第56話 常識人が来た!

 教団をぶっ潰した後、おじさんが帝都へと旅立つとアンジェリークは学園生活へと回帰しました。とは言えどもアンジェリークは学園内でかなり特殊な立ち位置なので一般的な学生生活とは言い難いのですが。国語や数学といった一般教養はすでに卒業できるぐらいには習得しており、学園でメインに学ぶ魔法に至っては新たな魔法の開祖になった状況のため誰も教えることなどできません。授業に出ていようが出ていまいが何も言われないという、お前は一体何しに来たんだと言うような状態です。

 そんなアンジェリークですが、最初はせっかく学園に来たのだしと授業を受けてはいました。しかし、教師が腫れ物扱いしてきたり生徒もヤベー奴と知れ渡っているせいで近付こうとしなかったためすぐに出なくなりました。今では学園内の図書館で魔法に関する本を読んでいるか、例の教室に持ち込んで読んでいるかのどちらかです。

 そして放課後ともなれば例の教室にいつものメンバーが現れます。アンジェリークは特に来るよう強要しているわけではないのですが、何か理由でもない限りみな集まってきます。今も続々と集まり、いつも通り教室にカオスが生まれました。

 まずローザがリヒャルトを冷たい視線と共に罵り、リヒャルトは恍惚とした笑みを浮かべ、それをアレクサンドラが嫉妬に満ちた目で睨んでいます。教室の隅っこではマリアンネ、オリバーの逆光源氏カップルがいちゃついています。中央ではミコトが魔法を利用した紙の量産に関する論文を皇子とハットリ君に読ませ、如何に有用かということをこれでもかとアピールしてどうにか研究予算を引っ張り出そうとしています。そしてアンジェリークはマイペースに魔法書を読んでいます。

 そんなカオスの中に突然ノックが鳴り響きました。しかし、そのノックに誰も反応しません。部屋の中のそれぞれがアンジェリークと皇子に視線を向けました。

 入出許可というのは基本的に部屋の中の最上位者が出すことになります。では、この教室内で最上位者とは誰でしょうか? 当然ですがまずは皇子です。皇族で皇位継承権第一位、この国において彼以上の上位者は皇帝以外にいません。次に該当するのはこの集まりの発起人たるアンジェリークです。学生の身分は学生であり全て平等である、と学園は掲げていてそれは皇族にも適応されてます。これは主に教師が身分に囚われず指導を行うためのものですが、当然ながら学生同士にも適応されます。とはいえども学生には卒業後の人生があるので形骸化していますが。そして非常勤講師という立場により学生を指導する立場であるローザも最上位者に該当します。

 帝国の身分制度上この場で最上位の皇子と、学園のルール上はこの部屋の学生最上位者であるアンジェリーク、そして非常勤講師であるローザ。ローザが最上位者として振る舞う気など全くないというのは短い付き合いの学生達でもよく理解していたため返事をするとしたら皇子がアンジェリークだと学生達は判断しました。その2人ともはお互いがお互いを最上位者であると認識していたため、返事をしないの? と二人して見つめ合いました。

 何故そんなマヌケな状態になったかと言えば今までこの部屋にノックをして入る部外者がいなかったからです。ヤベー奴がやってるよく分からない集まりに手を出そうなどと思うほど学生達はバカではありませんでした。

 そうこうしている間に再度ノックが響きました。今度は全員の視線がアンジェリークを見ました。ここの代表とするならばアンジェリークだなと全員の心が一致したのです。アンジェリークは観念して返事をしました。


「どうぞ」

「失礼致します」


 凛と響く声と共に少女がお供を1人連れて入ってきました。見た目だけは可愛らしいと表現すべき美少女であるアンジェリークとは違い、少女から女性へと一皮むけた美女という出で立ちで、身長は高めでシンプルで落ち着いているもののかなり上質な生地のドレスを着ています。平民が思い描く貴族の御令嬢を体現しているかのようです。連れているのは彼女よりも小柄な少女、同年代で彼女に比べれば地味ではありますが立ち振る舞いからしっかりと教育された貴族でしょう。


「なんの御用でしょうかイングリット様」


 アンジェリークは彼女の事をよく知っていました。ミコトがスッとハットリ君の側に寄りました。


「誰ですか?」

「オストフリースラント侯爵家の次女、イングリット様です。ザクセン公爵家と同じ皇帝派ですね」

「それでよく知っているんですね」

「派閥の長であるザクセン公爵から主導権を奪おうとあれこれしているのがオストフリースラント侯爵です。あくまで同派閥なので子供同士の仲は悪くないですね」


 一つ聞けば余計な情報まで教えてくれる情報通、ハットリ君です。諜報組織の次代の長なので知っていて当然なのですが。

 そんな話題のイングリット嬢はアンジェリークの前で怯むように立ち尽くしています。従者のように付いてきた少女がそっと背中に手を当てると、イングリット嬢は目を瞑り、開いた時には覚悟を決めたように鋭い光を宿していました。


「私は貴女に諫言をしに参りました」


 諫言宣言に周囲はザワつきました。アンジェリークにそんなことを言いに来る度胸のある人物が学園にいるとは思ってもいなかったのです。

 アンジェリークは姿勢と正してイングリット嬢と向き合います。


「窺いましょう」

「……では、述べさせて頂きます」


 アンジェリークの態度に戸惑いつつもイングリット嬢は宣言通り諫言を述べ始めました。最初はでたらめな噂を放置しておくとは何事かと言うことから始まり、学園内での態度や訳の分からない集まりを作ったことなどドンドン述べていきます。アンジェリークはそれを頷くこともなく真剣に聞いています。どうやら普段から不満を溜め込んでいたらしいイングリット嬢は小さなことまで苦言を呈し続け、ゼイゼイと肩で息をし始めたところで止めました。


「失礼致しました」


 顔を赤くしたイングリット嬢は下唇を噛みつつ顔を伏せました。アンジェリークがあまりにも素直に聞き入るため言うつもりのなかったことまで言ってしまったのです。

 聞き終えたアンジェリークは考え込むように顎に手を当て、そしてハットリ君を見ました。


「ハットリ様はどう思われましたか?」

「え? は? 何故私に?」


 突然の指名にハットリ君は思わず問い返しました。


「そこの2人を除き、この中で最も常識を弁えているからです」

「異議あり」

「却下します」


 即座にローザが意義を唱え、アンジェリークは即座に却下しました。


「私や皇子の頭に拳骨落とす修道女が常識を弁えているなどと言えるはずがありません。ある意味私より非常識ですよ」

「自分自身が非常識なのは認めるのですね」

「そもそもが常識的な行動を心掛けていませんからね、当然です」


 堂々と言ってのけたアンジェリークにイングリット嬢は固まっていました。そしてギギギと音が鳴りそうな動きでアレクサンドラを見ました。


「ア、アレクサンドラ様はそれで良いと仰るんですか?」

「良いとは思わないね。ただ、令嬢としての常識は私が説ける立場にはないんだよ」


 苦虫をかみ潰したようにアレクサンドラは言いました。制服を着るまで男装していたアレクサンドラは見た目はアンジェリーク以上の非常識といえる存在でした。


「気に入らないけどどうせ言ったって聞かないよ。それに、ザクセン家としては許容できると判断しているしね」

「イングリット様!」


 アレクサンドラの返答にイングリット嬢がフラリと倒れ、側近の如く付いてきた少女が慌てて支えてました。集まりのメンバーはみんなイングリット嬢を憐れんでいました。

 

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