第46話
小さく折りたたんでいたルーズリーフをポケットから取り出して、壁にもたれ掛かりながら彼女と眺めていた。
リアが作曲した曲のイメージに合う様に連ねた言葉を一通り眺めた後、そっと彼女が口を開く。
文字が言葉になって、リズムに乗ることで歌へと生まれ変わる。
繊細で綺麗なリアの歌声に酔いしれてしまうのだ。
「……やっぱり、雅って歌上手だね」
褒め言葉を口にしたというのに、リアがムッとしたように頬を膨らませてしまう。
その顔も可愛いけれど、なぜ彼女が怒っているのかは分からなかった。
「…なつめちゃんってさ、いつまで私のこと名字で呼ぶの…」
「え……」
「雅、雅って…一生を共にすることを誓った相手のこと、まだ苗字で呼び続けるつもり?」
「でも、なんか…は、恥ずかしいし……」
一年半もの間「雅」と呼んでいたせいで、今更名前を呼ぶのが恥ずかしく感じてしまうのだ。
うろうろと目線を彷徨わせていれば、リアは嬉しそうに口角を上げていた。
「本当、なつめちゃんって初心だね」
「……しょうがないじゃん」
経験ないんだから、と小声で言えば優しく抱きしめられる。
昔だったら揶揄われると決め込んで、こんな風に素直に気持ちを露わにすることが出来なかった。
リアと時間を重ねていくうちに、互いの心はどんどん信頼しあっているのかもしれない。
「……クラスメイトの名前は呼ぶくせに、私の名前は呼んでくれないの?」
寂しそうな声色に、ジクジクと良心が痛み始める。
彼女が悲しむくらいならばと、腹を括ってしまうのだ。
「分かったよ…ねえ、リア」
「なに?」
「指輪でも買いに行く?」
「へ…?」
「一生、共にするんでしょ?」
コクコクと頷く姿が小動物のようで、ついクスリと笑みを浮かべてしまう。
自分の中にこんな積極性があったことに驚きながら、お揃いの指輪に胸を弾ませてしまうのだ。
ショッピングモール内に入っているアクセサリーショップは、普段使いするには値段が高いため一度も立ち入ったことはなかった。
ショーケースに並べられたリングを、リアと共に眺める。
制服姿で店内にいるのはなつめたちだけで、側から見たら冷やかしのように思えるのだろうか。
「どれにする?」
「シルバーが良い。あとあんまり派手すぎないやつ」
「これとかは?」
これ、とリアが指差したのは小粒のキュービックジルコニアが沢山ついてるデザイン。
色味もシルバーで、派手さはあるが控えめなデザインで可愛らしいのだ。
「可愛い……」
「お客様、こちらお試しされますか?」
「お願いします。9号でいいよね?」
指のサイズなんて測ったことがないため、平均である9号を試して見るが、僅かにキツさがあって、恐らく一番下までは入らないだろう。
「私これで丁度いいかも」
「リア、指細いね…すみません、これの一つ上のサイズって…」
「申し訳ございません、シルバーは売り切れておりまして…ピンクゴールドかゴールドでしたらあるのですが……」
「じゃあピンクゴールドで」
「ちょっと、待ってよ」
一件落着とホッとしていれば、リアが納得いかない様子で横槍を入れてくる。
信じられないと言わんばかりに、軽く睨みつけてくるのだ。
「なに」
「お揃いにするんでしょ?」
「無いなら仕方ないじゃん。色が一緒ならそれで……」
「もういい。すみません、私もピンクゴールドで」
どうして色味までお揃いにする必要があるのか分からないまま、お会計後に受け取った商品を手に近くの公園までやって来ていた。
既に日が沈んでおり、ライトアップされた景色は何ともロマンチックだ。
並んでベンチに腰掛けながら、両手で紙袋を渡す。
お互いの指輪を購入したため、ここで交換しようと提案されたのだ。
「……こういうのは指輪交換が普通でしょ?」
ため息を吐いた後、リアが紙袋からリングケースを取り出す。
ピンクゴールドの指輪を右手に持ってから、そっとなつめの左手の薬指に通してくれた。
値段にしたら1万円ほど。
決して高級なものでは無いけれど、とても綺麗で宝物のように思えてしまう。
黒色の紙袋からリングケースを取り出して、同じように彼女の薬指に指輪を通した。
「……これじゃ、結婚みたい」
自分で言っておいて、恥ずかしさで頬を赤らめてしまう。
お揃いの指輪なんて何処の指でも良かったはずなのに、お互い疑問もなく左手の薬指にリングを送り合ったのだ。
「……これからずっと一緒にいるんだから、似たようなものじゃない?」
そんなことを平然といってのけるのだから、やはりリアの方が一枚上手だ。
だけど良く見たら彼女の耳も僅かに赤く染まっていて、恥ずかしいのはなつめだけじゃない。
結婚をするわけではない、ましてや付き合ってもいない相手との指輪交換。
側から見たら不思議な関係かもしれないけれど、リアのことが愛おしくて仕方ないのだ。
一生を共にすることを誓った相手との約束の指輪を、何度も右手の人差し指でなぞってしまう。
これからどんな未来が待っていようとも、彼女がそばにいれば前を向いて生きていけるような気がした。
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