第26話 成果を示せ①

 ウィニングは九歳になった。

 しかし、いわゆるお誕生日会のようなものはない。


 どうやらこの世界では毎年誕生日を祝うような習慣はなく、五歳ごとに祝うらしい。つまりウィニングの次のお誕生日会は十歳になった時だ。


 とはいえ、イベントがなくても感慨深さはある。


(もう九歳か……時が経つのは早いなぁ)


 すっかり異世界にも慣れた。

 食事や言語、そして魔法など、前世との違いは多々あったが、今ではそれらの文化にも馴染んでいる。


(さて……先生の訓練までまだ時間はあるし、もう十周くらいしようかな)


 時刻は午前八時。家の庭にて。

 普段、マリベルの訓練は午前九時から始まるまで、あと一時間の暇がある。

 既に領内を適当に走り回っていたウィニングだが、もう少しだけ走ろうと思った。


「ウィニング様」


 背後から声を掛けられる。

 振り向けば、そこにはマリベルがいた。


「マリベル先生? いつもより早いですね」


「ええ。大事が用事がありますので」


 マリベルは、いつもより真剣な面持ちでウィニングに告げた。


「ウィニング様、今日の訓練はお休みです」


「え、そうなんですか?」


「はい。今日は試験を行います」


 試験? とウィニングは首を傾げる。


「ついて来てください」


 そう言ってマリベルは、いつも訓練を行っている森へと向かった。

 木々の間から、朝の肌寒い風が吹き抜ける。

 森の中の開けた場所に到着すると、ウィニングは目を丸くした。


「これは……」


 そこには沢山の人が集まっていた。

 父フィンド、母メティ、弟レイン、妹ホルン、それに一緒に主従訓練を受けていたロウレンとシャリィ、更にシーザリオン家の当主とファレノプシス家の当主もいる。


「ウィニング。これからお前には、試験を受けてもらう」


 父フィンドが、ウィニングに言った。


「この試験に合格したら、お前の自由を許す」


「自由……?」


「貴族の生き方から解放するということだ」


 その意味を、ウィニングはすぐに理解した。

 コントレイル子爵家の長男として生まれたウィニングは、貴族としての様々な義務を背負っている。

 その義務から、解放されるということだ。


「ただし不合格だった場合、私は明日からお前を次期領主として育てる。マリベル殿の訓練も終わり、お前には領地を経営するための術をひたすら学んでもらう」


 フィンドの説明を聞いて、ウィニングはマリベルの方を見た。


「マリベル先生は、最初からこのつもりで……?」


「……ええ。二年前から予定していました。ロウレンさんとシャリィさんにも、半年前に伝えています」


 半年前――ウィニングが、領主になる気はないと打ち明けた時だ。

 あの段階で、マリベルはロウレンたちにもこの試験の存在を伝えたらしい。


 なるほど、とウィニングは納得した。

 どうりでこの二年間、フィンドからの干渉が少なかったわけだ。今まではもっと貴族らしく振る舞うよう注意されていたが、二年前を境にフィンドはウィニングの成長に口出ししなくなった。


「分かりました。――その試験、受けます」


 ウィニングは頷いた。


「では、最初の試験だ」


 フィンドが隣にいる赤髪の男へ目配せする。

 すると、赤髪の男が前に出た。


「ウィニング様、お初にお目にかかります。私はシーザリオン家の当主、ライルズ=シーザリオンです」


 赤髪の男――ライルズは礼儀正しく頭を下げる。


「愚息ロウレンがお世話になりました」


「あ、いえ。こちらこそロウレンにはお世話になっています」


 貴族だから大人に頭を下げられることは少なくないが、未だに慣れない。

 ぎこちなく返事をしたウィニング対し、ライルズは鞘の剣に手を添えた。


「最初の試験は……私を倒すことです」


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