9話 再出発の日のこと

【9-1】 ショックを隠し通すのは無理だよ…

<高校3年1学期>




 授業の終了を告げるチャイムが鳴って、すぐに帰りの学活が終わる。


 クラスのみんなが思い思いの放課後に向けて相談を始めた中、あたしは机の上に荷物を置いたまま教室を飛び出していた。


「千佳ちゃん、帰りに甘い物食べていかない? 連休中に美味しいところ見つけたんだ」


「ごめーん、ちょっと職員室に呼び出し食らっちゃって。遅くなると思うから先に帰っていて?」


「うわ、千佳って最近なんかやらかしたっけ?」


「分かんない。とりあえず覚悟だけして行ってくる」


 後ろからの声に答えて、あたしは廊下を進んで隣の教室に入った。


「ごめん、小島先生もう職員室に戻っちゃった?」


 すぐ近くにいた男子に聞いてみる。


「そうだな。なんか今日は顔色悪かった感じがした。授業が終わるとすぐに職員室に戻ったよ」


「ありがとう!」


 あたしの予感はやっぱり的中した。しないわけが無い。小島先生があの気持を懸命に隠しているのは、あたしはずっと前から知っていたことだから。


「小島先生、早まったりしないでよ……?」


 怒られないくらいに廊下を早足で進み、職員室に辿り着く頃には、さすがのあたしでも肩で息をしてしまっていた。


「失礼します!」


 扉を開けてその机の方向を見る。


 いた。やっぱり……。


 職員室できょろきょろとするわけに行かないから、すぐにその机に移動した。


「小島先生……」


「なんだ、佐伯か? どうした……?」


「先生……」


 本当は、もっと勢いよく先生に話すつもりだった。


 でも、こんなに生気をなくした先生の顔を見たとたん、あたしの中で張りつめていた糸がプツリと切れてしまった。


「先生……、原田さんが……」


「原田……」


 先生の顔色が変わる。やっぱり……。


 あたしの目から涙がこぼれ始める。こんなところじゃ泣いちゃいけないと分かっているのに。


「佐伯、落ち着いたところに場所を変えようか」


「はい……」


 他の先生たちから見られて、いろいろ詮索されたり、あらぬ誤解をされたりしたら、それこそ厄介なことになる。


 先生はあたしに落ち着くように肩をたたいて、すぐに鍵の管理庫から戻ってきてくれた。


 そのままあたしを連れていつもの進路指導室に入る。個室になっているから、他の人に聞かれることもない。


「佐伯……」


 向かい合って座る。疲れた先生の顔を見ると、また涙がこぼれ落ちてしまいそう。


「先生は、今日知ったんですか?」


「あぁ、情けないことに今日だ。昨日は出張だった。原田の奴はそれを狙ったんだろう。しかも、名簿を見て初めて知った。正直、今日はまともに授業をできた気がしない」


 そうか。先生にも言っていなかったんだ。


 先生が学校にいない日を選んだ。多分それも本当のことだ。


 それなら先生がそこまで呆然としているのも分かる気がする。


「結花……、バカだよあの子……。辛ければ他にやり方もあるのに。どうして……結花ぁ……」


 なぜ誰にも相談せずに決めたのか……。


 あたしもとうとう耐えられなくなって、机に突っ伏した。

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