【15-6】 お母さんも天使ママ…




 お家に戻ると、お母さんは私に客間の座卓の席に待つように言った。


「結花、これからのことは、本当はあなたにお話しすることではないと思っていた。今回のことでお父さんと相談して、結花にもその資格があると思ったから話すことにしたわ」


 お母さんの横に、ブリキの四角い缶が置かれていた。


「前にも話したけれど、結花にはお兄ちゃんがいたことは覚えてる?」


「うん……、あっ……」


 そうだ。お母さんは私の前に経験している。お母さんも天使ママなんだ。


「そうね。あの当時そんな呼び方はまだ無かったけれどね。でも、その時の病院の看護師さんや、葬儀屋さんの皆さんにずいぶん助けてもらった」


 私の時と同じ。それまで順調だと思っていたのに、眠っているのかと思ったら、突然の非情な宣告を受けてしまったって。


 それが妊娠8か月にもなってしまうと、私と違って、「悲しいお産」をしなければならない。


「本当にあんなことはもうしたくないわ。でもね、結花と同じ。生まれてきてくれた男の子はまだ小さかったけれどすごく可愛かった。本当に眠っているようだったよ。看護師さんたちは、ちゃんと産湯につけてくれて、おくるみに包んでくれて抱かせてくれたよ」


 箱の中から取り出されたのは、その時の品物。足形や本当は取り付ける予定だった名前タグ。


結弦ゆづるって名前だったの?」


「そう。男の子だって早くから分かっていたからね。お父さんがつけたの」


 すぐ気が付く。私の名前はお兄ちゃんから一文字を受け継いでいること。


 名前まで決まっていたのに。お母さんたちは私以上に落ち込んだに違いない。


 菜都実さんから、私の名前はお母さんがつけてくれたと聞いていた。先に読みを『ゆか』と決めていたとしても、他に漢字はいくらでもある。


 そんなことがあったお兄ちゃんと同じ字を使うのは勇気がいる決断だと思う。その分も私の名前には思いが込められているんだ……。


 お兄ちゃんがいてくれたら、私の道も今とは全く違ったものだったに違いない。


 呼んでみたかった……。


「結弦お兄ちゃん……」


「結花……。だから、お葬式も全部名前をつけてやってもらえた。葬儀屋さんにも、お葬式まで三日あるって教えてもらえて。家族三人でお家に帰って、誕生祝いもしたし、あの当時は遠かった海に日帰り旅行も行ったし、折り紙でつくったお人形とかお友だちもたくさん用意できた……。ほんと、棺の中は結弦よりも、お友だちとか、三人で撮った写真とか、お花やお菓子とか、おみやげのほうが多かったくらい」


 薄い写真屋さんの簡易アルバム。そこに写っていたのは、本当に見た目には分からない。幸せそうな家族写真。病院で抱っこされて、お家や外でのスナップも。


 それでも、最後のページは、たくさんのおみやげに囲まれた中で眠っていた。


「最後まで、結弦は笑ってくれていた。お母さんもお父さんも、最後まで泣かなかった。あの子のおかげで頑張れた。結弦も頑張った。だからね、本当に少しだけどお骨も残ったの。だから、それはちゃんとお寺に持っていって、今もお墓で私たちを待っていてくれるのよ」


「すごい……。ねぇ、お母さん……」


 私はひとつのお願いを思いついた。


「私、お兄ちゃんに会ってもいいのかな?」


「結花……。ええ、結花のお兄さんだもの。喜んで会ってくれるわよ」


 その夜、私はニューヨークの陽人さんに急ぎのメールを飛ばした。

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