第24話 奇跡の再会?

 謎の化物に関しては事件以降全く調査が進みませんでした。事件後、スラムが原因の政変が本格的に動き出したため帝都が荒れ始めたためです。俗世権力とは無縁が基本の教会とは言えども全く影響をうけないわけではありません。首飾りの調査が遅々として進まなかったのもあり動くにも動けない状況に陥っていました。

 騎士団は荒れる帝都でてんやわんや、宮廷の悪徳貴族を捕まえる為に逃げ道を誘導しつつ追い込んでいます。この辺りは騎士団と言うよりもザクセン公爵家の手管ですが。殆ど宮廷政治に首を突っ込まないザクセン家が動くとはどこも思っていないので面白いほど釣れるとパトリックが笑っていました。

 そんな最中でアンジェリークは割と暇でした。騎士団上層部はアンジェリークには関わって欲しくない、アンジェリークは面倒ごとには首を突っ込みたくないと、両者の意見が一致した結果です。だからといって勝手に化物の件の捜査をするなと釘を刺されているため、警邏を減らしターニャと共に訓練の日々を送っています。騎士団や教会の力がないと探し出すのは難しいと判断して大人しく待つことにしたのです。

 忙しい原因を作っておいて暇しているアンジェリークですが、大半の騎士からは好意的に受け止められていました。皇子に対する気安すぎる態度からもしかしてかなり血筋が近いんじゃねと思われているのと、普段から見下してきてムカついてた貴族を比喩なしにぶん殴って溜飲を下げてくれ、さらに悪徳貴族を比喩的にぶん殴る機会を作ってくれたのと、大人しくしててくれればこれ以上忙しくならないという理由です。恨み節を募らせたは訓練に付き合わされたターニャと、治癒術の実地訓練だとローザに連れ出された教会の偉い人ぐらいでした。


 そんなこんな励んでいると、いつの間にやら騎士生活の二年目に突入していました。悪徳貴族の追い込み漁はすでに終わりに向かっています。政変当初は宮廷貴族が傭兵を雇い内戦状態になるのではという予測すらあったが嘘のようです。おかげで騎士団に対するザクセン公爵家の影響力がとんでもないことになりましたが。


 去年に比べ大分穏やかさを取り戻した帝都をアンジェリークは一人ぷらぷらと歩いています。おめかしなどすることなく少しくたびれたワンピース、つまりは平民の服装にいつもの太刀とドスというスタイルです。帝都の平民女性は誰も彼もワンピース着ているので紛れるのは簡単です。武器も冒険者となれば特に不審ではありません。成長期も終わりを迎え、子供らしさよりも女らしさが際立ってきたアンジェリークはなおのこと冒険者で通るでしょう。


 ふらりと街を歩いている理由は今日が休みだからです。ローザも誘ったのですが、ターニャと約束があるということでアンジェリーク一人です。アンジェリークという共通の話題のある二人はあっという間に仲良くなりました。最近ではターニャがローザから編み物を習っていたりします。寂しいなぁとは思いつつも基本的にはアンジェリークの方に付き合ってくれるので特に不満はないのですが。


 アンジェリークは特に目的もなく繁華街をうろつきます。人混みで先を見通して人に当たらないように動く鍛錬をしていたりするのですが、それは目的ではなくて事のついで。適当な娯楽も思いつかずただただ歩き回ります。


 本屋で適当な本でも買おうかしらん、と考えたところで遠巻きに避けている人達が見えました。お、暇つぶしかとアンジェリークは興味津々に近付きます。


「もうやめてください!」


 中心から若い女性の叫び声が聞こえました。冒険者と思わしき柄の悪い男四人が女性に絡んでいるようです。女性は地球で言うところのアジア系、というか日本系の美人で、どことなく懐かしさというか安心感を感じます。アンジェリークと同い年ぐらに見えますがアジア系は幼く見えるものなので歳は二十歳ぐらいだとアンジェリークは見ました。


「おいおい、ちょっと付き合ってくれるだけでいいんだぜ?」


 下卑た笑いをしながら男が女性の腕を掴んでいます。男達は武器を所持している冒険者、都民が注意するのは身の危険を感じるでしょう。アンジェリークは容赦なく鞘に収めたままの太刀で腕を叩いてへし折りましたが。


 野太い叫び声が辺りに響きました。遠巻きにしていた人達はアンジェリークが間に割った時点で去りました。過去に似た状況で囃し立てた者にじゃあお前がやれと言って無理矢理戦わせた事が何度かあったからです。


「てめぇ! なに」


 仲間の男がアンジェリークに掴みかかろうとしましたが、鞘で喉を突かれてその場に崩れ落ちました。残った男達が腰の剣に手を伸ばします。


「抜くのなら洒落じゃ済まないよ」


 アンジェリークが親指で柄を押しながら言いました。僅かな隙間から覗く鈍い光とアンジェリークの威圧に男達はたじろぎます。アンジェリークはそこで戦意を喪失したと判断して威圧を解きました。


「覚えてろよ!」


 男達は震える声で捨て台詞を吐くと慌てて逃げ出しました。仲間をちゃんと回収していった点は評価できるでしょう。


「捨て台詞なんて初めて聞いた」


 アンジェリークはテンプレートを聞けたことに感動していました。今まで聞いたことがないのは全て逃がさずに打ち倒していたからです。今日はローザがいないからやり過ぎて死んだら面倒だと思って逃がすことにしたのです。


 そしてアンジェリークは絡まれていた女性に安心させるように声をかけます。


「もう大丈夫ですよ。災難でしたね」

「……アンジェリーク・フォン・ザクセン?」


 女性は目を丸くして驚いたように呟きました。アンジェリークは無意識に腰の太刀に手を伸ばしました。

 現世には写真は存在しません。肖像画はありますが値の張るもので、賞金首等の人捜しには外見的特徴や方言など箇条書きされた紙が使われています。だからこそ身分差を表すために貴族と平民で服装が違うわけで、帝都の若い女性達は誰も彼もがワンピースを着ているのです。アンジェリークを見ただけでピタリと正体を当てられるというのはあからさまに怪しい存在なのです。


「なんでその名前を?」


 険吞なアンジェリークの声に女性はしまったとばかりに慌て始めました。迂闊にすぎるその態度に悪意はないとアンジェリークは判断しましたが、彼女がアンジェリークの事を知っていたのは事実です。そこは問いたださねばなりません。

 どうしようかとあたふたしていた女性は、意を決したようにアンジェリークを見ます。


『あの、言っていることは分かりますか?』


 アンジェリークは固まりました。目の前の彼女は日本語を喋ったのです。つまりは自分と同じく転生者で元日本人だということです。しかし、転生者だからといってアンジェリークの事を知っている理由がわかりません。自らが転生者であるということは誰にも喋っていないのですから。

 アンジェリークは息を吸い、そして長く吐き出しました。女性は不安そうにアンジェリークを見つめています。

 相手が何を考えているか、どんな情報をもっているのかにせよ、一度話を聞く必要があるでしょう。


『話をしましょう。ついてきてください』





 帝都には防音が施された密室酒場というのがあります。密会でよくつかわれるためか昼間でも開いているのでアンジェリークはそこに女性を連れ込みました。女性は物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回しています。


「ここはよほど大きな声を出さない限り周りに聞こえません。というわけで、まずは何故私の事を知っていたのか聞きましょう」

「……そうですね。まず、私はミコト・サクライと言うのですが聞き覚えはありますか?」


 アンジェリークは顎に手を当てて記憶を探ります。前世ではない……と考えると一つ思い当たりました。


「サクライ商会の方ですか?」

「あ~……そうですか。ええ、とりあえずそれは当たってます」


 ミコトは考えを纏めるように頬を掻きます。おそらく、それが彼女の癖なのでしょう。


「……今から話す話は荒唐無稽ですが、私が確認している限り事実です」


 机の上に手を置き、真面目な表情でアンジェリークに言いました。


「異世界に転生というだけでも荒唐無稽です。それ以上あるんですか?」

「この世界は『星の流れた夜に』という乙女ゲームの世界です」


 アンジェリークは一瞬固まり、上を向いてゆっくりその言葉を飲み込むと、先を促すように頷きます。


「私はそのゲームの主人公のミコト・サクライ……これはデフォルトネームです。アンジェリーク・フォン・ザクセンはいわゆる悪役令嬢という役のキャラです」

「……まず乙女ゲーとはなんですか?」


 そこからかー、とミコトは頬を掻きます。前世では妹がいわゆるオタクであったためゲームを全く知らないわけではないのですが、本当にサラッと触ったぐらいなので乙女ゲーが具体的に何かが分からなかったのです。


「女性向け恋愛ゲームの総称です。『星の流れた夜に』はゲームのジャンルとしてはシミュレーションRPGですね」

「恋愛ゲームなのにシミュレーションRPG?」


 恋愛ゲームとシミュレーションRPGはわかりますが、それが融合した姿はいまいち想像できませんでした。


「とにかくそういう物があるのです」

「……で、悪役令嬢とは?」

「恋愛ゲームとしての……まぁライバルキャラです。この国の皇子が攻略キャラの一人なのですが、その婚約者がアンジェリーク・フォン・ザクセンなのです」


 婚約者、という言葉がアンジェリークの頭の中でクルクルと回りました。アンジェリークの知る限りアレと婚約者などになった覚えはなく、そもそも婚約者なんて話すら聞いた覚えがありません。

 ミコトはアンジェリークの困惑に気付かずに話を続けます。


「私があなたに気付いたのはそのゲームであなたのことを知っていたからです」

「……ゲームの話ですよね? よく気付きましたね」

「そこは不思議なんですが、間違いないと直感的に気付いたんです」


 ミコトは困ったように言いました。彼女自身、ゲームのキャラと目の前の人間を同一だと思った根拠が直感ぐらいしかないらしく、困惑しているのでしょう。


「私の知る限り、アンジェリーク・フォン・ザクセンは幼少期に城に来て以来、帝都には来ていません。だから、私はあなたが転生者ではないかと思ったのです」

「……ゲームのシナリオと違う動きをしていたからですか」


 ミコトはこくりと頷きました。アンジェリークは腕を組み、上を見ながら考えます。

 アンジェリークは彼女は信用できると確信に近い物を感じていました。間違いなく自分と同じ日本人の転生者で、この世界はゲームの世界、などと嘘を吐くにしてももっと上手い嘘があるだろうというのがまず一点。そしてもう一つは、彼女がアンジェリークをアンジェリーク・フォン・ザクセンだと気付いたようにアンジェリークにも一つ彼女の事で気付いたことがあったのです。


「ミコトさん、もしかして九州出身ではないですか?」

「え!? あ、そうですけど……訛りですか? アンジェリークさんの出身はどちらですか?」

「福岡です」

「そうなんですか! 私も福岡です!」

「桂川町です」

「え!? 私も……」


 桂川町、と言おうとしたミコトが固まりました。あまりにも偶然すぎる一致と、そのことに驚くことなくニコニコと笑うアンジェリークに彼女も気付いたのです。


「……前世の名前はなんですか?」

「不死川勇次郎」

「兄ちゃんじゃねえかぁあああああ!!!」


 兄妹奇跡の再会に兄はニコニコと喜び、妹は頭を抱えて叫びました。

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