記憶をなくしても、君を見つけたい②




希実が出ていってから約一時間が経過した頃、片道30分であるためまだ戻ってくることは絶対にないが、そわそわして仕方がなかった。


―――あー、もう・・・。

―――駄目だ、落ち着かねぇ。


簡単に計算して、希実が相手の家に着いて30分が経っていることになる。 話が終わったなら連絡してくるだろうから、まだ話が付いていないということだ。

よくないことになっているのではないかと想像すると不安になる。 それを表すかのように先程から部屋を行ったり来たりしていた。


―――本当は一年で上から数えられるくらい、いい日になるはずだっただろ?

―――なのに、どうしてこんなにイラつくことになってんだよ・・・。


気持ちを落ち着かせようとスマートフォンを手に取った。


―――おぉ、凄ぇ届いているな。


友人からたくさんのメッセージが届いていた。


―――そう言えば昨日からスマホを触っていなかったな。

―――ずっと希実がいたことだし。


届いたメッセージを開いてみた。


“利基ー! 誕生日おめでとうなー!”

“利基おめでとー! 今日は彼女と一緒にデートかー?”


―――・・・彼女と一緒にデート、ねぇ。


“利基、お誕生日おめでとう。 素敵な誕生日を過ごしてね”


どれも同じ大学の友人からである。 祝われて嬉しいはずなのだが、今の利基に祝福を喜ぶ程の余裕はなかった。


―――悪いけど、今は乗り気になれない。

―――こんな状態ではいい返事は書けないから後で返信しないとな・・・。


返信をスルーしようとしたその時だった。 一人の友人から通話が来る。


―――こんな時に電話か・・・。

―――誕生日当日に空気を読まず電話かけてくる奴なんて普通いるかぁ?


そんな悪態をついてはみるが、一人でいても落ち着かないのは確かなため気を紛らわせようと電話に出ることにした。


『利基ー! 今日は誕生日おめでとー』

「おう。 つか、前触れもなしに急に連絡してくるなって」

『あー、悪い悪い。 気を付けようと毎回思っているんだけど忘れるわ。 今、希実さんとデート中だった?』

「・・・」


希実と付き合う一歩手前だということは友人のほとんどが知っている。 一応、二人の関係を応援してくれている状態だ。


―――希実は誠実だから今彼と別れないと俺と付き合いたくないらしい。

―――もう何度も相手を振っているみたいだし、俺たちは付き合っていると言ってもいいだろうけど・・・。

―――それに俺と希実は同じ大学だ。

―――今彼は他の大学らしいからどんな奴なのかも俺は知らない。


希実と今彼は高校時代から付き合っているようだった。 自分の知らない希実を知っていると思うと、少しだけ妬けてしまう。

関係として上手くいっているとは言い難いが、利基よりその彼氏の方が付き合いは長いのだ。


「・・・いや。 今希実はいなくてさ」

『そうなのか? 昨日から泊まりじゃなかった?』

「それを知ってんなら電話は遠慮しろよ」

『はは、確かに・・・。 悪い』

「・・・まぁ、確かに泊まってはいたんだけど今朝というかさっき? 用事があるらしくて出ていったんだよな」

『へぇー。 用事?』

「そう、まぁ、もうすぐ戻ってくるはずだけど」


今彼のもとへ行ったという事情は話さなかった。 というか話せなかった。 それを友人も汲み取ってくれたようだ。


『ふーん、そうか。 利基の誕生日なのに用事を優先とか珍しいな』

「・・・まぁな」

『折角今日二人共、大学を休んだっていうのに』


利基が文句を言ったこともあり、それ以上のことは詮索してこなかった。 それに気持ちとしてはノっていないが、祝ってくれようとしている気持ちは嬉しいのだ。


―――そう、今日は共に講義がある日だ。

―――だけど希実が誕生日は一緒に過ごしたいって言うから互いに休むことにした。

―――真面目な希実が講義を休むなんて珍しくて俺は素直に嬉しかった。

―――だけどそんな希実が今はいないなんて・・・。


チラリと時計を見る。


―――・・・にしても希実はまだ帰ってこないのか?

―――もう一時間半が経つぞ。

―――俺の家から今彼の家まで車で約三十分。

―――・・・やっぱり揉めているのか?


そう考えると心配になった。


「悪い。 ちょっと希実のことが心配だから連絡してみるわ」

『ん? おう、分かった。 いい一日にしろよ』

「ありがとな」


今はもう自分の誕生日だからいい一日にしたいという気持ちは全くなかった。 とにかく希実のことが心配だ。


「希実! 出ろ!!」


電話を繋いでみるも嫌な予感が的中したのか、コール音が途切れない。


「・・・くそッ!!」


帰りの運転中なのかもしれないが、それでもこれだけしつこく電話をすれば車を適当に止め連絡を返してくれると思った。 今から向かってももう遅いのかもしれない。

利基は希実の気持ちを尊重し一人送り出したことを後悔しながら家を飛び出すのだった。



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