第18話
すっかり形の変わってしまったタブレットを操作しながら、時代の移ろいを感じる。
最後にカラオケに来たのは2年ほど前だが、機会は最新型へと進化して、馴染みのある形ではなくなっていた。
注文したミルクティーをストローで飲み込みながら、タブレットを操作する。
カラオケの室内は随分狭く、一歩近づくだけでリアと肩をくっつけてしまいそうだった。
「王子って何歌うの?」
「ラブミルとか…」
応援している女優、五十鈴南がかつて所属していたアイドルグループの名前を挙げて、すぐに後悔する。
可愛らしいアイドルソングをメインに活動していたグループで、歌詞がかなり女の子らしいこともあって、一部の女性からは反感を買いやすいのだ。
かつて散々浴びせられた罵倒を思い出して、どうにか訂正しようとするが、リアはそんなことで怒るような女性ではなかった。
こちらの予想に反して、「じゃあそれ歌いなよ」と言ってのけたのだ。
「……いいの?」
「はい、マイク」
ラブミルのデビューソングを予約すれば、すぐに伴奏が流れ始める。
両手でマイクを持ちながら、久しぶりに歌を歌っていた。
リアのように上手ではないけど、歌うことは嫌いではない。
放課後にカラオケに寄り道するなんて、まるで高校生活をエンジョイしている女子高生のようだ。
「声可愛いじゃん」
歌い終えてから掛けられた言葉に、ビクッと肩を跳ねさせる。
普段は本来の声より低めに喋っているが、無意識のうちに地声で歌っていたのだろう。
意識して声を低くしているが、本来なつめの声はもう少し高めだ。
「……早く、雅も歌ってよ」
タブレットを渡せば、リアが手際良く操作し始める。
彼女が選曲したのは、以前なつめが歌ってと頼んだことがある女性シンガーのドラマ主題歌だった。
黙り込んで、じっと彼女の歌に耳を傾ける。
相変わらず上手で、聞き惚れてしまいそうになる。
ずっと聴いていたいと心から思ってしまうほど、雅リアの歌声は相変わらず綺麗なのだ。
何も知らなければ、心ではなくて耳で恋をしてしまいそうになる。
同時に今朝、リアと仲の良い女子生徒たちが話していた言葉を思い出した。
「……雅さ、どうして私の前では歌ってくれるの?」
丁度歌い終えたタイミングで尋ねれば、彼女がマイクを机の上に置く。
「どしたん、いきなり」
「……雅と仲の良い子たちが、話してるの聞こえた。一曲も歌ってくれなかったって。そんなに上手なのに…」
なつめの言葉に、リアは困ったように眉根を寄せてしまった。
不機嫌になってしまったのではなくて、どう答えればいいのか、そもそも彼女自身自分の気持ちがよく分かっていないように見える。
「……分かんない」
「分かんないって……」
「嬉しかったから…聞こえるか聞こえないかくらいの音量で歌った歌、褒めてもらえて」
不安げに揺れる瞳は以前も見たことがある。
こんなにも才能に満ち溢れているのに、歌の話になるとこの子はどこか不安そうな顔をするのだ。
必死に言葉を探していれば、ガチャリと入り口の扉が開いて店員が入ってくる。
トレンチの上には大量の料理が載せられていた。
「お待たせしましたー、フライドポテトと軟骨揚げ、チャーハンに豚骨ラーメンお持ちしました」
どんどん机の上に置かれて、あっという間に小さなテーブルはいっぱいになってしまう。
「ごゆっくりどうぞー」
手際良く配膳した店員はあっという間に部屋を後にしてしまった。
大量に運ばれてきたメニューを見て、恐る恐るリアに尋ねる。
「なにこれ…」
「頼んだ、王子の奢りね」
「はあ!?」
「いただきます」
こちらなんてお構いなしに、リアが料理を食べ始める。
助けてもらった手前文句は言えないが、せめてこちらの許可くらいはとって欲しい。
「これ、美味しいよ」
チャーハンの乗ったレンゲを口元まで持ってこられて、一口食べる。
チャーシューと白髪葱が入っていて、ありがちな味ではあるがとても美味しかった。
「美味しい?」
「ん、美味しい」
「ついてるよ、ここ」
手を伸ばされて、口元の側についていたであろう米粒を取ってくれる。
気づけばいつものペースに戻って、先ほどまで彼女が抱えたいた不安はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
本当にこの子といるとペースが狂って仕方ないと思いつつ、彼女に乗せられるままにカラオケのメニューをたらふく平らげてしまっていた。
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