【6-2】 頑張ったんだよ…自信持って?




 結花が入院し、手術を受けたという話を聞いた。


 先生が当日にも顔を出して、幸いにも転移はなかったようで、今後は投薬をしながらリハビリに入るという。


 でも、結花にどういう顔をしたらいいのだろう。


 女性として生まれたあたしたちには、人生を一緒に歩いてくれる人との新しい命を育むことも未来の選択肢に大きなピースとしてある。


 そのために必要な卵巣の片方を失った。これが何故今なんだろう。


 家でお父さんに聞けば、片方あれば十分に子どもを授かることはできるというけれど、しばらくは体のホルモンバランスを調整しながらの生活を強いられるとのことだ。


 それ以上に精神的なショックも相当に受けてしまっているだろう。


 親友の結花がこの事態に陥ったと打ち明けたとき、あたしの両親は彼女の力になるようにと逆にあたしを送り出してくれた。


 先生と定期的に情報を交換していると、最近は結花の病室に見舞いに行くクラスメイトも減ったそうだ。


「佐伯、今日の原田へのプリント頼んでいいか?」


「はい。任せてください」


「あとで、仕事が終わったら俺も行くから」


 小島先生はあたしだけに聞こえる小さな声で言った。



 結花の病室に行くのは初めてだった。本当はもっと早く行くつもりだったけれど、なんて声をかけていいか分からなかったのと、2年2組の人たちがいる中では、結花も気をつかってしまうだろうと考えた。


 病棟入り口で手続きをして、病室に向かう。


 先生に教えてもらった部屋は六人部屋だけど、半分はまだ空いている状態だと言っていたっけ。


 結花は一番窓側のベッドを半分ほど起こし、ぼんやり外を見ていた。腕に点滴のチューブを付けていたから、輸液が落ち終わるのを待っているのだろう。


「結花……」


「ちぃちゃん?」


 お互いの目から涙がこぼれ落ちる。


 気が付いたときには、あたしは力いっぱい結花を抱きしめていた。


「遅くなってごめん。辛かったよね。もっと早く来ていれば……」


「ううん。いいんだぁ。頑張ったよ私……」


「うん、頑張った。結花は強いよ、偉いよぅ」


 それは、一目で理解できた。


 入院前の結花は後ろ髪を腰近くまで伸ばしていた。


 それをバッサリと切り落として、強いてヘアスタイルで言えば…、「おかっぱ」まで短くしている。


 中にはどうせ薬の副作用で抜け落ちてしまうのだからとバリカンまで使ってしまう人もいるそうだけど、結花の精いっぱいの抵抗なのだろう。


 陽が落ちて、暗くなってから小島先生がやってきた。


 教科書とプリントで、前の日に結花が質問をしていた部分を説明していた。驚いたのは担当の数学以外でも説明していることだった。


 そうか、時々それぞれの担当の先生に聞きに行っていたのはそういうことだったのか。自分の授業を持ちながらそれを実行するってすごく大変だと思う。


「原田を落第させるわけにはいかないからな。それは俺のプライドにも関わる」


 この日、シャワーを浴びるというので、先生とあたしはそこで病院を出た。 



「先生、2組の生徒はもう来ない感じですか?」


「なんとも言えないが、毎日ではもうないだろう。あれだけ髪を切った意味が解らない歳じゃない。だから、俺も自分で持ってくるようにした」


「そうですか……。あたしなら毎日でも来るのに……」


 これまで来られなかったことを詫びて、毎日でも顔を出すと約束した。


「佐伯も無理をするなよ? こんなに遅くなればご両親も心配する」


 それは心配いらない。結花の病室に寄ると家には連絡してある。そのことに限れば門限はなかった。


「佐伯には辛い思いをさせちまっているな。それは本当に申し訳ない」


「いいんです。結花が元気になってくれるなら、あたしも頑張れます」


「そうだ、そうだよな……」


 普通ならそこまでだ。でも結花と先生は違う。


 まだおおやけにはできないけれど、特別な気持ちで結ばれつつある二人だもん。病気になんて負けないでほしいから。

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