第5話 日本語

 翌日。


「う……うぅぅ……」


 貴子は、ベッドで苦しんでいた。


「の、飲み過ぎた……」


 二日酔いだった。


 昨日、ダニェルや女性たちを助けたあとのこと。

 貴子は、みんなの村に招待される流れとなった。


 その道中で、貴子はさきほどの状況の説明を求め、みんなからの一生懸命な身振り手振りつきの説明を受けて、村に野盗がやってきて攫われたようだ、ということがわかった。


 「野盗がいるなんて、ここどこだ?」と貴子がその日何度目になるかわからない疑問を頭に浮かべていると、木の柵に囲われた小規模の村が見えてきて、女性たちはそちらへ駆け出し、その姿に気づいた村人たちも女性たちに駆け寄って出迎え、お互いに涙を流して無事を喜び抱擁と口づけを交わした。

 その中に、なぜか働き盛りの男はいなかった。


 出迎えた人々が、どうして解放されたのかを女性たちに尋ねると、彼女らは、貴子が魔女で自分たちを助けてくれたことを感動の表情で説明した。


 村人は、魔女という部分は信じなかったが、何らかの方法でみんなを助けてくれたことは女性たちがここにいるので間違いないだろうということで、ハグと口づけで貴子に感謝をあらわし、歓迎の宴を開いてくれた。


 その席で貴子は、みんなと身振り手振りで会話をして、村人がテレビや電話などの常識的なものや、有名な国名などをまったく知らないということで、自分は未知の世界に来たようだと気づいた。


 貴子は、ここが異世界であることに驚き、どうしてここに来たのか気になったが、酒がだいぶ回っていたので腹を抱えて笑っていた。


 そして、酒をしこたま飲んだ貴子は酔い潰れて、ダニェルの家に運ばれて、眠りこけて、今起きたところだった。


 ここは、ダニェルと、昨日ダニェルがとくに心配していた金髪の美女ハァラの住む家だった。


「ダニエル~? ハァラさ〜ん?」


 貴子は、ベッドから起き上がり、ハァラが用意してくれたサンダルを履き、部屋の間仕切りをしている布を開けた。


 そこは、簡素な食器棚、レンガのかまど、木のテーブルと椅子などがあるキッチン&リビングだった。

 ダニェルとハァラの姿はない。


「喉渇いた……」


 水を飲みたいが水道はない。

 おそらく、土壁のそばにいくつかある、大きなかめの中のどれかに入ってると思うが、木蓋があって中は見れない。

 他人の家を勝手に物色するのは気が引ける。


 ということで、貴子は、魔女ローブととんがり帽子を身につけ、金属バットを持ち、水を求めて外に出た。


「うおっ」


 陽の眩しさに貴子の目が一瞬くらんだ。

 太陽は、中天にまで昇っていた。

 今は、もう昼だった。


 暖かく乾いた過ごしやすい空気の中、貴子が水を探して辺りを見回す。


 日干しレンガや石を組み上げて造られた平屋の家、麦藁の屋根、未舗装で地面がガタガタの道、電柱が立っておらず機械的な音はまったく聞こえてこない村内。

 日本と比べると文明はかなり古い。


「異世界ねぇ……」


 喉の渇きをしばし忘れ、貴子がしみじみつぶやいていると、村の中心付近に集まっている村人たちの姿が見えた。


 女は、ワンピースタイプの服装。

 男は、チュニックタイプの服装で、腰に帯を締めている。

 全員、足下は、裸足かサンダル履き。


 みんなが集まっている場所には井戸があり、中から水を汲み上げて地面に置いてある桶に水を移し、待っていた人が桶をどこかへ持って行くという作業を繰り返していた。


「あ、水だ。でも、何してるんだろ?」


 貴子が歩いてそちらへ向かい、


「おはよー」


 声をかけると、


「タァグ オォフィン、タカコ」


「ゼィス シウ ナナァジュ フォウ、タカコ?」


 などとみんなが笑顔で貴子を迎えてくれた。

 やっぱ何言ってるかわかんないなぁ、と貴子が思っていると、


「こんばんわ、タカコ!」


 日本語での夜の挨拶が返ってきた。


「お?」


 貴子が声のしたほうを見る。


 そこには、金髪ボブカットで身長は貴子の肩くらい、十歳かそこらの美少女のような美少年ダニェルがいた。

 ダニェルが笑顔で貴子のもとへと駆けてきて、


「元気ですか?」


 大きなアーモンドアイで貴子を見上げ、もひとつ日本語を披露した。


「おお〜、すごいすごい」


 ビックリな貴子。


「そういや昨日、あれこれ私に聞いてきてたっけか」


 ダニェルは昨晩、貴子からたくさんの日本語を聞き出し、いくつかの言葉を覚えたのだった。


「男、女、空、土」


 ダニェルがおじいさんや女性、上下を指でさし、覚えた日本語を口にする。

 ちなみに、村にいる男性は、お年寄りか子供だけである。

 どうしてかは不明。


「合ってる、合ってるよダニエル」


 貴子が微笑み、正解の意味を込めてダニェルの頭をなでた。


「ムフー」


 ダニェルが胸を張ってドヤ顔を見せた。


「んで、ダニエル。みんな何してるの?」


 貴子は、額に汗して井戸水を汲み上げ、桶に注がれた水をどこかへ持って行く人たちを目で追った。


 ダニェルは、質問を理解したのか一度頷き、貴子に、


「野盗」


 と言ってから井戸の中へ何かを投げ入れるゼスチャーを見せ、


「水、ングングング」


 井戸の水を飲むゼスチャーを見せ、


「お腹、ウ~~~」


 腹を押さえて苦しむゼスチャーを見せた。


「ああ、昨日の野盗が井戸に変なモン入れたのか」


 それで、井戸水を飲むとお腹が痛くなるから、水が綺麗になるまでみんなで汚れた水を汲んでどこかに捨てに行く、という作業を繰り返してるわけだ。

 貴子は、状況を把握して、


「酷いことするなぁ」


 よく見ると薄紫色に濁っている井戸水に眉をひそめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る