第40話 やはり先祖はクソ

 突然の大火事に村は騒然としていました。火事の方角は村のみならず領地の財産たる畑、避難する前に様子を見に行かせました。しかし物見はなかなか帰ってこず、次の物見を出すか否か、そんな相談をしている間に畑の方から人が歩いてきました。物見かと思いきや人数は三人。御者らしき男とかなりの大男と小柄な少女三人、全員が身形の良い服を着ています。

 一体何者なのか。とりあえず誰何をしようと村長が一歩前に出たところで少女が声を上げました。


「我々の馬車を襲撃した輩を匿っているのはこの村か!」


 村民が顔を見合わせました。全員に身に覚えがありません。そもそも村を出るのも許可が必要で、入ってくる者がいれば全員に知らせが行く事になっています。つまりはここに村の村民全員が揃っていました。


「先ほど我が聖カロリング帝国皇太子たるルーファス・カロリング殿下を乗せた馬車が襲撃され火をつけられた! これは帝国に対する反逆行為であり隠し立てをすれば……もういいや!」


 アンジェリークは火焔を放ちました。アンジェリークを中心に扇状に広がったドロリとした炎は瞬く間に村を覆い尽くし全てを焼いていきます。もちろん村人も、女も子供の関係ありません。三人の周り以外を炎が包み、三人を守るように風が渦巻いています。


「……流石に疲れますねコレは」


 過去にない大魔法の行使にアンジェリークは疲労でその場に膝をつきました。この火焔は普通の魔法の炎とは比べものにならないくらい魔力を消費するのです。


「おい、何をやっている」


 呆然と怒りを滲ませて、皇子はアンジェリークに詰め寄りました。


「麻薬に関する一切合切を消しているだけですよ。原材料の栽培方法から加工機材まで全てを喪失させなければ意味がありません」

「村人を全員殺す必要はないだろうが!」


 掴みかかろうとした皇子の前にハットリ君がアンジェリークを守るように立ちます。皇子は信じられないというように目を見張りました。それはつまり、ハットリ君もこれを了承していると言うことです。

 

「人が一人でも残っていたら余所で再開される可能性があります。ここは伯爵によって管理されていましたから簡単に一掃できましたが、余所で無秩序にやられると無秩序に拡散する可能性があります。なんとしてもここで全て消さなければなりませんでした」

「村民は全てを知っていました。知った上で生産し、不自由ながら裕福な生活を送っていたのです。ここでアンジェリーク様がやらずとも全員死罪には変わりありません」

「……そうだな」


 皇子は二人を睨みつけながら言いました。理屈ではわかっていますが感情が抑えきれないようです。


「なぜ事前に俺に言わなかった」

「言ったら邪魔をされると判断したからです。まあ、正直言えばあなたに言わずにこっそりやってもよかったんですけどね。だから今日ローザを連れてきてないわけですし」

「……連れてきた理由は」

「あなたが皇子だからですよ。もろもろの勉強と今後のためですね」


 アンジェリークは普段と変わらない笑みで言いました。皇子はその笑顔に今までに感じたことのない恐ろしさを覚えました。


「お前はこれだけの事をやっておいて何も思わないのか?」

「賊を殺すのと同じでしょうに。彼らは姿形が村人なだけで、帝都の市民達の命を啜って生きてきた罪人ですよ」


 皇子はそれに対し何の反論もできません。むしろアンジェリークのセリフに納得感を覚えました。違法薬物を生産し、売りさばき、収入を得る。使用した者の命を一切考え無い非道。目の前で焼かれた者達はそれをやってきたのです。例えそれが領主の命令で先祖代々続けられてきた事であったとしても罪に変わりはありません。盗賊と同種の人間でしょう。

 皇子は女子供は問答無用で庇護対象という考えが自分にあることに気付きました。騎士道からの派生的な考えではありますが、女子供であっても悪いことをするという考えが出ていないことをアンジェリークに指摘されたのです。しかしながら目の前の殺戮に対しての動揺はきえません。そして動揺しているのは皇子だけではなくハットリ君も同じようで、顔が真っ青に染まっていました。


「……この村と畑は確実に消さねばなりませんでした。アンジェリーク様であれば全てを消すであろうとは私も考え、だからまずアンジェリーク様に報告をしました。ここまで迷わず一切合切焼き尽くすのは予想を超えていましたが」


 アンジェリークは動揺する二人を見て少ししくじったなと思っていました。この世界には少年法という考えがありません。なので多少情状酌量はありますが、子供であろうと大人と同じ刑罰が課せられます。だから大人の賊と同じように扱ったのです。多少驚かれるとは思っていましたがここまで動揺されるとは考えていませんでした。

 アンジェリークは自分自身の思考が他者とズレているのは理解しています。そしてそのズレが社会から排斥される原因になる事も理解しています。これは前世でも今世でも同じです。だから法律でなにが罰せられるか否か、一般的な道徳とはどういう物でそれに反すると人はどういう反応を示すのか、幼い頃から確認し、ズレを補正しつつ生きてきました。騎士団でも正当性をしっかり確認した上で貴族をボコっていたのもその考えに基づいた物です。

 今回も女子供をとっ捕まえて恐怖を感じさせながら罰するよりも何か理解する前に殺した方が優しいよねと考えて焼いたのです。どのみち処刑になるのだからと。

 それがどうやらかなりズレているのだとアンジェリークは認識しました。すぐに排斥される事態にはならないでしょうがあまりズレを意識されるのもよろしくありません。


「この件が中央政府に知れたら秘密裏に村と一緒に村人全てを殺すのは間違いありません。その場合どういった方法がとられるかは分かりませんけど、私ほど苦しめずに殺すとは思いません。少なくとも、確実に全員を揃えてから殺すでしょうから、殺される恐怖に怯えながら待たされるよりは良いかと思うんですが」

「それは……そう、だな」


 アンジェリークの主張に皇子は渋々と頷き、ハットリ君も考えるようにしています。


「では元凶を叩きに行きましょう」


 上手く誤魔化せたなと判断したアンジェリークは急かすように二人に言いました。




 べーリンガー伯爵は帝国貴族の中でもかなり頭のキレる人物です。親から受け継いだ麻薬事業のヤバさもそれを止められない状況も理解し手を出した先祖を恨むぐらいには真っ当な性根も持ち合わせています。受け継いでからは徐々に規模を縮小させ数代先で完全に潰すことを計画しています。

 潰したい事業ですが、かといって自身のお家諸共潰されるのは当然嫌なので色々やっています。まずは派閥構わず根回しをして万が一発覚した際は証拠隠滅を図るための時間稼ぎができるようにしています。他にも薬を作る村は武力を見せつけ徹底管理しつつ逃げ出さないように衣食住をしっかりさせるようにし、そして自分たちがヤバイ物を栽培しているのだと薄々気付かせて逃げることに躊躇いを覚えさせるようにしています。もちろん、即座に全てを焼き払えるように準備もしています。

 そんな伯爵であるからこそ目の前に座る二人が自らの破滅の予兆であると理解し、流れる冷や汗を止められずにいます。


「急な訪問すまないな」

「いえ、こちらこそこの程度の持て成ししか用意できず申し訳ありません」


 一人は帝国皇太子ルーファス・カロリング。ここ数年で頭角を現してきた年若い皇子です。以前見かけたときは普通の子供のような体格だったのに今では自領の騎士にもいないような体格の持ち主になっています。


「助けて頂き伯爵閣下には感謝しております。賊に襲撃されてここまで生きた心地がしませんでしたから」


 楽しそうにニッコリと笑う令嬢に伯爵は引き攣った笑いしか返せませんでした。

 アンジェリーク・フォン・ザクセン。巨大な帝国でも彼女ほど様々な噂の飛び交う令嬢はいないでしょう。曰く最も有名な噂は幼い頃から魔法の扱いに長け、礼儀作法も人格も完璧な公爵令嬢。曰く四つ星冒険者として登録されている。曰く帝国第一騎士団に所属する女騎士。曰く酷くお転婆でルーファス皇子に一目惚れしてつきまとい皇子を辟易させている。曰く帝都のスラムに出没し住民に恐怖を与えている。曰く貴族派の貴族の館を襲撃している。曰くかなりの我が儘で帝都で服や装飾品などを買い漁って公爵家の財政に負担をかけている。曰く曰く曰く……とにかく彼女ほど多種多様支離滅裂な噂が流れている人物を伯爵は知りません。しかし、伯爵は実際にアンジェリークと出会い、それらの噂が大袈裟どころか過小評価されているものばかりじゃないかと舌打ちをしました。

 数日前、伯爵に皇室の紋章をつけた変な馬車が向かってきているという報告が上がりました。その報告を受け、伯爵は近くに来ていた帝国第四騎士団に通報しました。護衛もなしに移動する皇室の馬車などあり得なく、ゆえに偽物であり騎士団に協力することで好感度を上げておこうと判断したのです。

 まさか、その馬車に皇太子が乗っていようとは。皇太子とザクセン家の令嬢を名乗る人物が屋敷に助けを求めに来たと聞き、適当に追い返さずにキチンと確認しに行った自分を全力で褒めました。そして、軽く聞かされた二人の事情、馬車が襲撃され襲撃者を追ったら麻薬を製造している村があったので焼き払った、を聞いて血の気が引きました。

 間違いなく麻薬密造の情報を掴んでいて、それで伯爵が気付いて村の場所を変える前に行動を起こしたのです。馬車は間違いなく騎士団を呼び込む為の罠でしょう。多少阿呆でも、イカレた馬車が自領を走っていたら騎士団に通報するのは当たり前、あからさまに偽物でも皇室の紋章をつけた馬車を領軍で止めようなど公爵レベルでなければありえません。下手に事を起こすよりも皇族直属部隊である帝国騎士団に任せるのが一番面倒がないからです。

 麻薬のことが発覚し、自ら騎士団を呼び込んだ。それが現在の伯爵の簡単な状況です。この状況を作り出したのは間違いなくアンジェリークだと伯爵は認識しています。皇子は愚か者ではないですがこの手の謀を特異としていないのは伯爵も把握しているからです。

 彼女は何を狙っているのか。伯爵は必死に考えながらワインボトルのコルクを抜きました。


「我が領の不始末でお二人にご迷惑をかけて大変申し訳ありません。もうすぐ第四騎士団が着きますので少々お待ちください」


 伯爵は二人に自ら注いだワイングラスを目の前に置き、毒味ついでに自身もそのワインを飲みました。やけで一気飲みしたくなるのを我慢して伯爵としての品を落とさない程度に優雅に呑んでいきます。皇子は素直にワイングラスを手にしましたが、アンジェリークは何故かコルク抜きの方を手にしました。

 そしてそれを振りかぶって伯爵に振り下ろしてきました。突然の凶行に伯爵は固まり、部屋のあちこちに隠れていた護衛騎士が飛び出し、アンジェリークは何事もなかったかのようにテーブルの上にコルク抜きを置きました。


「何をしとるんだお前は……」

「何人ぐらいいるのかちょっと気になりまして」


 皇子は呆れたようにアンジェリークを睨み、アンジェリークは騎士全員から殺気を向けられてなお全く動じず笑顔のまま言いました。

 伯爵は恐怖で吐き気を催してきました。人が一番恐怖を覚えるのは理解出来ないことです。伯爵にとって全く理解出来ないアンジェリークは恐怖の概念そのものと言って良いほどに恐ろしい存在に見えていました。

 殺気を放つ騎士は無表情のままコルク抜きを手に取るとそのまま伯爵の両隣と後ろに立ちました。もはや隠れる意味などありません。


「失礼、こちらをどうぞ」


 何もないところから突如として現れた男がアンジェリークに書類を手渡しました。騎士達が目を剝いて慌てて構えますが、男もアンジェリークも気にした様子がありません。

 改良した迷彩魔法は諜報組織たるハンゾウ家にとって喉から手が出るほど欲しいものでした。形式上だけでも皇子を経由せずに顎でアンジェリークに使われることも容認できるぐらいには。

 アンジェリークがペラペラ捲る書類に伯爵は見覚えがありました。裏帳簿、そして麻薬の村に関する書類。隠し部屋に厳重に保管してあるはずの書類です。

 あまりのことに伯爵は思考を停止し、その間にアンジェリークは全てを読み終えて皇子に書類を渡しました。そして相も変わらず笑顔のままで言いました。


「面倒なので率直に言いますが、今後は皇子が簡単に切り捨てられる部下辺りですかね」

「……寛大なご配慮に感謝致します」


 伯爵は全面降伏しました。




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配信しながら執筆してます。生配信に来ていただけでは質問等に答えます。


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