まんを、ふゆちゃんはあんまんを、そしてそれぞれが選んだゲームカードのパックをレジに差し出す。名札に「芥川」と書いた店員のおじさんから商品を受け取ったら、コンビニの駐車場にしゃがみこんで「せーのっ」で袋を開ける。それがふたりの週に一度の楽しみだった。
ふゆちゃんは小学校ではじめてできた友達だった。しゃなりと髪が長くて、色が白くて、えくぼができるところにほくろがある女の子だった。本当は「ふゆ子」という名前なのに、「子」の字がぬるぬるして嫌いだからと言って「ふゆ」と名前を書く女の子だった。だからわたしは彼女をふゆちゃんと呼び、ふゆちゃんはわたしをなっちゃんと呼んだ。
水曜日以外の平日、ふゆちゃんはピアノにスイミングの習い事、それに塾通いが二回あって、遊べる時間は多くなかった。だからわたしは毎月の少ないお小遣いを増やすためにお母さんにくっついて歩き、約束の放課後のために備えた。
コンビニから帰ったら鍵っ子のふゆちゃんの家に上がり込む。彼女の家はうちと違っていつも綺麗に片付いていて、白い花瓶には毎週違う花が飾ってあって、おやつもマフィンとかカヌレとかデパ地下で売っているようなものばかりだった。ふゆちゃんはそれを上手に半分こして、クマの模様がついたお皿に乗せて嬉しそうに差し出してくれる。ふゆちゃんは優しい女の子だった。
あるときは金色のカップに入ったアイスクリームが出てきたこともあった。ブルーベリー味とチョコミント味を両手に持って、ふゆちゃんは困ったようにふたつを見比べて言った。
「なっちゃん、チョコミント食べられる?」
「うん、食べられるよ」
「すごいなぁ、わたし、なんかツンとする気がして苦手なの」
「えーそんなの全然しないよ。でも苦手ならわたしがチョコミント食べるよ」
「うん、ありがとう」
ちょっと得意になって受け取ったチョコミントの蓋をとると、爽やかなミントグリーンに大ぶりのチョコチップが散りばめられていた。わたしはそれを大げさに「美味しい!」と言って食べた。大人用の辛い歯磨き粉も使えるんだよって言いたかったけど、遊びはじめたら忘れてしまった。
ふゆちゃんの家は時々お母さんがいて、お父さんはいつもいなかった。いるにはいるらしいけど見たことがなかった。運動会や授業参観にも来ないし、遊びに行っても家にいたことがない。クラスの女の子が「それ、ベッキョっていうんだよ。ふゆちゃん家、お母さんとお父さんが仲良くないのかもね」と言っていて、わたしはその子の大人びた口ぶりに「ふうん」と相槌を打った。
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