第2話 かっこいいとは…

「堀さん、運転席乗ってみなよ」

 ほぼ弊社の荷物専門の運送会社の事務所が倉庫の建物内にありました。

 僕は日に数度そちらに行き、打ち合わせや帳票を渡したり、もらったりしてました。


 トラックの運行管理をしている吉田さんが僕に言いました。

「あれ、乗ってみていいっすよ」

 前に一度運転席に座らせてってお願いしていたのを覚えていてくれたのですね。

「いいの…? うれしいな…」

 僕は人生で初めて10tトラックの運転席に座りました。


 高い…。

 見晴らしがいい…。

 思ったより高いですよ、本当に。

 2階と言ったら変だけど、観光バスや路面バスの座席から前方を見た感じより、明らかに高いです。


「高いね~、思ったよりずっと高い…」

 嬉しくて自然に笑顔になった僕は吉田さんに感想を言いました。

「そうっしょ…」

 他のドライバーさんも僕を笑いながら見ている。


「堀さん、見晴らしがいいし、ずっと前のほうも見えるから、一般車よりは疲れにくいんっすよ…」

「へぇ~そうなんだ…」

 うれしいな…。


「あのさ…、前から気になってたんだけどね…」

 シフトレバーを握ってみる。

 やっぱりね、すっごく長くて水中花の飾りがついているレバーだ。

「シフトレバーさ、なんで長くするのかな…」

 またみんな笑っている。


「あまりそうゆうのは使わないで、とは言っているんですがね…」

 吉田さん、頭をかきながら応えた。

「でもさ、長いといいことあるんでしょ…」

 長い…、僕はその水中花のかざりの部分を横から左手でにぎりながら訊いた。

 シフトレバーの最上部は僕が小柄とはいえ、肘の上まであってにぎりにくかったから。

「てこの原理というんですかね…、長いとギアいれやすいんっすよね…」

「へぇ~」

 ここでギアいれるわけにはいかないしね。

 だいたいにして僕は大型の免許はもってないから。

「でもね、堀さん、入れやすい分、加減しないので、ギアボックス壊すやついますから…」

「へぇ~」

 勉強になるね。

 10t車の運転席に乗るなんて貴重な体験、ここでしかできないね。


***** 


「大型車用のカーナビってあるのかな…」

 ある日の昼下がり、荷積みしているトラックの横で指示している吉田さんに、ふと思い訊いてみた。

 大型車が通れない道を避けるとか、そんな設定のカーナビがあるのかな…、そんなことも思ったんです。


「どうなんでしょうね、あるかもしれませんね…」

 あまり関心がなさそうだ、なんでだろう。


「みんなのトラックにつけてないの…?」

「個人的につけているやつもいますがね…」

 あいかわらずの関心のなさだ。


「そうなんだ…、みんなつけているんだと思ってた…」

「自分はつけないですね…」

「そうなの…」

 吉田さん、僕をチラリと見て、またトラックというか、その先の空を見た感じだった。


「堀さん、うちらの稼業でカーナビつけてないと走れないってのは、そこで終わりっすよ…」


 かっこいい。

 プロってすごい。

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