第22話・甘縄
が、
そこで突然泰盛が慎重に放ったひと言に、実時は目を見張らずにはいられなかった。
「執権殿は、誰かに操られてはおらぬだろうか」
教育を兼ねて小侍所別当をともに務めた実時には、耳を疑う言葉であった。今までの教えが音を立てて崩れ落ちるような気さえした。
だが、執権就任前後の行動から納得出来るのもまた事実だと、昨今の時宗についてひとつひとつ思い返した。
今年の正月、高麗の使節が国書を大宰府に持参した。しかしそれは高麗のみならず蒙古の国書も含まれており、届けられた鎌倉に緊張が走った。
外交は朝廷の務めであるため、すぐさま国書を回送したが『皇帝から国王へ』と日本を見下してはじまって『兵を用いるは好まぬ』と武力を仄めかして結ばれており、その動揺は朝廷のみならず執権交代直前の幕府を震わせ続けた。
「この蒙古とは、南宋に攻め入っておる国にございますぞ」
「国書を二国が持参したとなれば、高麗は蒙古の手に落ちたのか」
「ならば、我らにも攻め入って来るやもしれぬ」
「そもそも、蒙古とは如何なる国か」
そこへ話が至ると時宗は、
建長寺には、南宋の戦火から海を渡って逃れた僧が多く集っていた。三門を潜れば海の向こうの言葉が飛び交っており、鎌倉の中にある南宋とも言えた。
蒙古が如何なる国なのか、目で見て肌で感じた僧に尋ねるのは当然であろう。しかも蘭渓道隆は父時頼が熱心に帰依した僧であり、時宗もそれを受け継いでいた。
「南宋より来たる僧の言説を信ずるあまり、僧の言いなりになっておると」
声を潜めて
耳を澄ませ、辺りに人がいないと確かめてから泰盛は慎重に口を開いた。
「あの新左衛門とは、何奴じゃ」
平新左衛門三郎頼綱。
得宗家に仕える
そんな得体の知れない男、しかも格下の御内人が時宗に接近しているともなれば、有力御家人で義兄の泰盛としては面白くはない。また北条ではなく外戚であるから、自身の危うさを感じずにはいられない。
実時は身を屈め、声を押し殺して囁いた。
「新左衛門が糸を引いておると申すか」
泰盛は黙って、実時の目を真っ直ぐ見つめた。答えは、合っているようである。
すると泰盛は、堰を切ったように思いの丈を口にした。あまり大きな声を出すなと、実時は視線で制している。
「いずれ脅威になるからと、庶長子の三郎を鎌倉から遠ざけたのは解せるが、それが六波羅というのは如何なものか」
時宗の異母兄、時輔のことである。嫡子時宗を「
時宗を宿した正室と、時輔を産んだ側室で
また宗尊親王に披露した極楽寺での小笠懸では時輔のあとに時宗にやらせ、それを時頼が大袈裟に褒め称えている。嫡男時宗こそ得宗家を継ぐに相応しいと
確かに、幼い頃より宗尊親王の近習として仕えており、蹴鞠にも優れていたので朝廷に馴染みがあった。庶子でも時頼の長子なのだから、それに見合った地位を与えなければならないのも理解は出来る。
だが、その時輔を朝廷に近い六波羅探題に出向かせたのは、朝廷と反得宗家勢力が結びつくことにはならないか、そんな懸念を抱いていた。
この危うい決断の背景に、平頼綱がいるというのか。
「案ずるも過ぎれば毒となる。六波羅には北と南がある、北方は極楽寺殿の子が務めておるのだ、それに任せればよい」
重時の訓戒を伝え聞き、時宗を「
「国書の件が遊行僧に漏れておる。
その遊行僧とは、日蓮だ。『立正安国論』の予言が当たった、国難が迫っている、法華経に帰依せよと時宗、忍性、蘭渓道隆に書状を送りつけていた。これもまた、と疑念を抱いた泰盛であったが、頼綱にも書状を送られていた。
自身への疑いを回避するため、書状を送るように指示した可能性はあるだろうが、実時の疑念は異なるほうに向けられていた。
名越北条、教時──。
得宗家の扇動に日蓮を使い、揺らいで生じた隙を狙って、その地位を奪うつもりなのだろう。
「未だ盤石ではない、ということだ」
答えを濁して留めると、時宗の座を虎視眈々と狙う輩を如何にして排するか、と泰盛は案じた。その様子に実時は
「互いにな」
と、重ねて忠告を行った。
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