ユタの村

「おぉ君はあのモンスター使いの・・・って、ルフを狩ったのか!?凄いな君は。ウッドゴーレムでどうやって空を飛ぶルフを狩ったんだ?」

「スペルを使ったんです」

「ほぉー、大したものだな。モンスター使いであるにもかかわらず、自分の努力も怠らないとはな」


男は村の入り口で衛兵に自分の成果を示している。衛兵に褒められて男も満更ではないようだが、はやく村に入りたいようだ。それもそのはず、今男の手札には兵隊蟻1枚しかなく、またそのモンスターカードも安全に使えるのか分からない状況である。男は赤の地がある洞窟を一瞥する。


(働き蟻1匹に守ってもらうのは怖いけど、とりあえずルピーは確保しないといけない。最悪の場合、安全を加味してこの村で泊まるかもしれない)


「衛兵さん、この村に泊まりたい場合はどの宿に泊まればいいですかね?」

「おっ、それなら日の出亭に行くといい。このまま真っすぐに行って突き当りを右だ。700ルピー位で泊まれるから少し安いぞ。日の出亭の前にはギルドもあるからそこでモンスターを解体してもらうといい」

「何から何までありがとうございます」

「いいって事よ、歓迎するぜ。ようこそユタの村へ」


男は衛兵に言われたとおりに道を進んでいく。道中、村の人間がウッドゴーレムを凝視していた。モンスター使い自体珍しい職業で、ユタの村の様な辺鄙なところに訪れるのはさらに稀であった。ウッドゴーレムが視線に気づきお茶目に手を振っている。対照的に男は数多の視線に慣れていない様子である。地球では男は家からあまり出るような性格ではなく、視線を向けられるのもディープワールド・カードゲームの世界が主であった。


(ダメだな、これにも慣れないと。もうここはディープワールド・カードゲームの世界じゃないんだから)


男は日の出亭とギルドが接している通りにやってくる。ギルド、それはディープワールド・カードゲームの世界にはなかった存在だが、男は数々のVRゲームをこなした影響で、ある程度の役割を把握していた。ギルドは簡素なもので、ユタの村お抱えの冒険者などは存在しない。基本的には依頼が出されると、冒険者は自分に合った依頼を受注して、依頼のクリアと引き換えに依頼人から報酬をもらう。またギルドは様々な村や町に存在するが、ユタの村ではこじんまりとしたもので、モンスターの解体作業員と受付が1人ずついるのみである。男はギルドの基本的なことを受け付けから聞き、すぐにルフの解体をお願いする。


「こりゃ大物だな。解体料として1割貰うが、最低でも1000ルピーはいくな」

「それでいいです、解体お願いします。いつ売れそうですかね?」

「肉の部分はすぐに売れる。片翼はないが、翼も売れたらラッキーだ。ルフの羽は服や装飾品に使われるからな」


男はその答えに満足したようで、少し村を散策してくると言いギルドを後にする。相も変わらず人々からの好奇の目線にさらされる男だが、それにさらされ続けるうちに男もなれ始める。と言うよりもう他人ごとではないという考えを持っているのかもしれない。


(落ち着いた今になって考えると、やっぱりこの世界にいきなり飛ばされたことは腹が立つ。でも今は分からない事だらけだ、この世界の事を理解しないとな)


複雑な表情を浮かべながら男は投影装置を睨みつける。本来なら地球で呑気に暮らしていたはずの男だが、この投影装置のおかげで生き延びられているのも事実だ。ディープワールド・カードゲームでは、自動翻訳機能がついていたので、世界中のプレイヤーと難なく遊ぶことが出来た。そのシステムに則っているのなら、男がユタの村の衛兵と何不自由なく会話出来たのも納得である。


「お兄ちゃん、モンスター使いなの?」

「ん?」


男が考え事をしていると、ふと道の真ん中で声をかけられる。声をかけた方はまだ10代の少女のようで、少したどたどしい口調ながらも、好奇心に負けて話しかけたようだ。もとより珍しい職業だ、この様な村では10年に1度見れたらいい方である。少女の好奇の目にさらされて男は少したじろぐが、少女の母親であろう人が男に申し訳なさそうな顔を向けるのを見て、悪い人ではなさそうだと考えたのか話に応じる。


「そうだよ、俺はモンスター使いだ。森狼も狩れればルフも狩れるよ」

「お兄ちゃんすごい!」

「こらトゥグリ、あんまり好奇の目を表に出すのはやめなさい」

「いえいえ、お気になさらず」


少女、もといトゥグリの母親が軽はずみな行動をしたトゥグリに注意する。男は気にしていないようだが、地球の平凡な暮らしに慣れていた男には、いや都会の暮らしに慣れていた男には母親の言葉の真意は汲み取れなかった。


「お兄さん、すみません。ユタの村は御覧の通り小さい村ですから、この村独自のコミュニティーが出来ています。ただでさえ冒険者自体珍しいのにモンスター使いともなれば好奇の目にさらされ続けて、そのまま浮く可能性がありますから」

「あー、そういうものなんですか。でも今のところはウッドゴーレムが目立っているだけで騒ぎなどは起こしていないので」


この世界にいきなり連れて来られて右も左も分からぬうちに最初に見つけた村である。もし悪目立ちでもしようものなら男はこの先生きていく事など不可能だろう。手札は兵隊蟻のみだし、サバイバル技術の1つも男は持ち合わせていなかった。


(これが閉鎖空間か。住めば都なんだろうけど・・・)


思わぬところで男はユタの村で生きていくうえでのマナーを学んだ。地球で暮らしている内にはおそらく気付かなかったであろう他人との繋がり。衛兵やギルドの職員にちゃんと挨拶を交わして心底良かったと男は安堵する。


「冒険者自体珍しいなら村人はどうやって暮らしているんですか?周囲には魔物もいて危険そうですけど」

「農業をするか、ユタの村の特産品を加工するか、後は村の守衛ですかね。モンスターは守衛の方々が倒してくれるんです。あ、そうだ。ここで会ったのも何かの縁です。私はユタの村の特産品の樹木で木工品を作っているんです。草原に木が生えているなんて珍しいでしょう?」


そう言ってトゥグリの母親は綺麗な木目が特徴の小さな箱を取り出す。手作りの良さが光っており、価値が高いものだと一般人の男ですらわかる代物だ。因みにトゥグリは先ほどからつまらないといった風で男と母親から離れて、ウッドゴーレムを凝視している。


「トゥグリはいつかこの村を出て、王都で木工品を売りたいって言ってたわね」

「うん母さん、ユタの村の特産品を王都で売って、いっぱいルピーを稼ぐんだ」

「へぇー、いい夢ですね。因みに王都って遠いんですか?」

「あれ?冒険者の方は王都の方から来られたのでは?」

「あっ、えっと。実は辺鄙なところというか秘境からやってきまして・・・」

「あら、ユタの村より田舎となると相当ですね」


男は咄嗟に嘘をつく。出来る限り目立たないようにするべきだと習ったからだ。誤魔化しながら袖を伸ばして投影装置も隠すようにする。だがお陰様で何とか怪しまれずに済んだようだ。トゥグリの母親は続ける。


「王都までは3日くらいかかるわ、冒険者なら護衛役を引き受けて少し安くしてくれるかもしれないけど、基本的には乗合馬車で1200ルピーくらいが相場かしら。勿論食事は各自で、ね」

「えっ」


その言葉に男は凍り付く。一応王都までの値段を知るには知ったが、余りにも現実が無情であったから。男は悲しそうな声でトゥグリとその母親に現実を知らせる。


「全財産500ルピー・・・」

「・・・」

「・・・」


男の絞り出すような声に、哀しい沈黙が場を支配する。トゥグリとその母親が男に憐みの目を向ける。一流の冒険者であれば巨万の富を築くことも不可能ではないが、男はどうやら駆け出しだと2人は認識する。幸か不幸かそのことは強ち間違っておらず、駆け出しどころか地球のぬるま湯に浸っていた一般人に他ならないのだが、おかげで男は怪しまれずに済む。その代わりといっては何だが、男は惨めな気持ちになる。


「じゃ、じゃあねお兄さん、もう行かなくっちゃ」

「バイバーイ」


何事も無かったかのように2人が去っていき、その後姿を無気力にただ茫然と男が眺めていた。

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