対決

 ヘンリー殿下は呆然とした様子で一瞬その場に立ち尽くした。

 しかし、すぐに一歩、また一歩とこちらに向かって歩み寄って来る。


「イザベル嬢か?……本当に?」


 ああ、これは夢じゃない! 本物のヘンリー殿下だわ!

 早く、貴方の側に行きたい!

 私は居ても立っても居られなくなり、令嬢の矜持をかなぐり捨ててその場から駆け出した。


「ヘンリー殿下!」


 やっと、貴方に会えた!


「イザベル嬢!」


 ヘンリー殿下もこちらに向かって駆け出した。

 ああ、後少しで、貴方に触れられる……!

 そう思った、次の瞬間。

 凄い力で身体がグンっと後ろに引き寄せられた。


「きゃあっ!!」

「イザベル嬢!?」


 な、何!?

 強烈な力になす術もなく、飛ぶ様に後ろに引き寄せられると、ポスッと背中に温かい物が触れた。


「まさか隠し通路を探し当てるとはな。全く、お前には驚かされる」


 この声は!

 聞き覚えのある声に後ろを振り向くと、燃える様な赤眼が私を見下ろしている。


「ラウル! なぜ、ここに!?」

「お前は以前から我に隠れてコソコソ何かをしていた様だからな。念のため、離れる時はいつもお前に追跡魔法を掛けていたのだ」


 嘘っ! 隠し通路を探していた事がバレていたの!?


「貴様は魔王か!? 今すぐイザベル嬢を解放しろ!」


 ヘンリー殿下は剣を構え、殺気立った様子でラウルを睨み付けている。

 そして、私達の声を騒ぎを聞きつけたのか、ヘンリー殿下の背後から続々と人が集まってきた。


「ふん、お仲間の登場か」


 ラウルは背後で吐き捨てる様に呟いた。

 人集りを見ると、見覚えのある顔ぶれが混じっている事に気付いた。

 あれはリュカ先生!? 

 それに、アルフ兄様、アーサー様、クロエ様に……マリア様まで!


 リュカ先生はヘンリー殿下の横に並ぶとラウルに向かって話しかけた。


「やぁ、君が魔王だね☆ あのさ、そこにいる女性は我が国の未来の王妃殿下なんだ。君みたいな人物が手出し出来るような御方ではないんだよ。さぁ、分かったらさっさと解放してくれないかな」

「それは出来ぬ。我には娘の力が必要なのだ」


 ラウルは私の身体を片腕で抱き寄せた。

 抵抗しようとしたが、身体が動かない。

 どうやら魔法を掛けられているようだ。


「ラウル、話がしたい。まずは魔法を解いて!」


 私の叫びなど聞き入れる様子のないラウルは、私を無視して相手の出方を伺っている様だ。


「ラウル聞いて! 私の魔力は闇の魔力を増幅させるためだけじゃない、光の魔力も増幅させる事が出来るの! 光の魔力を増幅させて本来の力の使い方をすれば、魔素を消滅させて魔獣達も本来の姿に戻るのよ!」


 ラウルが訝しげな様子で私を見下した。


「本来の、姿?」

「そうよ! 魔獣達は本来の獣の姿に、きゃっ!」


 ドンッ! という衝撃がラウル越しに伝わる。

 そして、ラウルが勢い良く手を払うとガガガッ!という衝撃音と共に木々が薙ぎ倒されて行く。


「ちょっとちょっと魔王君、僕のこと無視しないでよ☆」

「リュカ先生!」


 駄目! このままじゃラウルと話が出来ないまま戦いが始まってしまうわ!


「ふん、減らず口が。我には使命がある。邪魔をする者は容赦せぬぞ」

「ラウル、止めて! きゃっ!」


 ラウルは前に手を翳すと黒い光を作り出し、リュカ先生目掛けて放った。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 立て続けに放った光は木々を倒し、地面に穴を開けて行く。


「っ!! ダメ! お願い、話を聞いて!!」


 ラウルは私の言葉を無視し、手を振り上げると巨大な黒炎を作り出す。

 その炎を、土煙で前の見えなくなった場所に目掛けて投げ付けた。

 ゴオオォォ!! という音と共に、辺りは炎に包まれた。

 なんて事を……!


「っ! 止めてーーっ!!」


 悲鳴にも似た叫びで必死に訴えるも、ラウルはこちらを見ようとしない。

 くっ! せめて身体が動けば……!

 ギリギリッと拳を握り締め、手に力を込めるもビクともしない。

 爪が手のひらに刺り、ジワっと痛みが走る。


 動け、動け、動けぇっ!!


 どんなに力を込めようとも身体は動かない。

 抵抗しようと必死になっていると、目の前の炎はパンッ! という衝撃波と共に跡形も無く消え去った。

 そして、土煙の中からリュカ先生を筆頭に、皆の姿が現れた。

 ああ、良かった!


「ぐふふ☆ いいね、いいねぇ、その強さ! でもさぁ、人質を側に置くのは狡くな〜い?」


 リュカ先生は片手を振り上げると、手の様な黒い影を作り出した。

 その影はグワッと私達を覆うように襲いかかって来た。


「小賢しい真似を!」


 ラウルは私から手を離し、結界を作ろうと両手を広げた。

 ……恐らく私から手を離すその一瞬狙っていたのだろう。

 黒い影に紛れて、ギラリと光る剣先がラウル目掛けて飛んで来た。


「はぁぁあっ!!」


 ガキンッ! という衝撃音が響く。

 慌てて衝撃音のする方を見ると、ヘンリー殿下がラウルの肩目掛けて剣を振り下ろしていた。


「……っ」

「ヘンリー殿下!」


 ラウルは一瞬体勢を崩したが、すぐに身を捩り剣を振り払った。

 ラウルの肩を覆っていた甲冑はガシャンと音を立てて地面に落ち、じわりと血が滲んでいる。


「パパッ!!」


 その光景を間近で見ていたポチは慌てて駆け寄り、ラウルを守る様にヘンリー殿下の前に立ちはだかると、グルルルッ! とヘンリー殿下を威嚇をした。


「オマエ、パパを傷付けたな。……コイツラミンナコロス!!」


 ポチはガアァァァッ!! という唸り声と上げると、辺りの森から魔獣が一斉に姿を現した。

 魔獣が現れた事により、辺りは騒然とする。


「魔獣が現れたぞ!」

「戦闘開始だ!」


 どうしよう、このままじゃ魔獣と人との全面対決になってしまう!


 ポチはガァッと牙を剥けると、ヘンリー殿下目掛けて襲い掛かった。


「ポチ、駄目よ!!」


 怒りで我を忘れたポチには私の声など届いていないようだ。

 ポチはヘンリー殿下の喉元目掛けて跳び上がった。


「魔獣に用は無い! 失せろ!」


 ヘンリー殿下は疾風でポチを吹き飛ばした。

 ダンッ! という衝撃音と共にポチの体は近くの木に叩きつけられた。


「ポチッ!!」


 ヘンリー殿下はそのまま剣を構え直すと、ラウル目掛けて駆け出した。


「魔王、覚悟っ!」

「ふん、その程度の力で我を止められると思っているのか、若造よ」


 ラウルは手を翳すと再び黒い光を練り出し、ヘンリー殿下目掛けて放った。

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 間髪開けずに続く攻撃に、土煙と共にヘンリー殿下の姿が見えなくなった。


「いやーーーーっ!! ヘンリー殿下!!」

「なんだ、もう死んだか? つまらんな」

 

 そ、そんな……!

 まさか、ヘンリー殿下が……?

 いや! そんなの嘘よ!!


「ヘンリー殿下!! ヘンリーで」


 私の叫び声がドガァァァン! という衝撃音と共に掻き消される。


「なっ!?」


 土煙と共にゆらりと二つの人影が見える。

 ザッザッという足音が近付くと共に現れたのは、破れた騎士服を身に纏ったヘンリー殿下と、恍惚とした表情をしたリュカ先生だった。

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