第6話 子どもたちの不審な動き

「ドロシー、何か雨降りそうなんで俺、そろそろあいつら見て来るっす。ついでに家まで送ってくるっす」

「分かった。気を付けてね、オリバー」

「っす」


 オリバーはそう言って玄関まで見送ってくれたドロシーの肩に着ていたジャケットをかけて頬にキスして傘を三本持った。ついでにドロシーの腕に抱かれているサシャのおでこにもキスをする。


 サシャはドロシーによく似たそれはそれは可愛い赤ちゃんで、オリバーが抱いていると大抵警ら隊に呼び止められて、本当にオリバーの子供かどうかを確かめられてしまう。


 オリバーにあまりにも似て無さすぎて完全に誘拐犯扱いされているようだ。そしてその度にドロシーがやってきて警ら隊に抗議してくれるのだが、最近ではそんなドロシーの行動が嬉しくてわざと警ら隊の前をサシャを抱いて歩く悪いオリバーである。


 オリバーは家から少し下った所にある小屋に行くと、ドアを三度ノックした。すると、中からアミナスの元気な声が聞こえてくる。


「アミナス、そろそろ雨が降りそうなんでそろそろ今日は解散っすよ」

「はぁ~い! そんな訳だから皆、また明日ここで!」

「分かった。じゃあまた明日な!」

「ちょ、明日もここに来るんすか!? ていうか、皆ってアミナスとノエルと双子だけじゃないんっすか!? 今ライアンの声した気がするんすけど!?」


 それを聞いてオリバーはギョッとしてドアを開けると、そこにはもう誰も居ない。その代わりに何故かラーメンの袋と妖精手帳の切れ端、そして恐らく動物の物と思われる黒い毛が落ちている。


「……これは報告案件っすかね」


 オリバーは空になったラーメンの袋を片付けて妖精手帳の切れ端を拾い上げると、大きなため息を落としながらスマホを取り出した。

 


「キリ、アミナス達が異様に静かなんだけど」


 ノアは書いていた書類から顔を上げて言った。


「言われてみればそうですね……お嬢様は今日は隣町の肉祭りに行ってますし、もしかしてついて行ったとか」

「いや、それはない。アミナスもノエルも笑顔でアリスを見送ってたし――」


 そこまで言ってノアは思わず立ち上がった。


 そうだ。ノエルもアミナスも機嫌良くアリスを見送ったのだ。どうして早く気付かなかったのか! そんな事は、絶対にありえない!


 どうやらキリも同じ事に気付いたようで、急いでスマホを取り出してレオに電話をしようとしたその時、ノアのスマホが鳴った。


「オリバーだ……」

「モブさん? 何故」

「分かんない。はいはい? オリバーどうしたの? 珍しい」

『あ、ノアっすか? 黙ってろって言われてたんすけど、どうも嫌な予感がするんで伝えとくっす。お宅の娘と息子とキリんとこの双子、あとルイスのとこのライアンがコソコソ集まって何かやってんすよ。心当たりないっすか?』

「正に今その話してたとこだよ! オリバーんとこに居るの!?」

『いや、厳密にはうちじゃないっす。納屋貸してくれてって朝に来たんすよ。で、絶対に父さま達には秘密ね! って言うから、てっきりサプライズパーティーか何か企んでんのかと思ったんすけど……な~んか変なんすよ』

「変?」

『っす。妖精手帳の切れ端が落ちてたんすよ。ノア、子供に妖精手帳渡してます?』

「いいや、渡してないよ。絶対変な事に使いそうだし」


 ノエルはともかくアミナスの事は一切信用していないノアである。言い切ったノアの言葉にキリも隣で頷いている。


『っすよね。あと、何かの動物の黒い毛も落ちてたんすけど』

「黒い動物の毛? クロか! やっぱりあの猫何かあるな……オリバー、教えてくれてありがとう。とりあえずこの事はアミナス達には黙っとくよ。ついでにもしアミナス達がまたそこに行ったら、悪いんだけどどっかにスマホ繋いで忍ばせといてくれる?」

『あんた、自分の子供達盗聴する気っすか?』

「ちょっと思う所があってさ。お願いね、頼んだよ」

『……っす』


 相変わらず容赦のないノアにオリバーはため息を落としてスマホを切った。妖精王は居なくなるし、子供達は不審な動きをしてるし、一体何がどうなっているというのか。とりあえず面倒事を避けたいオリバーは、ノアの言う通りにする事にした。


 一方ノアは腕を組んでニコニコしながらペンをクルクル回しながら言う。


「馬鹿だなぁ。僕達に隠し事出来るって本気で思ってるのかな、あの子達」

「……少なくともノエルとレオとカイは思ってませんよ。アミナスは……思ってるでしょうが」

「うん、僕もそう思う。ノエルとレオとカイが居るから大丈夫だとは思うけど、本当に少しもじっとしてられないんだから」

「そりゃ仕方ないです。何せノア様とお嬢様の子ですから。分かってた事です。ハンナなんて、アミナスが生まれてから一気に痩せましたしね」

「若返ったよね……あれはもう魔女だよ」


 何故か年々若返るハンナの顔を思い浮かべて苦笑いを浮かべたノア。そこへ隣町に肉を買い漁りに行っていたアリスとミアが帰ってきた。


 ホールからウキウキした様子のアリスとミアの会話が聞こえて来る。


「いや~大量大量! ミアさん、これはもう今日はすき焼きじゃない⁉」

「いいですね! あ! その前にうちの分、冷凍してきていいですか?」

「もちだよ! じゃあ私、先に準備しとくね!」

「はい、お願いします!」


 その声を聞いてノアは仕事の書類を片付けて立ち上がった。


「アリス達が帰ってきたみたいだ。キリ、今日はもう上がっていいよ」

「はい。では俺はお嬢様を手伝います。ミアさんが厨房に立つとありとあらゆる物が膨らんでしまうので」

「ははは! うん、そうして。僕はちょっと皆にメッセージ送るよ」

「分かりました」

 


 翌日、親達はバセット家に集まってノアのスマホから聞こえてくる子供達の会話に聞き耳を立てていた。


『昨日はどこまで話したか。そうだ、あいつが我の魔力を封印したのだ! だから我はなけなしの力で猫の形を取ってすんでの所で逃げたんだ。これは一大事だぞ! おい、お前達聞いているのか⁉ ラーメンなど食べている場合ではないのだ! あ、こらアミナス! それは我の味噌ラーメンだぞ!』

「……妖精王……発見」


 向こうに聞こえないようにカインがポツリと呟くと、仲間たちは皆真顔で頷く。


『でも、どうして父さま達には内緒なんですか? 母さまに言ったらすぐにやっつけてくれると思うけど……』

『うむ。ノエルよ、良い質問だ。我とてそうしたいのは山々なんだがな……あの男はアリス達を知っている。それが非常にマズイのだ』

『どういう意味だ? 父さんたちの顔見知りという事か?』

『ライアンの言う通りだよ。僕も聞きたいな。ねぇ爺ちゃん、父さんと母さんがすっごい心配してんの。母さんなんて体調ずっと崩してんだよ。せめて手紙の一つでも書いてやれない?』

『フィルが……そうか……しかし、今伝える訳にはいかんのだ。孫よ、許せ』

『はぁ。まぁいいよ、とりあえず何で親には言っちゃ駄目なの』

『あいつの魔力はほぼ我と互角だ。何でも出来る。ただ一つ我と違うのは、我は何も持たずともこの世界の全ての者を過去も含めて追う事が出来るが、あいつにはもうそれが出来ない。知っている者を追う事しか出来ぬのだ』

『それが父さま達に言えない理由? 追うって具体的にはどういう意味ですか?』

「ノエル! 流石!」


 聞きたい事をしっかり聞いてくれるノエルにノアは思わず顔を綻ばせる。


『追うは追うだ。どこに居ても何をしていてもその行動を追う事が出来ると言う事だ。その者がそれまで何をしてきたかも全て知る事が出来る。もしも我の居所がアリス達にバレてあいつにそれを知られたら、我は今度こそ殺されるだろう。そしてこの世界は……終わる』

「!」


 それを聞いてアリスはハッと顔を上げた。視線の先ではキャロラインが拳を震わせて青ざめている。

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