過ちの勇蘭 【勇蘭視点】

「……よし、明日のチケット無事に確保っと……」



 運良く手に入れた三枚分のキャンセルチケットを鞄にしまいながら、僕は宿の方へと足を向ける。

 ……すると、突如後方からとても可愛いらしい、聞き覚えのある甘い声が響いて来た。



「あれ? もしかして勇蘭君じゃないですか?」



 突如名前を呼ばれ少しビクッとしながらも振り向いたその先には……とても見覚えのある一人の女の子が立っていた。

 綺麗な菫色のロングヘアーと純白のリボンをなびかせながら、黒のセーラー服に身を包んだとても可愛らしい美少女で、


 まさに昨日、僕に告白をしてくれたーー



「……も、萌愛もあちゃんっ!? なんで萌愛ちゃんがこんな所にっ!?」



 そう、あの萌愛ちゃんがなぜかそこに立っていたのだった。


 何故こんなタイミングでしかもこんな港町にいるのかが全く分からず、この予想外の事態に僕の脳内は激しく混乱する。

 だけどその答えは当の本人が可愛らしい笑顔ですぐに教えてくれた。


「あ、えっと……私も昨日無事に卒業式を終えて今日から春休みなんですけど、友達とせっかくだから海外旅行にでも行こうって計画してたんです。それで朝から長い間列車に揺られてさっきようやくこの町に到着したんですけど、友達が「疲れた〜」って言って早々に宿で休んじゃって。それで私だけのんびりと散歩していたんですけど……まさかこんな所で勇蘭君と出会えるなんて、ふふ、私びっくりしちゃいました」


「あ、そうだったんだ。いや、まさかこんな所で出会えるなんて僕も全然思ってなかったから、ホントびっくりしたよ」


「ふふ、本当ですね」


 なるほど、友達と旅行ね。

 ……まぁでも聞いておいてなんだけど、僕の方の理由は出来れば聞かないでおいて欲しいと願うばかりだ。

 魔王復活の阻止はともかく、がバレたりしたら、なんか色々と大変そうだし……。


 すると何故か急に萌愛ちゃんはもじもじと体を揺らし始め、恥ずかしそうな表情で頬を真っ赤に染めていた。

 だけどすぐさま、重大な決意を固めたかのようにスカートの裾を強く握りしめながらその可愛らしい唇を開いた。


「……で、でも、偶然こんなタイミングよく出会えるなんて……わ、私達、物凄く運命的な感じ……しちゃいますね♡」


 とても、とてつもなく可愛らしい萌愛ちゃんからの突然のアプローチに、僕の脳内には警報がけたたましく鳴り響く。


 ヴーッ! ヴーッ!

 パ、パターン青、使徒ですっ! って、そうじゃなくってっ! え、あれ? そ、そう言えば色々ありすぎてすっかり忘れてたけど……



 僕、萌愛ちゃんから告白されてたんだったぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!



 え、え、どどど、どうしよう、こういう時なんて返せば……っ!?

 十五年間生きてきて、昨日初めて告白されて、さらには今日もまたこんなにも可愛らしくアプローチされてるのに、僕はまだ返事も返してなくって!?


 だ、だ、ダレカタスケテ〜ッ!!

 チョットマッテテ〜ッ!!


 ……いや、待って待って、待つんだ僕。

 一度落ち着こう? うん、一度落ち着くんだ。

 はい、ひっひっふー、ひっひっふー。


 ……よし。

 まずはもっとちゃんと話をしよう。そうだよ、まずはお互いの事をちゃんと知る事から全ては始まるんだから。うん、そうだきっとそうだ。


「あ、え、えっと……あのさ萌愛ちゃん」


「は、はいっ」


「……と、とりあえず昨日告白してくれた事は、そ、その、勿論凄く、すっごく嬉しいんだ。で、でもさ、まだお互いの事も全然知らないしさ、その……だからこの後なんだけど、もしよかったらなんだけどさ? 時間があるなら……萌愛ちゃんともっとお話したいなって思うんだけど……ど、どう、かな?」


 恥ずかしさで顔中に血液が集まってくるのを感じながら、恐る恐る彼女の表情を盗み見てみる。


 萌愛ちゃんの表情はとても恥ずかしそうに真っ赤に染まっていて、だけど彼女の周囲にまるで赤い薔薇の花が咲き誇ったかのように感じられるほど……とても素敵な笑顔だった。



「……はいっ。それじゃ今日一日、よろしくお願いします、勇蘭君♡」



          *



 そこからの時間は、僕にとってはまさに初めて経験する事ばかりだった。


 まず最初は、近くの喫茶店で……


「そ、それじゃ勇蘭君はその魔王の復活を阻止する為に危険をかえりみずに魔界を目指してるんですか? す、凄いですっ」


「い、いやぁ、それほどでもないよ。まぁでも伝説の勇者の息子としては? やっぱり僕がやらなきゃって言うか……使命感? みたいなものを凄く感じてるんだよね」


「うぅ〜、勇蘭君ってやっぱり凄いんですね。それに比べて私なんて、あの街でただ平凡に暮らしているだけの村人Mだし……」


「い、いや、萌愛ちゃんはそれで良いんだよっ。萌愛ちゃん達がそうやって平和に暮らせるようにって僕達軍人が頑張っているんだからさ。だからこうやって萌愛ちゃんが楽しそうに話をしてくれてるだけで、より一層この任務にやりがいを感じられるんだよ?」


「そ、そうですか? ふふ、やっぱり勇蘭君ってとっても優しいんですね♡ ……じゃ、じゃあ勇蘭君、そ、その……あの……」


 再びその顔を真っ赤に染める彼女は、少し上目遣いをしながらも恥ずかしそうに僕を見つめて来て……


「……これからも私の事、ずっと、ずぅっと、守ってくれますか?」


「ゴフッ!!?」


 あまりの可愛さに僕は吐血した。

 彼女のとても愛くるしい姿に、僕の鼓動は全力疾走。再び顔中に血液を集めながらも、なんとか必死に乾いた口をこじ開ける。


「も、勿論だよっ。萌愛ちゃんの事は、ぼ、ぼぼ、僕が必ず守ってみせるからっ!」


「ほ、ホントですか?」


「う、うん、約束するっ」


 そんな僕の返事にとても幸せそうに微笑む萌愛ちゃんは、小指を僕に向けながらとても甘えるような甘々ボイスで僕におねだりして来た。


「じゃあ……約束。勇蘭君はずっと、ずぅぅっと……私の側にいて、ちゃんと私の事守って下さいね♡」


「……う、うん」


 こうして僕達はゆびきりをしながら、まるで付き合いたてのカップルのように照れ臭そうに笑い合った。



 その後も……僕達は二人で町のショッピングモールへ行って一緒に買い物をしたり、話題の新作映画を見たり、ゲームセンターやボウリングなどで遊び尽くした。

 ずっと勉学と鍛錬に励み、ほとんど娯楽を楽しんだ事がなかった僕にとっては……そのどれもこれもがとても新鮮で、その全てが物凄く楽しかった。


 だけど……それはきっと彼女と、萌愛ちゃんと一緒だからこんなにも楽しいんだって、僕はそう思った。

 萌愛ちゃんと一緒だから、萌愛ちゃんが僕の側で楽しそうに笑ってくれるから、だからこんなにも幸せに感じられるんだって。


 そんな幸福感に満たされながら、萌愛ちゃんとの楽しい時間は過ぎていった。



          ★



「……ふふ、あそこのお料理屋さんとっても美味しかったですね♡」


「うん。僕も初めて行ったけど、凄い美味しかったよ。今まで行かなかった事を後悔するレベルだったね」


 辺りは既に暗くなっていて、町中が色とりどりの明かりによって照らされている。

 その中を僕と萌愛ちゃんは軽く手を繋ぎながら、特に目的もなくゆっくりと歩いていく。


「……やっぱり、勇蘭君と一緒だと凄い時間が経つのが早い気がします♡……これってやっぱり、今とっても楽しくて、とっても幸せに感じているって事、なのかな?」


 恥ずかしそうに照れながらも僕の方をジッと見つめてくる萌愛ちゃん。

 繋いだ手の指を、僕の指の間に割り込ませながら恋人繋ぎに変えてくる。僕はそんな彼女の大胆な行為に相変わらず心拍数を跳ね上げてしまうけど、なんとか平常心を保ちつつ返事を返す。


「……ぼ、僕も今、とっても幸せだよ。こんな満ち足りた気持ちはホント、生まれて初めてだよ。でもこれは全部、全部萌愛ちゃんのお陰だって僕は思うんだ。だから、今日は本当にありがとう萌愛ちゃん」


「……うん。ね、ねぇ、勇蘭君……あ、あのね……?」


 そこで、何故か急に萌愛ちゃんは足を止めた。

 僕は疑問に思い、俯く彼女を少し覗き込むように尋ねてみる。


「? 萌愛ちゃん、どうしたの?」


「……あ、あの、勇蘭君。も、もしよかったら……そ、そこでちょっと、や、休んで行きませんか?」


「え? そこって……」


 変わらず恥ずかしそうに俯きながらも、萌愛ちゃんはへと、その可愛いらしい指を差していた。


 そしてその方向にあったもの、それは……ピンク色のライトアップによってド派手に彩られた、まるでとても立派な洋風のお城を模したような建物で……



 いわゆる『』と呼ばれる建物だった。



 萌愛ちゃんからのその突然の提案に、僕の心臓はかつてないほど激しく脈を打ち始める。


 そ、そりゃ僕だって男の子だ。そういう事に興味がないと言えば嘘松になってしまう。


 い、いや、でも……



「……勇蘭君?」


 急に僕が無言になったからか、不安そうに僕を見つめてくる萌愛ちゃん。


「もしかして……私とじゃ、嫌……ですか?」


 今にも泣きそうな潤んだ瞳でにじり寄ってくる彼女を前に、僕は慌てて言い訳をする。


「い、いや、違うんだよ萌愛ちゃんっ!? もう全っ然、全っ然嫌じゃないよ? 勿論全然前世嫌じゃないんだっ!」


「……なら、どうして何も言ってくれないんですか? それってやっぱり……」


「いやいやいや、違うんだよっ! 萌愛ちゃんの事は大好きだしそういうのに勿論興味だってあるんだっ。で、でもさ、ほら、僕達はまだまだ若いし、萌愛ちゃんの事がとっても大事だからこそ、その、自分の欲望に身を任せちゃダメなんじゃないかって思って……っ」


 だけど、そんな必死に弁解する僕の右手を萌愛ちゃんはいきなり掴み取り……


 そしてそのままきた。


 その布越しですら感じられるほどの圧倒的な柔らかさに、僕は完全に言葉を失う。


「……ほら、わかりますか? 私、今凄くドキドキしてるんですよ? 勇蘭君の事がとってもとっても、大好きだから。だから私……もう我慢できないんです♡」


 彼女はそのまま僕の耳元までその柔らかそうな唇を持ってきて、吐息が感じられるほどの距離で呟く。



「……勇蘭君、だから、ね? 私を……勇蘭君のものにして下さい♡」



 そこで僕の理性は、完全に壊れてしまった。

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