第2話:探索

 完全な他人である自分を家に招き入れる状況を作り出すのはかなり困難である。

 かといって藤堂のように忍び込むのは、高い鉄柵に囲まれた高坂家に対しては他人の目を完全にかいくぐると言う点で成功率は低い。

 だが、その点において僕の計画は完璧だった。そもそも高坂家をターゲットに決めたのは、僕自身が高坂家の懇意とする電気屋で働いていたからなのだ。

 街の電気屋と言うこぢんまりとした店ながらも、歴史が長いため近隣住民からの信頼は厚い。僕は大学に通いながらも精力的に働く姿勢が評価され、今では訪問修理やエアコンの設置などは一人で任されることもある。顧客のリストから大邸宅として有名であった高坂家の存在を知ってもいた。

 つまり、夜のうちにエアコンの室外機を破壊し、翌日にでも電気屋を呼んでさえくれれば侵入はいとも簡単に行うことが出来る。

 

 *

 

 土曜日の朝、予想した通り僕の働く電気屋に緊急修理の依頼が入った。

 前日の夜に室外機をボウガンで破壊した。住宅街で邸宅への侵入が難しくとも、鉄柵越しにボウガンを撃つこと自体は充分に警戒していれば困難ではない。矢に紐を巻き付け撃った矢を回収したおかげか、故障と勘違いして貰うことも出来た。

 高坂家の敷地に足を運んだ僕は、鉄柵内へと足を踏み入れた。

 僕を出迎えた年配の女性は清長と名乗り、邸宅内を案内してくれた。

 中世を舞台にした映画で見るような内装の邸宅は、玄関を中心に両翼に展開しており、玄関の向かいには二階へと続く大階段がある。外観から想像するに恐らく二階も同じ構造のはずだ。

 概ねの部屋の配置を藤堂から聞いていた僕は、かつて幸雄の部屋として使われていた、現在は書斎となっている部屋の室外機を破壊していたため、すんなりと書斎と案内された。

 書斎は人が住む家としては天井が驚くほど高く、どのような形で幸雄の首吊り死体が発見されたのか疑問に思うほどだった。不思議なことに部屋の入口はドア枠ごと綺麗に取り払われており、ずいぶんと開放的な書斎となっている。

書棚は人の背丈二つ分はあろうかと言うものが壁一面に並んでいる。脚立なしでは最上段の本は取ることも出来ないだろう。

 窓は入り口以外の三面全てに存在したが、外から想像していたよりも随分大きかった。余程手入れが行き届いていない限り、軋むような大きな音と重さで外にへばりついた人間が簡単に動かせるものとは思えない。

 清長は用心深い性格なのか片時も僕から目を離そうとはしなかったが、聞いていたよりも人当たりは良く、脚立に乗りエアコンを点検するフリをする僕の世間話には積極的に付き合ってくれる。

「この辺りは立派な邸宅も多いですし、僕もいろいろとお邪魔させていただきましたけど、高坂家は特に凄いですね」

「そうですね、先代の幸雄さんが若くに病気で亡くなった奥様のために建てた家なので、歴史はそれほどないですけど」

「ただ、これだけ立派な書斎なのにドアがないのは少々不用心ではないでしょうか」

「元々はドアがあったのですが、幸雄さんが亡くなられた後、ドアが閉まることを嫌がった和毅さんが警察の捜査が終わってすぐに撤去させました」

 僕はその話に違和感を覚えたが、顔には出さずに作業を続けるフリをする。壊れているのは室外機だ。ここをいくら点検しようが無駄なのだが、清長の監視があるため手は止められない。

 書斎に侵入した目的は犯行現場の観察のほかに、清長がスケジュール帳をこの部屋に保管していると言う藤堂の情報がきっかけでもあった。彼女はなぜか保管場所まで正確に把握していたため目途はついているものの、清長の監視があっては手を出せない。

 しかし、しばらくの世間話が功を奏したのか、清長はコーヒーを淹れると言い一階へと降りて行った。

 大きな音をたてないように脚立を飛び降りると、かつては幸雄のものだったと思われる机の引き出しを開け、スケジュール帳と思わしきノートを取り出す。

 かつては幸雄が自身の行動を思いだしたいと言う理由で清長につけさせたスケジュール帳だったらしいのだが、予定だけでなくその予定が実際にどの時間まで行われていたのかまで記帳されていた。清長の几帳面な性格が反映されている。

 目的の日付付近を手当たり次第にスマートフォンで写真を撮る。その際、気になって今年のスケジュール帳をペラペラとめくってみたが、藤堂が侵入したと思われる記載は無かった。顔を見られたと語っていたのは清長にでは無かったのだろうか。

 階段を登る音が聞こえ、あわててスケジュール帳をもとに戻す。清長が部屋に入ってくると同時に脚立を降りたように見せ、彼女の淹れたコーヒーを一気に飲み干した僕は室外機をチェックすると話した。

 他の部屋のドアは全て木目調で重厚さを感じさせる。一切の隙間を残さずきっちりと閉まっており、おそらく同タイプのドアであっただろう書斎は鍵をドアの下から通すと言う小細工は出来ず、ドアの一部を破壊しなければサムターン回しと言う鍵を不正に開け閉めする技も出来ない構造だ。ピッキングの線は残るが、急いで幸雄を排除しなければいけなかった犯人にとって高度な技術を習得するいとまは無かったのではないだろうか。もちろん元から出来たのなら話は別だが。

 邸宅の外で室外機を確認した僕は、室外機の交換が必要であることを清長に言うと、彼女はそれを家人に伝えることもなく了承した。概ねの目的は達成していた僕は午後に室外機を取り替え、高坂家の捜索を完了した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る