第47話 殺せ! 殺せ! 殺せ!



 アンジェリークの楽しい人体実験は教団に途中で気付かれました。



「あれだけ暴れればバレて当然でしょう」


「暴れなくてもバレてましたよ。教団の人間ばかり集めてたんですから」



 会場付近では接触できないように気を配っていましたが、教団の信者ばかりを他の里から一箇所に集めれば当然来る途中で気付く者も出て当然です。



「だからハンゾウ様に見張りの指揮を任せたんですよ」


「相手がこっちの作戦に気付かないマヌケだと決めつけるのはマヌケのすることだから、か」



 皇子の台詞にアンジェリークは頷きました。


 そして見張りを指揮していたハットリ君は一部の信者がバラバラに逃げているようで同じ方向へと逃げているという情報をもたらしました。指揮をした、つまり情報を集めて求める情報を導き出す、諜報のプロだからこそできることです。



「帝国に収まってしまうほどに狭いエルフの里ですが、それでも何十人という人間が指揮系統なしに組織的行動を取れるはずがありません。どこかに指揮所があるのは間違いありません」


「つまり、その指揮所を突き止める事が目的だったんですね。なんで教えてくれなかったんですか?」


「敵を騙すにはまず味方からと言いまして」



 アンジェリークの脳天に拳骨が落ちました。


 そんなこんなで向かった先はエルフの森の深く、エルフ達も知らない場所にいつの間にやら教会らしき宗教建築物が建っていました。今はエルフの守備隊と一緒にその建物を離れた位置から取り囲んでいます。



「なんでこんな建物に今まで気付かなかったんだ」


「恐らく、この魔法と似たようなものでしょう」



 悔しげに呟いた守備隊の隊長にアンジェリークは右手を見せました。手首から上が消えていました。



「これは古代文明の書物で見つけた魔法の再現です。たかしが言うには教団が古代文明を滅ぼしているようなのでその時代の技術をある程度持ち合わせていても不思議じゃありません。持っているのは極々一部でしょうが」



 手元に古代文明の遺産を持っているアンジェリークは確信していました。このやたらめったら斬れる刀を作るような文明です。少なくとも前世の地球の文明以上だったことは間違いないでしょう。その時代の技術を持ち合わせているのであればこんなまどろっこしいことなどする必要はなく、世界征服すればいいだけの話です。



「で、どうする? 火を付けるか?」


「火は駄目だ。森が燃えるのは守備隊として見過ごせない」


「森はどうでもいいですけど火は駄目です。地下に脱出用の地下道が掘ってあった場合取り逃がす可能性が高いです。突入しましょう」



 森はどうでもいい発言でエルフ達がアンジェリークを睨みつけていましたが、アンジェリークは無視しました。



「突入メンバーはどうする?」


「守備隊の半分、指揮は皇子ですね。半分は逃がさないように周りを囲んでください。指揮はあなたがお願いします」



 アンジェリークに指された隊長は憮然と頷きました。里長からの指示とはいえ部外者に指揮をされているのが気に入らないのです。しかしながら森での防衛を主とするエルフ守備隊よりも帝国第一騎士団所属、つまりは都市や屋内での戦闘を主とする部隊で訓練を積んだ人間の方がこの状況では適しているのは理解していました。



「お姉様達はここでお待ちを」


「私達も訓練を積んでいるのだから戦える」



 悪党を討伐するということで緊張しつつもやる気を漲らせていた学園組一同は肩透かしを食らい、不満げにアレクサンドラが言いました。



「現状でお姉様達が戦う理由と義務がありません。そもそも、半分以上が貴族なんですから自ら前線に出ようとしないでください」


「お前が言うなよ」


「私と皇子は正式な帝国騎士です。帝国が教団に対してエルフと共同戦線を組むことが決定した以上は共に戦う義務があります」


「決定って議会が決議したわけじゃないだろう」


「帝国議会成立以前の古い法ですが、皇太子には外国での突発的な状況に対して条約締結並の政治的決定をする特権があります。過去に使われた例はありませんが、廃案はされていません。後に議会で廃案か追認かは判断はされるでしょうが、少なくとも今のところは帝国としては共同戦線を張るという決定は法的に有効です。教団は過去に帝都でやらかしてますし、エルフとの友好は皇帝の意思ですから振りかざしても皇子のマイナスにはならないでしょう」



 全員が驚愕の目でアンジェリークを見つめました。普段の破天荒な振る舞いで忘れがちですが、完璧と呼ばれた令嬢は失われたわけではないのです。



「義務だの法律だの根拠に挙げてますけど自分が安心して突撃したいだけですよね」


「当然、そのために正当性を準備するのです」



 呆れたように言ったローザに対しアンジェリークは悪びれる様子もなく頷きました。


 やや不満を見せた一同でしたが、待機する理由はあっても突撃する理由がないとなってしまえば素直に待機することを選びました。あの不死身のような化け物を相手にしなくてもいい、そのことに内心ホッとし、一部は恥を覚えましたが。アレクサンドラが唯一不満を露わにしていましたが、アンジェリークと違い自分の立場を重々承知しているため最終的には不満を飲み込みました。アンジェリークの破天荒振りは流石に見慣れましたが、それでも記憶にある儚げなアンジェリークがどうしても忘れられないのです。


 皇子の指揮の下、エルフ達が包囲を狭めていきます。森で暮らす狩猟民族だけに気配の消し方は完璧で、あっという間に建物を取り囲みました。そして皇子の合図の下に一斉に突撃しました。



「キェェェェェァァァァァァァ!!!!」



 正面の扉を蹴破ったアンジェリークが猿叫を上げながら最速で突っ込みます。正面のホールにいたのは二十三名、突然の事に驚いて振り返った一人の首を刎ね、近くに居た変化しかけていたもう一人の首を刎ね、最奥の巨大なエルダーサインの下に居た一人に爪で受けられました。アンジェリークは鍔迫り合いをすることを避け、相手の力を利用して勢い良く後ろに下がります。そのまま体を捻りながら近付いてきていた一人の足を斬りつつさらに後退、追いついてきたエルフ守備隊の方へ駆け抜けました。凄まじい速度で帰ってきたアンジェリークにエルフ達は慌てて左右に分かれます。



「ズルいぞアンジェリーク」


「指揮官になるのが悪いですね。生まれを呪いなさい」


 


 皇子とアンジェリークが軽口を叩きあっている間に乱戦が開始されました。エルフ守備隊は賢明に戦っていますがどうにも攻めきれません。守備隊は対人も対魔物も訓練し実戦も経験していましたが、教団の化け物のような不死身めいた存在を相手にするのは勝手が違いました。破壊不可能な爪と斬っても斬っても死なない体はそれだけで強力な武器なのです。


 そんな最中、活躍したのが我らが皇子とアンジェリークです。皇子は持ち前の体格を活かした剛剣で受けた爪ごと相手にめり込ませるという基本細身のエルフでは不可能な方法で化け物を惨殺し、アンジェリークはひたすら駆け回ってかき乱し、隙を作ってエルフ達に倒させることで頭数を減らしていきました。


 後方ではローザが運ばれてきた怪我人を次々と治しています。頭さえ無事なら腹から上下に分かれていても治すという脅威の治癒力で犠牲者を減らしていました。これが第一騎士団であれば治った直後に戦線に舞い戻るゾンビアタックが行われていたことでしょう。


 そんなローザを最も脅威と感じたのか、最奥にいたアンジェリークの一撃を防いだ化け物がローザに向けてアースニードルの魔法を放ちました。しかしそれは不可視な何者かによって阻まれ、直後に破裂音と共に化け物の頭が半分ほど吹き飛びました。そして吹っ飛んだ頭の背後にあったエルダーサインが大きく破損し倒れ、化け物が下敷きになりました。胴体がまるごと潰されているので心臓も一緒に潰れたでしょう。



「大将首はいただきました!」



 アンジェリークが満面の笑みで叫びました。後方で油断なく周りを見ていたそいつをアンジェリークはずっと警戒していました。そしてローザに攻撃をした瞬間の隙を魔法式電磁投射投げナイフで突いたのです。ローザはハットリ君が守っているので一切の心配をしていませんでした。護衛という一点に関してアンジェリークはハットリ君を誰よりも信頼しているのです。


 頭と思わしき化け物が倒されると、他の化け物達はその場に丸まりました。戦意喪失とも思われる行動に、アンジェリークは声を張り上げました。



「全員退避!!」



 叫ぶとともに全力で建物の外へと飛び出しました。ローザはアンジェリークが叫ぶ前にハットリ君が連れ出しています。


 アンジェリークから数秒遅れてエルフ達も出てきます。何故退避行動を取らされているのか困惑している様子です。



「何をやっている! 遺体はいいから急げ!」



 仲間の遺体を運ぼうとしていたエルフを皇子が急かします。


 直後、建物が炎に包まれました。丸まっていた化け物が爆発するような勢いで燃えたのです。最後まで避難誘導していた皇子がその火焔に巻き込まれました。それを目撃していた学園組から悲鳴が上がります。窓やら扉やらから凄まじい勢いで炎を吐く建物。生存は絶望的、そうとしか思えない建物の入り口から全身火達磨の大柄な人型がのっそりと現れました。それはのっしのっしとローザの居る方へと向かって歩いて行きます。動じないにも程がある皇子にアンジェリークが即座に魔法で水をかけ、続いてローザが治癒術をかけていきます。



「いやまさかあんな勢いで燃えるとはな」


「なんであの状況で平然と歩いてくるんですか。常識を考えてください」



 はっはっはと快活に笑う皇子にローザはこめかみを押さえながら言いました。



「多少の怪我ならローザがどうにかしてくれるからな。良い判断だハットリ」


「……殿下の護衛ですので」



 渋い顔でハットリ君は言いました。多少の怪我どころか内臓が零れ出るような重傷さえもあっという間に治してしまうのがローザです。皇子を守る、というか皇子が死んだり後遺症を伴う怪我を負わないことを考えるなら優先すべきはローザを無傷で生かすことが最良の手ではありますが、ハットリ君はあくまで皇子の護衛であるため納得がしづらいのです。



「気にするな。多少怪我をした程度でどうにかなるほどもう軟弱ではない」


「それはもう、重々承知しています」



 本来であれば心が傷付かないためにハットリ君が代わりに攻撃を受けるのですが、今ではそれをやるとむしろ邪魔になるためできません。



「しっかしまぁ、面倒くせえ相手だな……」



 燃え盛る建物、その証拠も何も一切合切燃やし尽くす勢いの炎を見て、皇子は全裸で仁王立ちしながら言いました。



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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。



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