記憶をなくしても、君を見つけたい⑥




チャイムを鳴らすと里志が出てきたが、当然のように利基の顔を見ては溜め息をつかれた。 近くに希実の姿は見当たらない。 部屋の奥にいると思うと途端に不安な気持ちが湧いてくる。


「・・・まだ何か用ですか?」

「希実が記憶喪失になった原因。 本当に心当たりはないんだな?」

「ないですよ。 僕の目の前に突然現れたと思ったら急に崩れ落ちたんですから」

「原因は心だと言ったら?」

「・・・心?」

「これ以上希実に負担をかけないでほしい。 希実は俺が預かる」

「ちょっと!」


利基は再び問答無用で部屋へ入ると希実の姿を探した。 特に暴行を受けたような形跡はなく、部屋の隅にちょこんと座っていた。 それに安堵し彼女の手を取った。


「利基くん・・・?」


当たり前のように困惑している希実にどう声をかけようか考えていると、背後から里志が駆け寄ってきた。


「強引過ぎませんか? それに、預かるってどういうことですか? 彼女は僕を選んだんでしょう?」

「希実の気持ちがお前に傾いている以上、俺は横から手を出さない。 でも心を守るくらいはできる」

「一体何の話をしているんですか?」

「このまま希実を実家まで送り届けるんだよ。 俺の隣にいるのは嫌だろうし、お前に預けておくのも不安で仕方がないからな」


そう言うと里志の顔つきが変わった。


「それは聞き捨てならないですね。 僕も希実を貴方に任せるのが不安で仕方ないんですが?」


その言葉にしばらく利基と里志は互いに見合った。


「・・・分かった。 なら二人で希実を実家へと送り届けようじゃないか」

「・・・分かりました。 それなら納得はできます」

「案外すんなり頷いてくれるんだな」

「まぁ、正直なところ僕も途方に暮れていましてね。 彼女の安全が保障されるならそういった選択もありかと思ったんです」

「その前にもう一度希実とこの地域を巡りたい。 いきなり記憶喪失になった娘を差し出しても困惑するだろうから、記憶が戻らないかまずはできるだけ試したい」

「奇遇ですね。 僕もそう思っていました」


―――・・・何か引っかかるんだよな。

―――コイツの言動が。


こうして希実の実家の場所が分かるという里志の運転で三人は移動を開始した。 できるだけ多くの場所へ行き、どれか一つでも希実の記憶に引っかかるものがあればいい。

そんな期待をかけ三時間程車を走らせた。 しかし、彼女は楽しそうにはするが全て初めての反応だった。


「ここら辺だと僕と希実が行ったところは行き尽くしました」

「さっき俺が連れていった場所を含めると俺もだよ」

「希実、何か懐かしいものとかあった?」

「うん?」


相変わらず首を傾げる希実に二人は解決策を見つけられなかった。 希実が後部座席で車の外を楽しそうに眺めている様子は遠出する子供のようだ。


「・・・お前は記憶がなくなった状態のアイツでも愛すことはできるか?」


さり気なく利基は尋ねかける。 元々DV彼氏なのだ。 希実に愛すら感じていないのかもしれない。


―――それでも最初は純粋に愛する気持ちはあったはずだから。


そう思い尋ねると里志は視線を彷徨わせた。


「・・・どうでしょうね。 最初は記憶はすぐに戻るだろうと楽観的に考えていました」


―――・・・それは俺もだ。


「でも実際はそんなに甘くはなかった。 ・・・もし希実の記憶が一切戻らないというのなら、僕には無理かもしれません」

「・・・」

「貴方よりも僕と希実の思い出の方が遥かに多いんですよ? それが全て白紙となった。 希実も辛いだろうけど、僕も相当精神が参っています」


―――・・・まぁ、その気持ちも分かるけどな。


話しているうちに希実の実家へと辿り着いていた。 そこで里志が言う。


「そう言えば、希実の家族構成をご存じですか?」

「いや」

「お母さんが一人なんですよ。 いわゆるシングルマザーの子として育てられたんです」

「へぇ・・・」

「まぁ、深いことは聞かされていないんですけどね。 実際希実のお母さんに会うのは今日が初めてだったりします」


―――母が一人、か・・・。


何故かその言葉が引っかかった。 そうして三人は車から降り希実の実家のチャイムを鳴らした。



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